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「健康的」と思われている食べ物や食事法が、不健康を招くかもしれない――。前回は、玄米やマクロビオティック、オートミールが糖質疲労(食後高血糖)を招きかねないと、糖尿病専門医の山田悟医師が解説してくれました。
しかし、「ヘルシー」なイメージと異なり、体に対して疑問符がつく食事法や食べ物はそれだけにとどまらないようです。
グルテンフリーや16時間ダイエットなど、昨今注目を浴びている食事法や食べ物に着目し、取り入れると体にメリットがあるのか否かを伺いました。【聞き手・倉岡一樹】
グルテンフリー アレルギーを持たない人には……
前回は「健康的」と考えて日常的に食べる方も少なくない玄米やオートミールが、決して「健康的な食べ物」とは言い切れないとお伝えしました。今回はその続編です。ご自身が持っているイメージが正しいものかどうか、今一度立ち止まってお考えいただけるとありがたいです。
まずは、昨今よく聞く「グルテンフリー」についてです。
「グルテン」は小麦や大麦、ライ麦などに含まれるたんぱく質の一種です。小麦粉を使わずに米粉やそば粉を選ぶ健康志向の方もいらっしゃるでしょう。しかし、グルテンフリーはあくまでグルテンアレルギーをもつ方のための食事法であって、ダイエットには適しません。
グルテンアレルギーを持つ人の割合は欧米人に高く、グルテンを含まない米粉やそば粉に置き換えることで体調がよくなる例があります。「グルテン不耐症」という一種のアレルギーを持っている世界的なテニスプレーヤー、ノバク・ジョコビッチ選手がグルテンフリーを実践し、パフォーマンスを上げたことをご存じの方もいらっしゃるでしょう。
ところが、グルテンアレルギーを持たない人がグルテンフリー食にすることで得られるメリットはありません。
また、こんな論文があります。グルテン摂取量の多寡でグループ分けすると、グルテン摂取量の少ないグループで糖尿病発症率リスクが高かったのです。観察研究なので因果関係は不明ですが、グルテンアレルギーのない人はむしろ、グルテンフリー食を意識しない方がよいといえます(注1)。
グルテンフリーを実践すると基本的に小麦粉を避けますから、結果として欧米では糖質制限につながりやすく、血糖値を抑える効果やダイエット効果を得られやすいかもしれません。
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しかし、欧米は日本をはじめとするアジア諸国ほど米を食べる習慣がないことを頭に入れておく必要があります。白米を多く食べる日本では、グルテンフリーを実践しても糖質制限になりません。代謝上のメリットがなく、ダイエットにもならないのです。
パンやケーキ、パスタにうどん、揚げ物の衣やスナック菓子、そしてビール……。私たちの食生活を彩る多様な食品は、原材料として麦を使います。また、麦類は糖質とともにビタミンB群や鉄分、食物繊維も豊富に含んでいます。グルテンフリーを導入すると、それら必要な栄養素を十分にとれなくなる可能性があるばかりでなく、食事の楽しみを奪ってしまうことにもなりかねません。
グルテンフリーがなぜ、日本でダイエット法として広まってしまったのでしょうか。原因は雑誌などのメディアにあるのではないかと考えています。
「欧米で流行している目新しいダイエット法」として紹介され、科学的に正しいか否かを吟味されることなく「消費」されてしまったがゆえだと思うのです。若い人が飛びつくと、飲食店も呼応するようにメニューを開発しますから。
グルテンフリー食は、あくまでもグルテンに対するアレルギーがある人が実践し、それ以外の人はやる必要がないと考えます。
全粒粉も高糖質
また、小麦より全粒粉を選ぶ方もいらっしゃるはずです。
全粒粉は小麦の表皮、胚芽、胚乳を全て粉にしたもので、生成された小麦粉より食物繊維やビタミン、ミネラルは豊富です。
ところが、低糖質ではありません。つまり、全粒粉▽米粉▽そば粉▽雑穀▽精製された小麦粉――はいずれも糖質を多く含んでおり、等しく糖質疲労を引き起こす食べ物といえます。
炭水化物のうち、食物繊維を除いたものを「糖質」あるいは「利用可能炭水化物」といいます。正確には定義にわずかな差異がありますが、便宜的に「糖質」で統一します。
文部科学省が運営する「食品成分データベース」(https://fooddb.mext.go.jp/)によると、小麦と米粉を使ったパンの糖質量は次の通りです。
▽小麦ロールパン50gの糖質量:22・9g
▽小麦全粒粉パン50gの糖質量:21・0g
▽米粉パン50gの糖質量:25・4g
糖質が最も多いのは、米粉パンでした。とはいえ、3者の差は小さく、糖質疲労を予防するために使い分ける理由はありません。やはり、グルテンアレルギーを持つ人以外が「健康のために」米粉を食べる意味を見いだすことができません。
要注意! 全粒粉パンとブランパンは別物
一方、最近市販されるようになった低糖質パンの材料として使われるのは、ふすまと米ぬか、そして大豆です。
