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毎日新聞 2024/1/10 06:00(最終更新 1/10 06:00) 有料記事 1399文字
ジャマイカのコーヒー農園を訪れた木村コーヒー店(現キーコーヒー)創業者の柴田文次氏(左から2人目)=キーコーヒー提供
戦後間もない1953(昭和28)年。カリブ海に位置するジャマイカ東部の急峻(きゅうしゅん)な山岳地帯に一人の日本人男性が分け入った。
標高が高く、昼と夜の寒暖差も激しい。周囲には常に霧が立ちこめ、山々を青く染めていた。
この幻想的な光景から付いた名前は「ブルーマウンテン」。いわずと知れた最高級のコーヒー豆の生産地だ。
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ここを訪ねたのは、横浜発祥のコーヒー販売店「木村コーヒー店」(現キーコーヒー)創業者の柴田文次氏だ。
柴田氏は約1カ月にわたって現地にとどまり、ジャマイカ政府からブルマンの輸入契約を取り付けたという記録が残っている。
日本は世界でも有数の「コーヒー消費大国」だ。中でも人気なのは……=2023年6月21日午前9時52分、西村剛撮影
日本ほどブルマン好きの国はないだろう。象徴するエピソードがある。
1967(昭和42)年1月、ジャマイカの現地紙の1面に、同国のキングストン港から日本に向けて出港準備を進める貨物船のニュースが載った。
積まれていたのは約1400袋のコーヒー豆。これを皮切りに約1年でジャマイカの生産量の半分を超える大量のブルマンが日本に輸出された。この前代未聞の大口契約を報じたものだ。
以来、半世紀以上。日本は今でもブルマンの世界最大の輸入国となっている。生産されたブルマンの大半が毎年、日本で消費されている計算だ。
一体、何が日本人の心をとらえたのか。
「ブルーマウンテンコーヒーには独特の魅力、魔力がある」というのは、ジャマイカコーヒー輸入協議会の担当者だ。
ブルマンはジャマイカの国内法で生産地、精製法などが厳格に管理されている。
英国王室に愛されるなど古くから世界的な評価も高い。
そして何よりブルーマウンテンという神秘的な名前が「史上最強の銘柄を育んだ」という分析だ。
味はどうか。福島市にあるコーヒー専門店の橋本和幸代表に話を聞いた。
店の名前はずばり「ブルーマウンテン本店」。ブルマン好きだった橋本さんの叔父、尾越(おごえ)知之さんが約30年前に創業し、県外にも複数の支店を持つ人気店となった。
ブルーマウンテン本店では各国のコーヒー豆が購入できる=同店提供
橋本さんいわく、最大の特徴は「ほどよい酸味と苦みがあり、日本人好みのバランスのとれた味」という。今でも店の看板商品だ。
コーヒーの中には酸味が強かったり、フルーティーだったりと味の個性が強いものも少なくない。
これに対し、ブルマンは「くせのない、上品な味わい」が身上だ。ブルマンが「コーヒーの王様」と称されるゆえんだろう。
しかし、日本人になじみが深いブルマンはいま、重大な危機にさらされている。
コーヒー豆の栽培適地は北緯25度~南緯25度の「コーヒーベルト」に集中している。ジャマイカもそうだ。
国際研究機関「ワールド・コーヒー・リサーチ」(WCR)がこのほど衝撃的な予想を発表した。
ブルマンを含む「アラビカ種」の栽培適地が2050年までに半減する可能性があるという。世界的な気候変動の影響だ。
コーヒー業界の「2050年問題」。産地やコーヒーメーカーは気候変動に強い品種の開発などを急いでいるが、世界的な取り組みがなければ対策は難しいのが実情だ。
ブルマンは大丈夫なのだろうか。そう心配していると、在日ジャマイカ大使館などが今月、ブルマンに関するイベントを東京都内で開くとの情報を耳にした。
ちょうどいい。霧が立ちこめるコーヒーの未来を、ブルマンを飲みながら語り明かそう。【東京経済部・赤間清広】
<※1月11日のコラムは外信部の鈴木玲子記者が執筆します>