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5日、謎の病気について記者会見するコンゴ民主共和国の保健相=同保健省公式Xの動画のスクリーンショットより
アフリカ中部・コンゴ民主共和国で、原因不明の病気が広がり、海外メディアでは「Disease X(疾病X)」として報じられている。世界保健機関(WHO)によると、10月24日から12月5日までに、同国南西部・クワンゴ州で、発熱・頭痛・せき・鼻水・体の痛みなどのある症例が406件確認され、31人が死亡した。亡くなったのは半数以上が5歳未満の子どもという。WHOは患者の一部がマラリア陽性だったことを発表しているが、詳細は分かっていない。現地ではなにが起こっているのか、日本でも警戒が必要なのか。今後、新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックを引き起こす可能性があるのはどんな病気なのか――。渡航医学や熱帯感染症が専門の濱田篤郎・東京医科大客員教授に聞いた。(インタビューは11日に実施)
100人以上が死亡の情報も
――コンゴ民主共和国で原因不明の病気が発生し、WHOが調査に入っています。
◆WHOは10日のブリーフィングで、「最初に集めた12サンプル(症例)のうち10サンプルがマラリア陽性だった」と発表しました。他の感染症の可能性もありますが、マラリアが関係している可能性は高いです。
今回の場合、病気が発生しているのはコンゴ民主共和国の中でも特に奥地です。雨期で道路状況が悪く、首都・キンシャサから2日以上かかるといいます。
ほとんどの人が発熱しているので、原因不明の「熱性疾患」と言ってよいかと思います。呼吸器の症状が出ている人もいますし、他の感染症の可能性もありますが、「雨期の流行」と言われ考えられるのが、まずマラリアです。常時流行していますが、マラリアを媒介する蚊が増えるため、雨期は特に流行しやすいのです。
ただ、マラリアでは説明がつかない部分もあります。呼吸器症状を訴えている方も多いのですが、マラリアの場合、こうした症状はあまりみられません。ですから、他の病気も関係しているかもしれません。
実は、熱帯ではインフルエンザ等の呼吸器感染症は、雨期に流行します。日本では空気が乾燥する冬にインフルエンザが流行しますから、雨期の流行は不思議に思われるかもしれません。ただ日本で冬にインフルエンザが流行するのは、乾燥しているからだけではなく、寒さで家の中にこもることが多くなり、人と人との距離が近くなるからです。熱帯では雨期と乾期しかありませんが、雨期になると家にこもりがちになりますよね。ですから、熱帯では雨期に呼吸器感染症が流行しやすいのです。
今回も、マラリアのほか、インフルエンザ、新型コロナなどの可能性も指摘されています。マラリア以外にも、こうした感染症が複数流行しているかもしれません。
亡くなっている方は多いです。WHOは406人が感染し、31人死亡としていますが、この数字はあくまでも病院で亡くなった数です。国際感染症学会のメーリングリストで流れてきた情報によれば、自宅などで亡くなった人も含めれば100人以上になるとされています。
マラリアの場合、大人よりも子どもが亡くなることが多いです。今回の病気で亡くなっているのはお子さんが多いですが、マラリアであれば矛盾はありません。WHOによれば、非常に貧しい地域で、栄養状態が悪いお子さんが多く、そういう人が亡くなっているそうです。
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世界保健機関(WHO)による謎の病気についてのニュースリリース=スクリーンショットより年に何度か発生する「原因不明の病気」
――こうした「謎の病気」が発生するのは、よくあることなのでしょうか。
◆実は、コンゴ民主共和国では年に何回かこうした「原因不明の病気」が発生しています。交通の便が非常に悪いところが多く、第一報として「何か流行が起きているけれど、原因がわからない」ということがよくあるのです。
コンゴ民主共和国政府の調査チーム、今回はWHOのチームも入っていますが、こうした調査チームが調べて、何の病気なのかがわかっていきます。マラリアのこともあれば、インフルエンザ、新型コロナのことも、あるいはエボラ出血熱のこともあり得ます。はしかも流行しています。既知の病気の場合には、比較的早めに原因が判明してきます。
ただ、それほど頻繁ではないですが、やはり新たな感染症の発生も起こり得ます。
例えば、エボラ出血熱が最初に発生したのも、コンゴ民主共和国の奥地でした。エボラ出血熱のウイルスは、もともとは動物のウイルスです。奥地に開発が進み、人が入れば、これまで接したことのない動物とも接します。ブッシュミートと呼ばれますが、そうした動物の肉を食べることもあるでしょう。そのようにして、未知のウイルスが広がることは起こり得ます。
今秋にもルワンダで流行したマールブルグ熱という病気も、動物から人に感染が広がったと考えられています。
ですから、今回も動物から感染する未知のウイルスが原因となっている可能性は、僅かですがあるのです。
パンデミックが起こる条件とは
問題は、こうした新しい病原体が出てきた時、あるいは既知の病気であっても、例えばエボラ出血熱のような病気が発生した時、これが拡大するのかどうかということです。
これは、今回のこの地域であれば可能性は非常に低いです。「熱帯」と我々はひとくくりにしてしまいますが、このあたりは熱帯雨林、ジャングルの中なんです。行くのも大変な場所で、人の移動がそれほどありません。コンゴ民主共和国の首都・キンシャサで患者が出たとなれば話は異なってきますが、こういった奥地の場合、そこまでの心配はないのではないかと思います。