ふすまパンはスーパーやコンビニエンスストアで「ブランパン」の名を冠して販売されていることが多いです。ふすまは小麦の表皮だけを粉にしたもので、胚芽を含まない低糖質食材です。米ぬかは米の表皮部分のことで、それを用いたパンも売られています。大豆粉パンもありますね。
我が家では、1個あたり糖質2gのブランパンをよく食べます。これにスクランブルエッグとレタスを挟んでマヨネーズなどをかけ、サンドイッチにするととてもおいしく、朝食にぴったりです。
板チョコと無糖の生クリームをホイップしたものを挟んで食べる人もいるようですが、それもありです。板チョコは1枚当たりの糖質が25gほどです。ひとかけやふたかけを挟む程度であれば、糖質量はわずかで済みます。食の幅が広がりますね。
また、1枚当たり糖質5g強の低糖質ライ麦パンもあります。このライ麦パンはドイツのもので、種類がいくつかあり、たんぱく質が強化されていて食物繊維も多く、糖質が少ないものがあります。バターを塗って食べるとこたえられません。
最近では、コンビニエンスストアやスーパーマーケットでこうした商品を手に取ることができますし、また、こだわりの低糖質パンを通信販売で購入できるサイトもあるようです。ぜひ、好きなものを我慢せず、もっとおいしく、楽しく、健康になっていただきたいです。
どうしても普通のパンを食べたい場合には、薄切りの8~12枚切り食パンを選びましょう。その際はたっぷりのバターをのせるか、オリーブ油に浸すかすると、血糖値の上昇にブレーキをかけながらおいしく食べられます。脂質は糖質疲労を防いでくれる味方です。
ただ、注意していただきたいことがあります。ブランパンと全粒粉パンを混同しないでください。
私が患者さんたちにロカボの指導をしていると、「私は全粒粉パンを食べているから大丈夫です!」と自信満々で話すものの、血糖値を測ると200mg/dLを超え、青ざめていらっしゃる方もいらっしゃいます。
繰り返しになりますが、全粒粉は小麦の表皮と胚芽、胚乳を全て粉にしたものですから、低糖質ではありません。白米と玄米の糖質量がほぼ変わらないのと同じで、胚乳が入っている限りは全粒粉パンも普通のパンと同じ糖質量を含んでいるのです。
16時間ダイエット、断食道場は体に悪影響の懸念あり
古くから残っているダイエット法で、最近特に流行の兆しがある「ファスティング」は、糖質疲労を招く食事法として大きな懸念を持っています。1食を抜くと、次の食事の後、血糖値が急激に上昇するからです。そのため、長時間に及ぶ空腹時間を意図的に作る場合は、次の食事で糖質量を厳しく制限する必要があります。
断食明けに、糖質たっぷりの酵素ジュースを飲むという「断食道場」もあるようです。しかし、断食で体脂肪のみならず筋肉を削り、空腹時に糖質たっぷりの酵素ジュースだけを摂取して血糖値の急上昇に拍車をかけ、効率よく体脂肪だけを取り戻させようとしており、むしろ体に悪いように思えます。
そもそも、酵素は反応を触媒するたんぱく質です。口から摂取すれば消化管内でアミノ酸に分解されるため、酵素としての活性を完全に失います。「失活」した酵素にはいかなる反応を触媒する力も残っていません。何のための酵素ジュースなのか、科学的には説明できません。
例えば、クランベリージュースがぼうこう炎の予防に有効であるとの論文はいくつもあります(注2)。飲み物によっては、予測もしていなかったメリットを得られることがないとはいいません。とはいえ、実証されているものはこうした例外を除けばほぼありません。
最近よく聞く「16時間ダイエット」も同じことです。8時間好きに食事をできるかわりに16時間は全く食べないというダイエット法です。
しかし、食べられる8時間の間や、長い空腹時間の後の食事に糖質たっぷりのものを食べれば、高血糖状態が続いたり、血糖の激しい上下動も頻繁に起きたりするでしょう。糖質疲労を招きかねない食事法といえます。
最近の報告でも、時間制限のないコントロール食と比較して、糖尿病の管理指標である「ヘモグロビンエーワンシー(HbA1c)」(過去1~2カ月の血糖状態を評価できる数値)の変化量に差異はありませんでした(注3)。
いわゆるカロリー制限食も同様です。カロリー制限食で痩せられたとしても、必ずしも血糖値が改善するわけではないことが知られていますし(注4)、たんぱく質や油脂の少ないカロリー制限ではかえって食後高血糖が起こりやすくなることが知られています(注5)。
さらに、食べる量(カロリー)を制限するダイエットは我慢するだけですから、簡単に取り組める一方、数週間もすると確実につらくなり、リバウンドやリタイアがほぼ必至といってもよいでしょう(注6)。
カロリー(エネルギー量)を正確に把握するのは不可能ですから、感覚的に量を減らす「腹八分目」しか実践法がありません。おなかがすいている状況に長く耐え、筋肉を減らしてリバウンドで体脂肪を戻すことが、体にいいわけありません。
16時間ダイエットもカロリー制限食も結果として「一時的に」体重は減るかもしれません。しかし、長い目で見てそれらの食事法に価値があるのかどうかは分かっていません。それゆえ、基本的にはオススメしにくいダイエット法です。
深夜の食事は身を滅ぼす
