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毎日新聞 2024/1/29 06:00(最終更新 1/29 06:00) 有料記事 1663文字
韓国で地下アイドルとして活動するはにゃさんの誕生日記念公演を知らせる看板=ソウルで2023年12月3日午後4時32分、日下部元美撮影
「韓国にも地下アイドルがいるらしい」。韓国人の友人に誘われ、若者文化の発信地、ソウルの弘大(ホンデ)に公演を見に行った。事前にもらった告知画像には公演名が日本語で書いてあり、出演する複数のグループが記されていた。弘大がある「麻浦(マポ)区」のアルファベットの頭文字をとった「MPK46」というグループもいた。
会場に来る人々の多くが、日本のアイドルファンが持つようなライトスティックを持参していた。曲が始まると会場が一気に盛り上がり、アイドルの歌に合わせて「ミックス」と呼ばれる決められたかけ声を観客が叫ぶ。日本のアイドルの歌を歌い、あいさつは日本語と韓国語を交ぜて行う。日本人風の名前の人が多いが、皆韓国人だという。
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韓国の地下アイドルのライブ。ライトスティックを持参するファンもいる=ソウルで2023年12月3日午後6時47分、日下部元美撮影
更に驚いたのが観客の反応だ。ライブが始まるまで韓国語を話していた男性たちが、歌が始まると「愛してるー!」「結婚してー!」と日本語で叫び出した。観客は4割程度が若い女性で、一人で訪れている人も多くいた。私の隣に立っていたパンツスタイルのおとなしそうな女性(20)は、友達に誘われて見に行ったのがハマるきっかけだったという。「実力がある」お気に入りのアイドルを見つけ、追っかけをしている。
女性は「K-POPアイドルよりも規模感が小さく、近く感じられ、意思疎通ができるところが地下アイドルの魅力」だと語った。K-POPアイドルは今や世界規模のスーパースターたちばかりだ。このため、過去にアイドルグループ「AKB48」が打ち出した「会いに行けるアイドル」のコンセプトが逆に「刺さって」いるようだった。
私が見た公演は、「はにゃ」というアイドルの誕生日を記念した公演だった。はにゃさんは韓国で地下アイドルが登場したとされる2019年から活動してきたと聞き取材を申し込んだ。はにゃさんによると、当初は3グループ程度しかいなかったが、現在は約50グループが活動しているという。ほとんどがセルフプロデュースだが、事務所に所属するアイドルも出てきた。初期は日本のアイドルの歌でパフォーマンスしていたが、最近は韓国語のオリジナルの歌を歌うグループもいる。ミックスも韓国語が増えた。
韓国の地下アイドルのライブ。ライトスティックを持参するファンもいる=ソウルで2023年12月3日午後6時43分、日下部元美撮影
はにゃさんは18~19年に日本の大学に留学した経験がある。元々日本のアイドルが好きで、「アイドル研究室」というサークルに入った。留学当初はまだ日本語が拙く、活動内容の説明がうまく聞き取れなかった。文字通りアイドルを研究するサークルだと思い入ったが、実際は自分たちがアイドルの大会に出ることを目標にした団体だった。
サークル内で一番ダンスが下手だったが、日本語を勉強しながら、必死に練習を重ねた。韓国は激しい競争社会だ。留学している他の韓国人からは「就職の役に立たないのになぜするのか」と言われた。大会では良い成績は残せなかったが、良い思い出になった。
韓国の地下アイドルのライブ。ライトスティックを持参するファンもいる=ソウルで2023年12月3日午後6時41分、日下部元美撮影
「韓国に帰ったら日本の歌で踊ることもなくなるのか」。SNS(ネット交流サービス)で惜しむ気持ちを投稿すると、韓国で地下アイドルを企画しようとしていた人から声がかかった。実家がある南東部・大邱(テグ)からソウルまで列車で約3時間半の距離を行き来して公演を重ねた。当時は日韓関係が「国交正常化以来最悪」と言われるほど冷え込んでいた。だが、「日本のアイドルが好きな人にとっては関係なかった」と振り返る。
19年と比べると認知度が上がり、客層も広がった。同期は皆引退し、実力のある更に若い人が次々と入ってくる。ネットでは「韓国人なのになぜ日本の地下アイドルを」「はにゃは人気がないのにまだやっているのか」と批判されることもある。また、現在ソウルで会社員をしながら活動しており、公演前は準備で寝られないこともある。だが、はにゃさんは「日本の曲を知ってもらいたいし、日本語と韓国語のかけ声で会場が盛り上がるのが好きだからできる限り続けたい」。あまりの熱意に、なぜか「ありがとう」という言葉が口からつい出た。【ソウル支局・日下部元美】
<※1月30日のコラムはニューヨーク支局の八田浩輔記者が執筆します>