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毎日新聞 2022/12/22 東京朝刊 有料記事 1723文字
カーリングの石、なぜ曲がる?
カーリングのストーン(石)はなぜ曲がるのか。実は、これは100年近く論争が続く難問だ。立教大の村田次郎教授は9月、この論争を決着させる可能性のある新説を学術誌に発表した。いったいどんな説なのか。
カーリングの競技名は、投げた石が「カール」(曲がる)しながら進むことに由来するとされる。石の軌道を安定させるため、回転をつけて投げるのが一般的だという。
不思議なのは、物理的にかかる力とは反対に曲がることだ。
例えば反時計回りに石が回転すると、その反作用として石には時計回りに摩擦力がかかる。このため、石は右に曲がるかに思える。しかし実際はその逆で、左に曲がっていく。この問題は1924年に初めて学術誌で提起され、以降、さまざまな説が出された。
石にかかる摩擦力が左右で異なる「左右非対称説」▽何らかの理由で石の前より後ろの方で摩擦力が強くなる「前後非対称説」▽氷に引っかかった部分を中心に旋回させる力が石にかかる「旋回説」――など、いくつかの仮説が提唱されたがどれも決め手を欠いた。
「だったら実際に測ってみればいい」。村田さんは、実験で確かめることにした。
テープで目印をつけた石のスピードや回転速度を変えながら2メートルほどの距離を122回投げて動画を撮影。専用のソフトを開発して、石がどういう動きをするか、位置や角度を精密に解析した。その結果、以下の二つのことがわかった。
まず、石は氷とぴったりと接してはいないということだ。
●人工の「でこぼこ」影響
石の底は、ランニング・バンドと呼ばれるリング状のザラザラの面になっている。また、氷も平らではなく、あらかじめ水滴をまき、ペブルという氷のでこぼこを人工的につけている。
投げられた石はガタガタと音をたて、常に引っかかりながら進む。つまり、一つの物体(剛体)がなめらかに動いているのではなく、たくさんの点(ペブル)と何度も衝突しながら運動しているのだ。
ただしこれだけでは、なぜ回転方向に曲がるのかはわからない。
二つ目は、石が回転していると、底のでこぼこが氷に引っかかる回数が左右で違うということだ。
反時計回りに回転する石の場合、氷に対する速度は石の右側が相対的に速く、左側が遅くなる。すると、遅い左側の方が、より氷に引っかかることがわかった。摩擦力は左の方が強く、右の方が弱いことが実験で確認できた。
ただし、摩擦力は進行方向に対して後ろ向きにしか働かないため、これだけでは石は曲がらない。
村田さんの説は、こうだ。
石の底が氷にひっかかると、その点を中心にして、石の左側なら左へ、右側なら右へ旋回しようとする(旋回説)。「走っている人が手で支柱をつかむと、支柱を中心にして回るようなものです」(村田さん)
衝突が左右で同じなら、この動きは打ち消し合ってゼロになるが、石には回転がかかっており、左右で異なっている(左右非対称説)。反時計回りなら、左の方が速度が遅いため、衝突が多くなる。このため左に旋回しようとする動きが打ち勝ち、左に曲がるのだ。
「左右非対称説」と「旋回説」の組み合わせ、それが村田さんが導いた答えだった。
●簡単装置と精密技術で
村田さんの本来の専門は原子核や重力の物理学だ。ミクロの世界のさまざまな現象を測定し、この世界に三次元を超える余剰次元が存在するかなどの研究をしている。
村田さんは長野県軽井沢町の在住だ。この問題に関心を持ったきっかけは、98年の長野冬季オリンピックだったという。「競技を見て、曲がる方向が逆なんじゃないかと、気持ち悪さを抱いたんです」
2020年、コロナ禍で大学への出勤が難しくなったのを機に、長年の疑問を解決しようと、地元の軽井沢町にある競技場を借りて本格的に実験に着手した。過去の論文を調べ、この問題が未解決であることに気づいたという。
村田さんには競技の経験はない。実験に使ったのは市販のコンパクトデジタルカメラと三脚だけ、いたってシンプルだ。だが専門であるミクロの精密な測定技術を生かし、新説にたどり着いた。「いろいろな説こそあったが、誰も詳細なデータを取っていなかった。つぶさに取ったのは僕が最初です」と自負する。【酒造唯】