2014年に西アフリカでエボラ出血熱が流行した時は、かなり感染が広がり、アメリカでも患者が出ました。それまでエボラ出血熱はアクセスが難しい熱帯雨林の地域で流行していたのですが、あの時流行したのはサバンナ、草原の地域でした。人の移動が多い地域であり、大きく広がってしまいました。
このように、どういった地域で流行しているかがわかれば、どれだけ感染症が広がりやすいかがわかります。
今回の病気が報じられたときに、みなさん、新型コロナのようになるのではないかと心配されたかもしれません。感染症が広がりやすいのは、流行がアフリカの奥地で起きた場合ではなく、交通の行き来が盛んな都市であった場合です。新型コロナが発生したのは、武漢市という1000万人都市でした。国際線の航空便が毎日出発するような都市で流行が始まりました。
しかし、今回のような、熱帯雨林の地域で流行した感染症は、一般的には大きく広がる可能性は小さいと思います。
今回、コンゴ民主共和国の政府も、WHOも早期に探知し、原因究明など対応をしています。これは非常に大事なことで、気が付かずに何もしないままだったら、未知の感染症が知らぬ間に首都・キンシャサまで広がってしまい、それが海外へと広まる可能性もあります。ただ、そういった場合もある程度時間はかかるでしょう。今回は、そうした事態にならないように早めに「火消し」しているのだと捉えています。
コンゴ民主共和国の首都・キンシャサの繁華街=2022年1月29日午後2時24分、平野光芳撮影次のパンデミック、三つの可能性
――今後また、新型コロナのようなパンデミックが起こることはあるのでしょうか。
◆次のパンデミックを起こす可能性がある感染症は、三つあると考えています。
まずは、新型インフルエンザです。最後の流行が09年でした。そろそろ、次の「新型インフルエンザ」が出てもおかしくはありません。流行すれば、確実にパンデミックになると思います。
新型インフルエンザは、動物のインフルエンザが変異し、「ヒトからヒト」へと感染しやすくなったものです。特に注意したいのが、アメリカで流行しているH5N1型です。日本のメディアではあまり報じられていませんが、アメリカでは非常に警戒されています。鳥から牛へと感染が広がり、人も感染しています。アメリカ疾病対策センター(CDC)の報告では、今年に入って約60人が感染していました。まだ「ヒトからヒト」の感染はないですが、もう少し変異したらそうなってしまうかもしれないと言われています。
2番目の可能性は、まだ流行が続いている新型コロナです。いま流行しているのはオミクロン株のXEC型というタイプですが、これがもっと新しい別の株に変異した場合、大流行する可能性があります。流行当初のような状況が起こるかもしれません。患者数が増えれば、変異もしやすくなります。
3番目の可能性は、未知のウイルスによる感染症です。特に、呼吸器感染症で肺炎を起こすようなものが新たに出た場合は、非常に注意しなければなりません。今回のコンゴ民主共和国の病気も、いまのところ兆候はありませんが、今後起きる可能性は十分にあります。
こうした三つの可能性が、起こり得ると考えています。
――次のパンデミックに対して、備えられることはあるのでしょうか
◆新型インフルエンザになる危険性があるとされているH5N1は、日本でも渡り鳥が運んできて、各地で鳥の間で流行しています。発生したら早めにくい止め、拡大しないようにしなければなりません。
新型インフルエンザが流行した場合、切り札はやはりワクチンです。H5N1のワクチンは既に開発され、備蓄もされています。国にはそういった対応を続けてほしいです。
また、あまり報じられていませんが、今夏に「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」が新しくなり、8月末にそれに沿ったガイドラインも策定されました。こういったものも、もう少しかみ砕いて、国民に知らせていただきたいと思います。
国民の側も、正確な情報を得たうえで、「正しく怖がる」という姿勢が大切かと思います。正しい情報を入手して、本当に対策が必要な場合には対応していくのが大事です。新型コロナの場合には、武漢という大都市から呼吸器感染が広がりましたが、このような場所での流行は、やはり十分に注意する必要があります。
ネット交流サービス(SNS)が発達したのはいいことだと思いますが、確実なのは行政から発信される情報です。ただ、国からの情報提供も十分とはいえない面もあります。今回の病気についても、日本の政府はほとんど情報を流していません。「海外でこういった病気が発生しています」と、情報を発信してもよいのではないかと思います。
濱田篤郎・東京医科大客員教授=東京都新宿区で2021年12月7日、内藤絵美撮影
――今回の病気については「原因不明の病気」と報じられたこともあり、関心が高まったように思います。今後、原因がはっきりすると、関心を失う人も多いのではないでしょうか。
◆自分たちに影響が及ばなければいいと思うかもしれません。ただ、アフリカの人たちはこうして苦しんでいて、子どもたちがたくさん亡くなっています。この状況に、少しでも関心をもってもらえたらと思います。
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伊藤奈々恵
医療プレミア編集部
2005年入社。熊本・筑豊・青森の各支局、科学環境部などを経て、23年5月より医療プレミア編集部。共著に「誰が科学を殺すのか 科学技術立国『崩壊』の衝撃」(毎日新聞出版)、「下北『核』半島のいま」(志學社)。