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毎日新聞 2023/12/26 東京朝刊 有料記事 1020文字
<ka-ron>
「兵は詭道(きどう)なり」。中国古代の兵法家、孫子の言葉である。戦いとはだまし合いなのだという。
現代戦争においてはフェイクニュースやAI(人工知能)技術を使った偽画像でのだまし合いはもはや常とう手段だ。イスラエル軍とイスラム組織ハマスとの戦闘でも偽情報合戦が続いている。
その戦いも間もなく3カ月を迎えようとしている。双方とも内外からのプレッシャーが高まり、そろそろ「落としどころ」を探らざるをえない状況に迫られている。
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イスラエルに外圧を加えているのはバイデン米政権だ。いち早く「イスラエル支持」を表明したが、ガザ側の犠牲者が増えるにつれイスラエル批判の国内世論が高まり、バイデン氏自身の支持率にも影響をおよぼしている。来年は大事な米大統領選もある。できれば年明けぐらいには激しい戦闘を終えてほしいというのが米政府の本音だろう。
イスラエルでは内圧も高まっている。軍が人質を誤って殺害した事件も起きて、人質解放と停戦を求める声が強まっている。
ハマスはどうか。
ガザ市民もハマス戦闘員も心身の限界を超えているだろう。早期停戦が必要なことは間違いない。
ならば双方とも戦闘をやめればいいではないか、と思うのだがそう簡単に「正義の御旗(みはた)」は降ろせない。ただ2014年夏の大規模戦闘では、それぞれ「勝利」を宣言し、「勝ったこと」にして矛を収めた。今回も同じことができないわけではないはずだ。
ただしその場合、「勝利」を印象づける「成果」が必要になる。イスラエルにとってカギを握る存在はハマスの指導者シンワル氏だろう。「敵」の総大将である彼を討ち取れば、勝利を宣言しやすい。
ハマスにとってはイスラエル側に拘束されているパレスチナ人の釈放だ。ヨルダン川西岸地区に住む多くのパレスチナ人が、逮捕状もなく裁判も開かれないまま長期間、刑務所に拘束されている。大半は男性で、誰かの息子であり夫であり、父親である。
パレスチナ社会がハマスを支持する背景には、「イスラエルから家族を取り戻してくれる」という期待がある。ハマスはすでに多くのイスラエル人を人質にとっており、彼らと引き換えに、拘束されているパレスチナ人をどれほど解放できるかが「正念場」となる。
戦争に真の勝者などいない。兵は詭道なり。時には自らをだまし、「勝ったこと」にして矛を収めるのも兵法の掟(おきて)ではないだろうか。(専門記者)=次回は1月9日に掲載します