また、夜遅くに食べると、翌日の朝食のメニューが同じであっても血糖値が上がりやすかったとのデータがあります(注7)。夜食べてすぐ寝ることで、エネルギーの消費がストンと落ちてしまって太りやすいとか、体重や血糖の管理に対して夜遅くの食事は不利益であるとの論文もあります(注8)。夜中食べないようにするとの意識があってもいいと思います。
しかし、食事に関しては自由度が高い方がいいですから、おなかがすいていれば食べればいいとも思います。その際は、糖質に「だけ」気につけてください。ナッツやチーズといった低糖質でおなかにたまるものを選ぶとよいでしょう。
最もやってはいけないのが、生活が不規則になり、夜食べる時間が遅くなった場合に、「もうこうなれば、健康に悪いのは承知の上だ」と半ば自暴自棄になって何も考えずに食事をとってしまうことです。「忙しかったから仕方がない」という言葉を免罪符にして糖質を好き勝手にものを食べると、血糖値が一気に悪くなり、健康が失われる可能性が高くなります。
ダイエット、体重の適正化を目指すためには、たんぱく質と脂質をしっかりと摂取し、基礎代謝を上げることが大切です。糖質もゼロにするのではなく、適正な摂取量(1日当たり130g以内で、かつ1食当たり40g以内)に抑えると血糖値の乱高下を抑えられ、体を守りながら、食生活の幅を広く保つことができ、生活の質(QOL)も上げられます。
「これさえやっておけば大丈夫」との甘い言葉には、多くの人が飛びつきたがります。「生活が忙しい」などはもはや、自分あるいは世間に対する言い訳です。「しょうがないんだよ。だから、食べちゃったんだよ」では、体を痛めつけるだけです。
我慢をして「頑張った感」を得る人は、その先何も考えずに食べることを望みがちです。しかし、我慢は耐えているだけで、頭を使っていません。一方で、糖質を考えながら食べることは、頭を使います。
ロカボも慣れるまでに、工夫が要ります。しかし、そのハードルを乗り越えれば、ルーティンとして定着します。「入り口」だけ頑張っていただき、「コツ」をつかんでいただければと思います。
とはいえ、カロリー計算にトライしたことがあるような人は、そのハードルも全く苦にならないはずです。カロリーを糖質に置き換えればよいだけです。しかも、カロリーの計算は実際に食べている値と大きくかけ離れ、意味のない数値になっていることがほとんどですが、計算して出てきた糖質の値の誤差は、実生活における影響が小さいため、糖質量を把握することには価値があります。
我慢は危険
「我慢は美徳」との意識が、日本人の中にあります。
山田悟医師=宮間俊樹撮影
しかし、食生活の面でいうと、我慢は「次に何も考えずに暴飲暴食するために力をためている段階」に過ぎません。血糖値は膝を曲げてから飛び上がった時のように、ジャンプアップしかねません。
歴史的に考えると、日本人は新しい情報が好きなんだろうと思います。先人は、その中から正しいものを取捨選択し、後世によいものを残してくれたといえます。日本人は時間をかければ正しい取捨選択をするすべにたけていると思います。しかし、一過性には正しくないものも取り入れてしまう傾向があるようにも思います。
目の前に目新しいダイエット法があるとすぐに飛びついてしまう気持ちも分からなくはないですが、あえて立ち止まり、「科学的に正しいのか」と考えることを忘れないようにしていただきたいです。
【参考文献】
注1 Diabetologia 2018; 61: 2164-2173
注2 Cochrane Database Syst Rev 2023; 11: CD001321
注3 J Acad Nutr Diet 2024; 124: 1014-1028
注4 N Engl J Med 2013; 369: 145-154, Diabetes Care 2016; 39: 808-815
注5 Br J Nutr 2014; 111: 1632-1640
注6 Diabetologia 2021; 64: 1927-1938
注7 Obes Res Clin Pract 2011; 5: e220-e228
注8 Am J Clin Nutr 2021; 113: 154-161
※特記のない写真はゲッティ
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山田悟
北里大学北里研究所病院院長補佐、糖尿病センター長
1970年生まれ。94年慶応義塾大医学部卒業。同大内科学教室腎臓内分泌代謝研究室などを経て2002年に北里研究所病院へ転じ、07年から糖尿病センター長、24年から同院院長補佐を務める。我慢ばかりを強いるカロリー制限中心の食事療法で、向き合う糖尿病患者の生活の質が低下している現実と直面した。そんな中、食事をおいしく、おなかいっぱい楽しみながら血糖値を穏やかに保ち、肥満者の減量効果にも優れる、緩やかな糖質制限食と出合う。治療に積極的に取り入れるとともに、「ロカボ」と名付けて普及に努め、2013年に「食・楽・健康協会」を設立した。日本糖尿病学会糖尿病専門医。日本糖尿病学会指導医など。主な著書に「カロリー制限の大罪」「糖質制限の真実」「奇跡の美食レストラン」など。慶応義塾大医学部非常勤講師、北里大学薬学部非常勤講師、星薬科大学非常勤講師。