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毎日新聞 2023/12/6 東京朝刊 有料記事 4476文字
全国の市区町村で保管する「無縁遺骨」は、総務省によると約6万柱(2021年10月)にのぼる。大半が親族の引き取り拒否などによるもので、家族形態や地域社会の変化に伴う生前からの「無縁」の結果ともいえる。故人を誰がどのように弔えばよいのか。最新の埋葬法とともに、誰もが迎える死とその後について考える。
脱「家制度」への転換期か 井上理津子・ライター
私は、葬送や墓について本を4冊書いてきたが、無縁遺骨が増えていると聞き「さもありなん」と思った。終活ブームと無縁遺骨は、コインの表裏のようなものだ。
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墓問題は、イコール家制度問題だ。先日も、ある女性に「嫁ぎ先の墓に絶対入りたくないから、自分用の墓を探している」と言われた。先祖代々の墓を封建的な家制度の象徴と捉える人も多い。
他方で5年ほど前、関西の70代男性にこんな話を聞いた。妻の家に「婿入り」して家業を継いだ。義父が死ぬと、はやらない家業をたたんだ。隣県にある先祖代々の墓は放置しており、いずれは「自然消滅」する。自分用には、室内型納骨堂タイプの夫婦墓を自宅近くに用意している。夫婦2人ともが死んでから7年間維持される契約で、その後は他人と合葬される。子どもは娘1人で名字を継がない。「義父は私に家業と家と墓を継がせたかった。けど、三つとも私の代でおしまい」。この男性は、家制度への強い拒否感もこだわりもなく、淡々と話していた。
つまり、先祖代々の墓に入らないケースは主に3パターンある。親族がいなかったり関係が薄かったりで無縁遺骨となる人、家制度からの解放を実践する人、合理的な流れとして気負わずに選ぶ人だ。いずれも家制度の縛りが弱まったからこそ増えている。
基本的に葬儀や墓は、死んだ本人ではなく、後に残された人の気持ちの問題だ。また、これまでこの社会は遺骨や墓にこだわりすぎてきたと私は思う。とはいえ、自分が誰にも弔われないと考えるとさみしくなる人は多いだろう。
近年、家の墓に入りたくない女性やシングル女性らの共同墓などが注目されてきた。シェアハウスの住民が共同で墓を持とうとする例もあるという。最近、東京都内の古書店兼居酒屋店主の話を聞き、より踏み込んだ形を想像した。
店主は「自分の街を『本の街』にしたい」という。書店や居酒屋以外にも本好きが交流する場を作り、いずれ読書人向けの老人ホームも設ける。高齢で読書が難しくなった人にも、古書店の本にしおりを挟むといった本に関わる「役割」を用意する。こうして、死ぬまで本に触り続けられるコミュニティーをつくりたいという。
つまり、本を通した新しい地域社会や、緩やかな「家族」をつくるのだ。本好き同士の共同墓まで、あと一歩だろう。同様に、さまざまな趣味など血縁や従来の地縁以外の属性に基づく共同体が各地にできて、それぞれの墓を持てたら、すてきだと思う。
こうした新しい「家族」は、当面、趣味やお金があったり、コミュニケーション能力の高かったりする人限定かもしれない。だが、先祖代々の墓以外の選択肢が段々と増えてきたように、地域や階層による時差はあれ、世間に必ず広まってゆく動きではなかろうか。
今は、古い家制度が崩れ、新しい共同体が生まれる転換期かもしれない。この転換に社会一般の意識が追いつけば、無縁遺骨の問題はかなり解消されていく気がする。【聞き手・鈴木英生】
生前意思を生かす行政を 北見万幸・横須賀市福祉専門官
身元は分かっているのに「無縁遺骨」となる人が増えている。親族が引き取りに来られなかったり、親族の電話番号が分からず、遺骨の引き取りについて十分に話し合えなかったりするケースも増えているためだ。横須賀市では死亡者の約1%が「無縁遺骨」だ。そのほとんどは身元判明者だ。
市は2015年度から「エンディングプラン・サポート(ES)事業」、18年度から「わたしの終活登録事業」を始めた。ES事業は身寄りのない低所得者らが対象だ。1人原則26万円で葬儀社と生前契約をしてもらい、火葬から故人の宗派に沿った納骨・供養までを市が見届ける事業だ。
単なる「無縁遺骨」回避策ではない。「無縁遺骨」は生前の社会的孤立の結果であることが多い。登録してくれた人には市職員が亡くなるまで安否確認のために訪問し、相談にも応じる。つまり社会的孤立を防ぐケースワークこそが、この事業の本質だといえる。事業の結果、「無縁遺骨」になりそうな人の約2割が登録した。故人の意思に沿った葬送が行われ、公費による火葬の支出も削減できた。
一方「わたしの終活登録事業」は全市民が対象だ。年齢や所得の制限はない。戸籍情報や緊急連絡先、かかりつけ医情報や葬儀の生前契約、エンディングノートやリビングウイル、遺書などの保管場所、寺やお墓の所在地など、本人が選んだ項目を自由に登録できる。
昔と違って今は緊急連絡先すら死後すぐには分からない。故人のスマートフォンはロックがかかり必要な情報を取り出せないことが多い。先立った夫の墓の場所を親類縁者が知らなかったせいで、妻が「無縁遺骨」になったケースも、私の知る限り4件あった。葬儀後、故人が別の葬儀社で生前契約をしていたことが判明することもある。遺言書やエンディングノートを残しても、見つけてもらえなければ生前の意思は生かせない。
