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毎日新聞 2024/1/27 東京朝刊 有料記事 1945文字
テレビを通じて国民に新年のあいさつを伝える習近平中国国家主席=新華社AP
「苟日新、日日新、又日新(まことに日に新たなり 日に日に新たにして また日に新たなり)」。「四書五経」の一つ「大学」由来の言葉だ。日々新しくなるように修養を重ねる意味で、殷朝初代の湯王が洗面の器に彫り、毎日の自戒の句にしたという。
古典由来の言葉で習近平国家主席が引用した回数が多いものの一つとされる。習氏がよく口にする「創新」に通じる。イノベーションや革新を意味する中国語で、科学技術だけでなく、幹部の思考にも「創新」を求めている。
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そんな習氏が前例踏襲を嫌うのは当然か。12年前の総書記就任以来、鄧小平が作り上げた前例を次々に破り、異例の3期目に入った。それが鄧を乗り越え、「建国の父」毛沢東に並ぶ手段と考えているのかもしれない。
中央委員会の開催日程も前例を変えた。総書記再選の翌年に国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正を議論する会議を開いたためだ。それまで2年目の秋に開催されてきた経済問題を論議する会議が3年目に回された。
3期目の昨年は秋の中央委で経済問題を討議する慣例が復活するかと思われたが、そうはならなかった。経済状況が好ましくないから開けなかったという見方も浮上した。
だが、権力を集中させた習氏に前例踏襲を提言するような幹部がいるとも思えない。むしろ新たな前例を作ろうとしているのではないか。
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過去を振り返るのも嫌いらしい。昨年末、それを示すようなメディア規制が起きた。時に独自の論調を打ち出す異色の経済メディア「財新週刊」のネット記事が相次いで削除されたのだ。
一つは1978年12月に鄧小平が改革・開放政策を始めて45年になるのを記念した社説だ。文化大革命の混乱を収拾し、経済発展の基礎を築いた偉業の精神として鄧が好んだ「実事求是」の重要性を強調していたが、ネットで議論を呼んだ末、削除された。
事実に基づいて真理を求める意味の四字熟語は「空理空論」の対極にある。「上が言わないことは言わず、文書に書かれていないことは考えず、指導者が段取りしないことはやらない」。社説は萎縮して自発的に動かなくなった官僚の姿を活写していた。
鄧が外国の経験を率直に学んだことにも触れたが、社説掲載の翌日は毛沢東の生誕130年(12月26日)。習氏は演説で毛をたたえ、欧米の資本主義モデルと一線を画す「中国式現代化」の重要性を改めて強調した。
もう一つはキッシンジャー元米国務長官ら昨年に亡くなった人々をしのぶ特集だ。10月に急死した李克強前首相の写真が掲げられたが、削除された。中国当局は経済への不満が李氏礼賛につながることを警戒している。財新の記事は政治的タブーに触れたのだろう。習氏自身が判断しなくても、習氏を押し頂く幹部たちのそんたくが働くのが今の中国の政治構造である。
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習氏自身も不動産不況が続き、個人消費が低迷する中国経済の行方を懸念していることは間違いない。昨年の経済成長率は目標より高い5・2%増と発表されたが、中国国内の実感はもっと低いという。バブル崩壊後の日本のようなデフレ懸念も高まる。
恒例の新年のテレビ演説で習氏は「これから進む道に風雨が伴うのは当然のことだ」と語った。さらに「経営上の問題を抱える企業」や「就職や生活上の困難に悩む人々」に言及して「風雨を恐れずに助け合い、困難を前にして果敢に挑む皆さんの姿に深い感動を覚えている」と寄り添う姿勢を示した。
北京冬季五輪開催や3選を決めた党大会開催を受けた昨年の演説と違い、共産党や台湾に一度も言及しなかった。最後に「現在、一部の地域では戦火が続いているが、中国人民は平和の尊さを深く知っている」と結んだ。「風雨」を前に低姿勢を演じたようにも見えた。
習氏に代わって楽観論を打ち出したのが李強首相だ。「信頼の再構築」をテーマにスイスで開かれた「ダボス会議」で「中国経済は着実に前進しており、今後も世界経済の発展に力強い原動力を提供し続ける」と強調した。
李氏は北京でも4年ぶりに訪中した日本の経済界代表団に笑顔を振りまいた。だが、歴代首相と異なり、独自の経済政策を打ち出せるような中央政界での経験や権力に欠ける。習氏へのそんたくも他の幹部と変わらない。
「習時代のトッププライオリティーは経済成長から国家の安全に変わった」とは垂秀夫前中国大使の指摘だ。しかし、共産党内は習氏に右にならえでも国民のトッププライオリティーは依然、経済だ。
「実事求是」に共感し、冷ややかな目で見ている国民も少なくあるまい。経済を立て直す権力は習氏に集中している。「風雨」を自覚する習氏がどう対応するのか。その成否が今年の中国の行方を左右することになるだろう。(特別編集委員)(第4土曜日掲載)