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大谷翔平選手はなぜみんなに愛されるのか?! アンチエイジングの専門家が語る、睡眠パワーとホルモンとの関係
米井嘉一・同志社大学教授
2024年12月15日
今年、最後の記事になりました。テーマは愛情ホルモンと言われる「オキシトシン」です。オキシトシンについては、2019年の記事「愛情ホルモン『オキシトシン』と食の深い関係」で紹介しましたが、その後5年間で研究が進み、いろんなことがわかってきました。生活習慣を工夫することで、オキシトシンの分泌を促進し、その恩恵を享受できるのです。今回はオキシトシンにかかわる最新情報です。
オキシトシンの三つの働き
オキシトシンの代表的な作用について、次の三つに分けてお話します。
・陣痛誘発作用
・愛情ホルモンとしての作用
・抗ストレス作用
オキシトシンは、脳の奥底にある下垂体から分泌されるホルモンで、出産時の分泌は子宮を収縮させて、陣痛を規則的に起こす作用があります。陣痛が来ない妊婦さんには、陣痛を誘発・促進する薬として使用されることがあります。出産時にオキシトシンの分泌量がもっとも多いことを考えると、これが一番大切な作用だと思います。
愛情ホルモンとしての働きは、家族や仲間への絆(きずな)を深める作用です。子育てには特に重要で、オキシトシン作用が欠落すると、育児放棄やネグレクトにつながることがわかっています。
あまり有名でないのが、この抗ストレス作用です。ストレスの応答反応には自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスが大切ですが、オキシトシンの分泌によって副交感神経が優位になるように働くことで、心拍数が増えている状態の頻脈が緩和され、心身をリラックスさせる作用があります。その結果、ストレスに対する抵抗力が高まります。痛みの刺激や薬物禁断症状の他に、新奇刺激といって新しいことへのチャレンジ、新しい経験や人との出会いに伴うストレスに対して、オキシトシン分泌神経が特徴的に反応します。
これらの作用はすべて重要です。一つひとつの家族が愛情あふれる幸せな家族になるための要諦と言えるでしょう。この働きは、家族単位から、仲間単位、そして国単位に広がることでしょう。オキシトシンは現代社会にもっとも必要なホルモンです。
オキシトシン分泌を刺激するには?
オキシトシンを分泌するコツとして代表的なものは好刺激を利用する方法です。好刺激の説明として、赤ちゃんとのふれあいを例にとります。
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好刺激とは、授乳時の乳頭に受ける感覚といった触刺激、赤ちゃんの笑顔を見た時の視覚刺激、赤ちゃんの甘酸っぱい香りによる嗅覚刺激――です。好刺激によるオキシトシン分泌は男性でも確認されています。マッサージを受ける側も施す側にもオキシトシン分泌があります。夫婦間で、パートナー間で肩もみやマッサージをし合うことは、互いの愛情を深める効果があるので、ぜひとも実践してみてください。
一方で、心身のストレスが大きくなると、それに反応してオキシトシンの分泌が起こります。問題は、このような状態に陥ると、いくら好刺激があってもオキシトシンの分泌が起こりにくくなることです。その結果、愛情ホルモンの効果が発揮されず、ギスギスした感じになってしまうでしょう。人間関係がうまくいかなくなるケースもあります。
愛情深い人間になるためにはストレスを緩和することが必要になります。
睡眠の質とオキシトシン分泌との関係
旅先で枕や寝具が変わると寝つきが悪くなることがありますよね。寝具の不適合はストレスとなります。それがオキシトシンの分泌に悪く影響することが、最新の研究でわかりました。
寝具が合わなくて「睡眠の質」が低下した6人の女性を対象に、起床時と就寝時に唾液中のオキシトシン量を測定しました。そして、快適な寝具に代えて、1週間後の変化を観察しました。
「睡眠の質」の低下はストレスとして、入眠中にオキシトシンの分泌が刺激されて、起床時の値が高めになります。その状態ではいくら好刺激があってもオキシトシンが分泌されない状態になります。従って、就寝前の測定値は低めになります。適正な寝具を使って「睡眠の質」を低下させるストレスが解消されると、起床時のオキシトシン値が低下してベースライン(ストレス刺激がない状態)に近づきます。その結果、好刺激に対する感受性が回復して、就寝時のオキシトシン値が高まったのです。
オキシトシンの愛情ホルモン作用を享受するためには、睡眠の質を改善して、入眠中のストレスを解消することが重要であることがわかるでしょう。
大谷翔平選手が愛情たっぷりなわけ
アメリカ大リーグで2024年のMVPに輝いた大谷翔平選手は「睡眠の質」を大切にするアスリートとして知られています。
「睡眠の質」を高めると成長ホルモンやメラトニンといった若さと健康を保つために重要なホルモンの分泌が高まります。体内時計(1周期25時間)と地球時間(同24時間)のずれを修正して、体がベストパフォーマンスを発揮するためにも「睡眠の質」が重要なのです(22年8月7日の記事「免疫力もアップ! 体の機能を高める三つのこと」を参照)。
大谷選手が皆から愛される理由は、卓越した野球技術ばかりではありません。大谷選手は子どもにも、ファンのみんなにも、家族やペットのわんちゃんまで、いつも愛情あふれる行動を示していることです。
今回の研究でその秘密がわかりました。質の高い睡眠をたっぷりとっていることで、好刺激に対する感受性が最高に高まっていて、愛情ホルモン「オキシトシン」がたっぷりあふれ出ているのに違いありません。
おいしいものを食べ、たっぷり睡眠を!
2019年の記事では、①血液中のオキシトシンが血液脳関門(BBB)を通過して脳内に移行するためには輸送体としてRAGEというたんぱく質が必要であること、②おいしいものを食べるとBBBの血管表面にある輸送体の数が増えてオキシトシンが脳内に移行しやすいこと――を紹介しました。この現象についても、どんどん証拠が集まりつつあります。
読者の皆様におかれましても、おいしいものを食べて、たっぷりと睡眠をとって、すてきなお正月をお迎えください。
来年は愛情あふれる年になりますように!
写真はゲッティ
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よねい・よしかず 1958年東京生まれ。慶応義塾大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科内科学専攻博士課程修了後、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校留学。89年に帰国し、日本鋼管病院(川崎市)内科、人間ドック脳ドック室部長などを歴任。2005年、日本初の抗加齢医学の研究講座、同志社大学アンチエイジングリサーチセンター教授に就任。08年から同大学大学院生命医科学研究科教授を兼任。日本抗加齢医学会理事、日本人間ドック学会評議員。医師として患者さんに「歳ですから仕方がないですね」という言葉を口にしたくない、という思いから、老化のメカニズムとその診断・治療法の研究を始める。現在は抗加齢医学研究の第一人者として、研究活動に従事しながら、研究成果を世界に発信している。最近の研究テーマは老化の危険因子と糖化ストレス。