そこで元気なうちに「終活」情報を市に登録してもらおう、と始めた。登録数は740件。70代を中心に60、80代が多い。希望の登録項目は多い順に、緊急連絡先、かかりつけ医情報、寺や墓の所在地、葬儀などの生前契約先の情報だ。窓口のほか、電話や市のホームページでも受け付けている。
故人が緊急連絡先を複数登録していたお陰で、知人に情報が広く伝わり、多くのお友達が火葬に間に合ったケースや、登録のお陰で海洋散骨の生前契約の存在がわかり、故人の意思に沿った弔いができたケースなどがあった。市内外の病院から患者のリビングウイルについて照会を受けることも増えている。「回復見込みのない時は痛みの緩和を希望している」と内容を伝えたところ、穏やかな最期を迎えられた、という話もあった。
行政の終活支援はエンディングノートを配っておしまいの所も多いと聞く。しかし、その情報を生かすことこそが行政の仕事ではないか。我が市の事業は「無縁遺骨」の公費支出削減のためというより、住民の生前、そして死後の尊厳を守ることにあると考えている。【聞き手・小国綾子】
地球環境循環する堆肥葬 松本紹圭・浄土真宗本願寺派僧侶
ヒューマンコンポストをご存じだろうか。直訳すると人間堆肥(たいひ)。遺体をバクテリアや菌類の力で分解し、約7週間で「土」にする。「土」は故人の畑や花壇などにまける。言うなれば堆肥葬だ。米国の一部などで広まりつつあり、日本でも導入の動きが起きるのではないかと思っている。
元々、環境保護の文脈で出てきた。5年ほど前、米国人で起業家の友人に初めて聞いた。「火葬は最も多く二酸化炭素を排出する埋葬法」で、体重68キロの人の火葬には車が7725キロ走るのと同じエネルギーが必要だという。その火葬の対極が堆肥葬なのだ。
火葬以外を考えたこともなかった私は、聞いてぎょっとした。が、しばらくして「これもあり」と思えるようになった。友人の僧侶や私の所属寺のイベントに来る人にも、肯定的な意見が多い。
人間は、何らかの「大きな物語」が必要な生き物だ。先祖代々の歴史に自分も連なるという物語は、仏教本来の教義以上に人々の心を捉えてきた。だから、寺はしばしば、墓による「家族教」を事実上の経営基盤としてきた。だが近年、この「家族教」が弱まってきた。
おかげで、無縁遺骨も増え、「私らしく」埋葬されたい人も増えた。散骨や樹木葬、ロケットで遺骨を打ち上げる宇宙葬まである。いずれも、自然のような大きなものへ返るイメージだろう。ただし、宇宙葬は大量の化石燃料を使う。樹木葬は、墓石に代えて木を墓標とする以外、通常の火葬による埋葬法と構造は変わらない。高温で火葬されれば骨はセラミック化するため、散骨しても分解されない。
堆肥葬ならば、余分な化石燃料を使わず確実に大地へ返る。堆肥葬に共感するような若い世代は、「ナチュラルにオーガニックに死にたい。墓標も残したくない」といった意識が強い。ある人は「将来良い土になるために、オーガニックな食事を取るようにしたい」と言っていた。ここまでくると、発想が自分目線どころか地球目線だ。「家族教」に続き「私らしさ」の物語も賞味期限が切れつつあり、個人感覚を超えた「地球教」が芽生えているように思う。
私たちは「自分の体も最後はゴミのように燃やされるだけ」と感じて、どこか心の奥底で傷ついてきたのではないか。だからこそ、燃え残りである遺骨にこだわってきたのかもしれない。堆肥になれば、私たちは地球環境を循環しながら生き続けられる。特定の家の「先祖」に収まらず、未来世代の人間を含む環境丸ごとの「祖先」になる。
もちろん、いくら堆肥葬が普及しても、火葬を選ぶ人はいてよい。「無縁遺骨を肥料にせよ」と叫ぶつもりも毛頭ない。ただ、火葬以外の選択肢を知っておくことが大事だと思う。いかに生きていかに死ぬかを考える、とても重要な要素にもなるはずだ。
なお、浄土真宗の宗祖、親鸞も「遺体は川に流して魚の餌にしてほしい」と遺言した。遺体が堆肥になるまで「四十九日」かかるヒューマンコンポストは、実は仏教との相性も良い選択かもしれない。【聞き手・鈴木英生】
自然葬も人気
墓を守る後継者不足などの理由で「墓じまい」をするケースが増えている。厚生労働省によると2021年度、「墓じまい」を含む改葬件数は年間11万8975件で10年前の1.5倍以上に。墓を維持する負担の回避や個人のライフスタイルの変化で、都会の室内納骨堂や海洋散骨などの自然葬も人気だ。また、持続可能な開発目標(SDGs)の観点から、地球に優しい葬送への関心も高まっている。
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■人物略歴
井上理津子(いのうえ・りつこ)氏
1955年生まれ。タウン誌記者を経てフリー。著書に「葬送のお仕事」「いまどきの納骨堂」「葬送の仕事師たち」「親を送る」「師弟百景」「さいごの色街 飛田」など多数。
■人物略歴
北見万幸(きたみ・かずゆき)氏
早稲田大卒。1982年入庁。生活保護ケースワーカーや精神保健福祉相談員、生活困窮者自立支援法担当課長などを経て2017年福祉部次長。同市の終活支援事業の生みの親。
■人物略歴
松本紹圭(まつもと・しょうけい)氏
1979年生まれ。東京大卒。経営学修士(MBA)。東京・光明寺所属。「未来の住職塾」代表。企業に出向く「産業僧」の活動も。著書多数。訳書に「グッド・アンセスター」。