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毎日新聞 2022/12/23 東京朝刊 有料記事 2247文字
GX実行会議で発言する岸田文雄首相(左から2人目)。左端は西村康稔GX実行推進担当相=首相官邸で22日、竹内幹撮影
二酸化炭素(CO2)に値段をつけて排出企業にコスト負担を求める「カーボンプライシング(CP)」。岸田文雄政権は22日、2023年度から日本版CPを段階的に導入する方針を決めた。その仕組みは、CO2排出枠を売買する「排出量取引制度」と、エネルギー企業に対する「炭素賦課金」の2本柱。政府の掲げる50年の温室効果ガス排出「実質ゼロ」の実現に向けた“切り札”になるのだろうか。
削減目標を設定
23年度に始動する排出量取引市場では、CO2排出枠が取引される。
取引に参加する企業は、毎年の排出削減目標を設定する。目標より多く削減した企業は、余った削減分(排出権)を市場で売り出す。目標を達成できなかった企業は、排出権を購入することで未達分を埋め合わせる仕組みだ。
企業は、他社にお金を払うくらいなら、自社で再生可能エネルギーの利用や省エネに投資するはず――。これが排出量取引で脱炭素化が進む理屈だ。
国内ではすでに22年9月から有志企業による排出量取引市場「グリーントランスフォーメーション(GX)リーグ」のテスト運用が始まり、国内CO2排出量の4割を占める約600社が参加している。政府はこの「GXリーグ」を段階的に発展させていく。
23年度からは、企業が削減目標を自主的に設定し、削減実績に応じて排出権を取引する。市場への参加は自由だ。ただ、目標を自主設定すると、あえて低い目標を設定した企業がたやすく目標を達成し、排出権を得やすくなり、公平な取引が成り立たない。このため、26年度からは各社の削減目標が妥当かどうかを第三者機関が認証する制度を始める。
このほか、電力部門の脱炭素を加速させるため、33年度から政府が発電会社に毎年の排出枠を販売する「有償オークション」を導入する。欧州連合(EU)や韓国などがすでに導入している仕組みで、CO2排出の多い火力発電から、再生可能エネルギーや原発への移行を促す効果があるとされる。
CPの2本柱のもう一つは、原油や天然ガスなど化石燃料を扱う企業から徴収する「炭素賦課金」だ。28年度から電力会社や石油元売りなどを対象に始める。賦課金により化石燃料を利用した電気やガソリンの価格が上昇すれば、代替となる再生可能エネルギーや電気自動車への移行が進むことが期待される。
企業の負担抑制
肝心なのは、炭素賦課金や有償オークションの価格設定だ。「脱炭素と成長の好循環」を目指す政府は、取引制度や賦課金のコスト負担が重すぎて、経済成長に水を差すことを懸念。岸田首相はCPの導入によって企業負担が増えないようにする方針を打ち出した。
具体的には、炭素賦課金は、原油や天然ガスなどにかかる石油石炭税(21年度約6000億円)が電気自動車の普及などで減少した範囲内で徴収を始める。
また、太陽光などの再生可能エネルギーの普及のために電気料金に上乗せしている再エネ賦課金(22年度見込み約2・7兆円)が制度の縮小に伴って32年度から減少に転じる見通し。これを念頭に33年度から始まる有償オークションの価格を決める方針だ。
ただし、産業界に気兼ねして「企業負担を増やさない」方針にこだわれば、CO2価格が低すぎて脱炭素化を促す効果がなくなる懸念もある。
国際エネルギー機関(IEA)の試算では、先進国が50年に排出実質ゼロを目指すには、CO2価格が30年時点で1トン=130ドル(約1万7000円)になる必要がある。一方、日本では、化石燃料のCO2排出量に応じて課せられる地球温暖化対策税は1トン=289円で、IEAの試算に比べてケタ違いに低い。
環境に配慮した金融の動きに詳しい野村サステナビリティ研究センターの江夏あかねセンター長は「国際水準からみて著しく低い価格は望ましくない。日本の掲げる50年排出実質ゼロ目標への信認という意味でも、価格水準には留意すべきだ」とクギを刺す。また、CPについて「CO2のコストが簡単に分かる仕組みをつくり、企業や個人の行動変容を促すのがポイント。大企業だけでなく、産業界全体、国民のマインドを変えていけるかが問われている」と指摘した。
CO2排出に応じたコスト負担を求めるのが「ムチ」とすれば、脱炭素投資を国費で支援する「アメ」も用意している。
官民150兆円投資
政府は今後10年間で、官民で150兆円規模の脱炭素投資を目指している。このうち、政府は20兆円を投資し、民間投資の「呼び水」としたい考えだ。
政府の投資分は23年度から発行する新たな国債「GX経済移行債」で調達する。炭素賦課金や、有償オークションの収入を、移行債の償還に充てる計画だ。
政府は投資対象について「民間企業だけでは投資判断が困難な事業」「国内投資拡大につながる」とする基本方針を提示。そのうえで、水素・アンモニア(官民で約7兆円)▽蓄電池(約7兆円)▽次世代自動車(約17兆円)▽住宅・建築物(約14兆円)――といった目安を示している。
しかし、投資先の選定はこれからだ。経済産業省の審議会では「公平性よりも、戦略性が大事」「中小企業が参画できるようにすべきだ」などの注文が相次いでおり、投資先の決定は簡単ではなさそうだ。
江夏センター長は「本当に脱炭素に資するものか、政府が透明性をもって選定することが重要だ。一方で、脱炭素分野は技術革新が速いので定期的な見直しも必要だ。外部専門家が使途をチェックすることも一案だろう」と指摘した。【横山三加子】