|
毎日新聞 2023/12/1 東京朝刊 有料記事 4004文字
神奈川県横須賀市にある無縁者のための納骨堂。洞窟のような真っ暗な室内に骨つぼが並ぶ(画像の一部を加工しています)=小国綾子撮影
自分らしい葬儀や埋葬法を生前に選ぶ「終活」ブームの陰で、引き取り手のない「無縁遺骨」や管理者のいない「無縁墓」が増えている。身寄りも資産もない人に対する火葬代などの国や自治体の負担も膨らむ。高齢化社会で地縁や血縁も薄れるなか、私たちはどう葬られたいか、上下2回にわたって考える。=[下]は6日掲載
「先祖代々」以外の風習も 鵜飼秀徳・ジャーナリスト、僧侶
鵜飼秀徳氏=吉井理記撮影
日本社会の遺骨や遺体への執着は地域的、歴史的な濃淡がある。西日本は執着が相対的に薄い。歴史上も、遺体を埋める墓とお参りする墓を分ける両墓制など、遺体にこだわらない風習は広くある。
Advertisement
葬送文化は、他の東西文化と同じく、おおむね能登半島から浜名湖西側に抜ける南北の線を境に分かれる。たとえば、火葬後に骨つぼへ遺骨を入れる際、東日本はなるべく全ての骨を拾う。西日本はせいぜい4分の1程度しか拾わない。骨つぼもずっと小さい。
大きく言えば、日本文化の中心は、京都と東京(江戸)の二つだ。天皇家など朝廷支配層の墓は、古墳時代が終わると簡素になり、平安期以降もその伝統が続いた。一方、江戸の権力者となった武士は、盛大な墓で権勢を誇る傾向があった。推測だが、これが今の遺骨の扱いの差の遠因ではないか。
土葬が多かった時代は、遺体の「埋め墓」と魂をまつる「参り墓」を別にする両墓制が見られた。北は青森に記録が残り、今もさいたま市などにある。が、中心はやはり近畿や瀬戸内だ。江戸中期以降、特に明治期に全国に広まった。
背景に神道の影響があると思われる。遺体は「けがれ」ているから離れた場所に埋め、お参りの墓は生活の近くに置く。「埋め墓」を(遺体の)「捨て墓」と呼ぶ地域すらある。ともあれ、両墓制は土葬が前提で、火葬場が近隣にできると廃れた例が多い。
そもそも、庶民が今のような先祖代々の墓を持ったのは、17世紀半ば以降だ。いわゆる寺檀(じだん)制度の成立で、人々は必ずひとつのムラ(村)にひとつある寺の檀家となり、法事などが日常に組み込まれた。庶民もイエ(家)の先祖を意識しだして、豊かな層から先祖代々の墓を建て始めた。
他方、不特定多数の人がひとつの墓を作る合葬墓の代表例で、今も参拝者でにぎわうのが一心寺(大阪市天王寺区)だ。遺骨を粉にし、セメントと混ぜて仏像にした「骨仏」で知られる。最近増えた永代供養墓の元祖ともいえる。
明治期、商家で働く地方出身者が、田舎の墓から分骨した遺骨を供養してもらったのが始まりだ。宗派を問わない一心寺に人気が殺到し納骨堂が満杯になると、骨仏にしてまつるようになった。骨仏は現在8体。遺骨全部でも受け入れてきたが、納骨冥加料が2万~5万円と安く、近年は納骨が増えすぎた。最近は、西日本基準でも小さな、高さ11センチ以下の骨つぼのみ受け入れている。
なお、浄土真宗も、京都市東山区の大谷祖廟(そびょう)や大谷本廟といった合葬墓に、遺骨の一部もしくは全部を納める風習がある。
ここまで遺骨や墓の常識を相対化する話をした。が、実は私は、今の墓じまいや散骨などはよくよく考えてすべきだと思っている。家族関係が悪くないならば先祖代々の墓を残し、そこに埋葬されるべきだろう。この形態には長く続いただけの合理性がある。先祖代々の墓を残せば、子孫は墓探しや埋葬方法選びに困らないで済む。
永代供養墓などは納骨期限がある例が多い。一心寺や大谷祖廟のように歴史の風雪に耐えたもの以外、いつまで存在するかもわからない。
ロッカー式などの納骨堂は、ここ数年供給過剰で、経営母体の破綻も出てきた。海洋散骨も多くは分骨で、全部をまく人は少ない。人はどこかに「生きた証し」(遺骨や墓など)を末永く残して、弔われ続けたいものなのだ。
他方、今の日本の世帯は、1人暮らしが最多になっている。お金や近しい人間関係、先祖代々の墓がない人は、今後どうなるだろうか。将来は、骨が完全に残らない状態まで火葬し、無縁遺骨を出さない方向になるかもしれない。
最後に、戦後日本の遺骨観や葬儀には、「あの戦争」が大きく影響した。出征した夫や息子が遺骨ですら戻らない日々を経て、現代型の盛大な葬儀が広まった。近年の直葬や家族葬、合葬墓などの流行は、平和で高齢化が進み、死が日常から遠くなった時代故ともいえる。激変する国際情勢下、日本がもし再び戦争に直面すれば、改めて墓や葬儀は大きく変わる気がしている。【聞き手・鈴木英生】
「無縁社会」どう向き合う 小谷みどり・シニア生活文化研究所代表理事
小谷みどり氏=宮本明登撮影
「無縁遺骨」と聞くと身寄りのない社会的に孤立した人を想像しがちだが、実際はそうではない。
