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「食道がん」といえば通常、患者数が最も多い胸部食道がんを指します。一方、患者数が少なく、「比較的、まれ」で、早期発見が難しいと言われるのが、頸(けい)部食道がんです。今回は、頸部食道がんの専門家、江戸川病院(東京都江戸川区)外科医長の中島康晃医師に、その特徴や治療する際の注意点について、聞きました。
内視鏡検査でも見つかりにくいがん
食道は「ゴクン」とのみ込んだ食べ物を胃に送るための細長い筒状の臓器で、ここにできるがんが食道がんです。食道の入り口から約5cmのところまでに発生する「頸部食道がん」、頸部食道の下から横隔膜までの約20cmの範囲にできる「胸部食道がん」、横隔膜の下から胃の入り口まで、約2cmの範囲にできる「腹部食道がん」に分類されています。
食道がんのうち、最も多いのは胸部食道がんで全体の約80~90%を占めています。これに対して頸部食道がんは約5%。患者数が少ないこともあり、食道がんを専門とする医師以外にはあまり知られていないと言います。
「頸部食道がんは胸部食道がんと同じ、粘膜上皮から発生するタイプのがんです。にもかかわらず、進行した状態で発見されるケースがとても多いのです」(中島医師)
食道がんの早期発見には、上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)が有効です。しかし、頸部食道がんはこの検査では発見しにくいそうです。
「食道はのどから入ってすぐのところにあり、刺激に敏感な場所です。この付近で内視鏡を止めてしまうと異物を外に出そうとする反応で、患者さんは『おえっ』となってしまう。内視鏡を操作するほうも苦痛を与えたくないので、頸部をじっくり見ることをちゅうちょしてしまうのです」
頸部食道がんの危険因子は、胸部食道がんと同じく、飲酒と喫煙です。特に飲酒の影響は大きく、これはアルコール代謝の過程で発生するアセトアルデヒドが扁平(へんぺい)上皮に蓄積されやすいためです。
アセトアルデヒドを分解するのはアルコール分解酵素です。この酵素の活性が低い人ほど、アセトアルデヒドが蓄積されやすく、飲酒をする人の中でも、お酒にあまり強くなく、飲んだ時に顔が赤くなりやすい人に食道がんが発症しやすいと言われています。
「該当する人は内視鏡検査を年に1回を目安に積極的に受けていただくことはもちろん、検査の際は、『少々つらくても構わないので、食道頸部もしっかりみてほしい』と伝えましょう」
もう一つ、頸部食道がんが早期で見つかりにくい理由は、自覚症状が喉頭がんなど耳鼻咽喉(いんこう)科で扱う病気と似ているためです。食道がんに共通する代表的な症状は、「食事の際ののみ込みづらさ(つかえ感)」ですが、頸部食道がんではこれに加え、「のどの違和感」や「声がれ」などがよくあらわれます。
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「こうした症状から、まず、耳鼻咽喉科にかかる人が多いのですが、耳鼻咽喉科で行う内視鏡検査(鼻咽喉内視鏡)は、喉頭や咽頭を観察する検査です。頸部食道がんを見つけることはできません」
頸部食道がんで多い化学放射線療法
頸部食道がんと胸部食道がんは、治療方法も異なる点があります。
食道の壁は、内側から粘膜、粘膜下層、固有筋層、外膜の四つの層になっています。がんが粘膜にとどまり、周囲のリンパ節にも転移がないものが0期です。
がんが、粘膜下層にとどまり、周囲の組織への浸潤や遠隔転移が認められないものが1期、固有筋層までにとどまり、リンパ節転移のみのものは2期、外膜までにとどまり、リンパ節転移のみのものは3期となっています。4期はがんが周囲の臓器に進展し、リンパ節転移がある場合や他の臓器に転移が認められるものを言います。
このうち早期がんといえる0期では内視鏡治療が可能です。しかし、頸部食道がんは前述のように早期発見が難しいので、内視鏡治療の対象になる人が少ないのが現状です。
また、胸部食道がんの場合、2~3期を中心に外科手術を選ぶ人が多いですが、頸部食道がんでは、放射線治療と化学療法を併用する「化学放射線療法」を選ぶ人が圧倒的に多いことが明らかです。
声を残せるか、残せないかが治療選択のポイントに
なぜ、頸部食道がんでは「化学放射線療法」を選ぶ人が多いのでしょうか。
「頸部食道は咽頭や喉頭とつながっているため、がんの部位や大きさによっては喉頭も一緒に切除せざるをえないことがあります。喉頭を切除すると、声帯も取り除かれるため、声を失うことになります」
また、硬い骨や組織に囲まれている頸部食道は手術が難しいため、同じ病期でも、ある病院では喉頭を温存できるけれど、ある病院ではできない、というように、施設間で差があるそうです。しかし、化学放射線療法ではこのようなことはありません。治療でがんが治れば、声の温存は可能です。
「ただし、化学放射線療法も決して楽なものではありません。まず、治療に約6週間ほどかかります。また、放射線治療による喉頭の激しい炎症により、長期間にわたって飲食ができない患者さんもいらっしゃいます」
病状が進行している場合、放射線治療によって気管と食道が強く癒着してしまったり、気管に穴があく合併症を起こしてしまったりすることがあります。気管に穴があくと誤嚥(ごえん)が起こりやすくなり、命に危険がおよびます。
「喉頭を取り除いた場合は、このようなことはなく、食事を安全にいただくことができます」
声を失った場合も、リハビリテーションによって発声法を身につけたり、発声補助器具を使った人工喉頭で発声が可能であったりすることを付け加えておきます。
治療にはこのように、それぞれ、メリット、デメリットがあります。
江戸川病院の外科医長、中島康晃さん
「進行しているケースは別として、頸部食道がんと診断された場合には、セカンドオピニオンを取り、じっくり治療法を検討することが推奨されます」
なお、セカンドオピニオン先には、食道がんの治療経験が豊富な施設を選びましょう。手術数および化学放射線療法の件数が多いことが目安です。
頸部食道がんは見つかりにくいがんですが、知識を持っていれば、早期発見につなげることができます。この記事をきっかけに、頸部食道がんに関心を持っていただけたら幸いです。
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狩生聖子
フリーランスライター
かりゅう・きよこ 1966年神奈川県生まれ。立教大学経済学部卒。OA機器商社に勤務しながら週刊誌での執筆を始め、フリーランスライターとして独立。現在は健康分野(健康、医療、医学部教育など)を中心に書籍の企画・編集、取材、執筆をしている。著書に「ぐっすり眠る!37の方法」 (宝島社新書)など。