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毎日新聞 2024/1/31 東京朝刊 1013文字
<sui-setsu>
あすで能登半島地震から1カ月になる。かろうじて道路網がつながり、ボランティアも入り始めた。だがいつになれば日常が戻るのか、誰も答えられない。
命の危機にさらされた被災者はある種の興奮状態にあり、直後は理不尽な状況に過剰に適応することで乗り切ろうとする。
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それが一段落すると現実への幻滅に襲われる。PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断される人が増え始める。物心両面から息の長いケアが不可欠だ。
名古屋大病院の救急医である山本尚範(たかのり)さん(45)から、ケアに関わるもう一つの危機について教わった。「介護の崩壊」である。
山本さんは4日から5日間、災害派遣医療チーム(DMAT)として現地入りし、石川県珠洲(すず)市の高齢者施設で入所者を広域避難させる計画に携わった。
要介護度1~5の100人と併設するグループホームの認知症患者20人、計120人。90人のスタッフの大半が被災し、出勤できたのは30人にとどまっていた。
職員に「どんな状況ですか?」と声をかけると「ここへ来た全員が同じことを聞くけれど、何もしてもらえません」。訴えに2時間、耳を傾けた。
断水、停電に加えて人手不足。不眠不休で働き続け、山本さんが訪ねた7日時点で一度も帰宅できていない職員が複数いた。「私たちは忘れられていると感じ、震えていた」との本音も漏れた。
倒壊現場や避難所の惨状が注目される半面、施設は「介護を受けているから大丈夫」とみなされがちだ。手厚くケアされる人ほど、それが途絶えた途端、危機に直面するのにもかかわらず。
120人は愛知県などの施設や病院に受け入れ先が決まり、施設を離れた。こうした広域避難は今回、1000人に上る。
当面の安心は得られた。だが山本さんは「その後」が気がかりだ。当事者は想像以上のストレスを受ける。避難先から戻れる時期は見通せず、人手不足で施設を再開できる保証はない。
高齢化と働き手の減少、過疎が同時進行する地方で自然災害が介護システムを揺るがせている。「我々の未来を見ているようでした」と山本さんは振り返った。
今月公表された「人口ビジョン2100」は、人口が半減する「老いゆく日本」の将来像を提示した。高齢化率を「46%」と想定したが、能登半島には既に50%を超えている自治体がある。
天災は避けられないが、生じる事態に備えることはできる。今こそ目をこらしたい。(論説委員)