例えば子どものいない夫婦。どれだけ友達が多くても、夫に先立たれた妻が亡くなったとき、誰も夫の墓の場所を知らず、妻の親戚が遺骨の引き取りを拒めば、「無縁遺骨」となってしまう。少子化や核家族化、単身化が進む社会で「無縁遺骨」が増えるのは当然だ。
「無縁遺骨」は全国で約6万柱。しかし、誰からも祭祀(さいし)されない遺骨はもっと多いはずだ。持て余した遺骨を日本郵便の「ゆうパック」で郵送し、1万円程度で寺院に引き取ってもらう人も少なくない。そういう遺骨は「無縁遺骨」の統計にカウントされていない。
「無縁遺骨」や「無縁墓」の増加は、「死者を祭祀するのは直系の子孫の務め」という価値観の崩壊を意味する。イエ意識が薄くなり、3世帯同居も減っている。人口増加社会ならば子々孫々で墓を守れるが、今は逆に先細り。「○○家の墓」は3代先には無縁墓化しかねないのが現状だ。
直系の血縁、つまり「タテ」の関係に代わり注目されるのが「ヨコ」の関係だ。20年ほど前から女性だけで入る共同墓が人気を博した。「夫の両親と同じ墓に入りたくない」と女性たちは共同墓を生前契約し「墓友」として交流した。
最近は、男女問わず生前のコミュニティーの延長にある共同墓に関心が集まる。共同墓を持つ高齢者施設も増えている。施設の住民たちが自発的に「ついのすみかを過ごした仲間と一緒に」と共同墓を作る動きもある。子や孫がいても墓守りの負担をかけたくないと共同墓を選ぶ人も増えている。墓も「シェアハウス」時代と言える。
合葬墓を整備する自治体も増えた。かつては「墓守りは子孫の務め。自治体がやる必要はない」などの反発もあったが、今では地方都市でも合葬墓は人気だ。子や孫がいても都会に出てしまって、墓守りを期待できないからだ。
これからは墓や遺骨をめぐる価値観をアップデートし、「死」を社会化していくことが必要だ。
介護保険制度ができ、子どもがいても高齢になれば施設に入ることが一般的になるなど、介護は社会化された。なぜ「死」だけが今も家族だけに背負わされるのか。大阪市ではすでに死亡者の12人に1人が「無縁遺骨」。自治体の負担は今後も増えていく。ならば火葬と納骨は公費で負担するような社会設計が必要ではないか。
スウェーデンでは年収に応じた税金を払うことで、家族の有無に限らず、最低限の火葬と納骨場所が提供される。だから「無縁遺骨」という概念自体が存在しない。
今、弔いの世界にもSDGs(持続可能な開発目標)の波が押し寄せている。山を切り崩し、墓地を作ったり、墓石を切り出したりするのは自然破壊につながる。火葬は大量の二酸化炭素を発生させ、遺骨を土に返りにくくする。
英国では「自然に優しく死のう」という「自然死運動」が注目されている。火葬ではなく土葬で、遺体が土に返った時に環境に負担をかけないよう、終末期に過剰な薬剤を使う延命治療をしない。また、米国ではニューヨーク州を含む七つの州で遺体を堆肥(たいひ)にできる法律が可決された。堆肥にして畑や花壇にまいても構わないという。日本では死体損壊の罪に抵触する可能性もあるが、若い世代で実現を模索する動きも出ている。
一方、日本では樹木葬や散骨、ロッカー型の納骨堂などが人気だ。墓石の掃除が不要でお参りが楽、値段が安いなどが背景にある。墓には、遺骨の保管場所と、死者との対話の場という二つの役割がある。二つを切り離し、死者との対話の場は墓前でなくていい、という流れは加速していくだろう。人工知能(AI)技術を活用し、愛する人の生前の声や写真を使えば、自宅で死者の声や映像との「対話」が可能になるかもしれない。
「無縁遺骨」は死後ではなく生きている間の問題だ。高齢単身男性の7人に1人は「2週間に1回以下」しか人と話をしないという。誰からも弔われない人が急激に増えている。そんな「無縁社会」とどう向き合うかが問われている。【聞き手・小国綾子】
全国の「無縁遺骨」は6万柱
総務省の実態調査によると、全国の市区町村で保管する「無縁遺骨」は約6万柱(2021年10月時点)。身元不明は約1割で、残る約9割は親族が引き取りを拒否するなどのケースだ。また、公営墓地を持つ市町村の約6割が「無縁墓」を抱えている。墓地埋葬法では身寄りのない死亡者については自治体が火葬か埋葬すると定められており、火葬費用は自治体が負担している。
ご意見、ご感想をお寄せください。 〒100-8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp
■人物略歴
鵜飼秀徳(うかい・ひでのり)氏
1974年生まれ。成城大卒。記者、編集者を経て京都・嵯峨野の浄土宗正覚寺住職。一般社団法人「良いお寺研究会」代表理事も務める。著書に「絶滅する『墓』」「寺院消滅」「仏教抹殺」など。
■人物略歴
小谷みどり(こたに・みどり)氏
大阪府出身。2018年まで第一生命経済研究所に勤務し、国内外の墓や葬儀の現場を歩いた。著書に「<ひとり死>時代のお葬式とお墓」「ひとり終活」など。奈良女子大、立教セカンドステージ大講師。