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高齢になると、膝や腰の痛みはつきものです。多くの人がその不自由さと付き合いながら生活しています。根本的に治すとしたら、どんな治療があるのか。新連載「痛みを減らす整形外科塾」で、医療ライターの福島安紀さんが整形外科各分野の専門医に迫ります。
65歳の主婦・春子さん(仮名)は2カ月前から、歩いた時に左の太ももから足の甲にかけて痛みが出るようになった。座っていれば症状はないが、台所に立って家事をしたり近所のスーパーまで歩いて買い物に行ったりすると痛みが出て、途中で何度も立ち止まって休まないと歩けない。家事や買い物もできなくなってきたため、整形外科のクリニックを受診したところ、腰部脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)と診断された。
休み休みしか歩けなくなる「間欠跛行」が特徴
「腰部脊柱管狭窄症は、脊髄神経の通り道である脊柱管が細くなって腰部の神経が圧迫されて下半身に痛みが生じる病気です。加齢などの影響で背骨が変形したり腰にある椎間板(ついかんばん)とよばれる部分が膨らんだり、脊柱管の後ろ側の靱帯(じんたい)が厚くなったりすると、脊柱管が狭くなって神経が圧迫され、春子さんのように腰部脊柱管狭窄症を発症しやすくなります」
そう解説するのは、日本腰痛学会理事長で福島県立医科大学医学部付属病院整形外科主任教授の紺野慎一さんだ。腰部脊柱管狭窄症は早い人では40代後半から発症するが、男女とも60歳以上に多く、全国で580万人がこの病気になっていると推計される。
腰部脊柱管狭窄症の特徴は、休み休みしか歩けなくなる「間欠跛行(かんけつはこう)」と呼ばれる症状が出ることだ。安静にしているときにはほとんど症状がないのに、背筋を伸ばした状態で歩くと神経が圧迫されて太ももや膝から下に痛みやしびれが生じるので、長く歩いたり立ち続けたりするのが難しくなる。
「腰部脊柱管狭窄症には二つのタイプがあります。一つは脊椎から伸びた末梢(まっしょう)神経の束が圧迫され、歩くと両脚にしびれが生じるタイプ。末梢神経が馬の尻尾に似ていることから馬尾型と呼ばれます。もう一つは馬尾(ばび)神経から枝分かれした神経の根元が圧迫された神経根型です。片側の太ももや膝から下に痛みが生じるのが特徴です。両方を併発する混合型の人もいます」と紺野さん。
神経根型は薬物療法で改善する場合も
腰部脊柱管狭窄症かどうか、自分でチェックしたい場合には下記の診断サポートツールが参考になる。
春子さんの場合は神経根型で、血管拡張薬のプロスタグランジンE1(リマプロストアルファデクス)と、痛み止めの非ステロイド性抗炎症薬を服用し、徐々に痛みが軽減し、1カ月後には元通り歩けるようになった。プロスタグランジンE1は、神経の血管を広げて血流を増加させる薬だ。脊柱管が狭くなったことで圧迫された神経周囲の細い血管の血流障害が、この薬の作用で改善すれば、しびれや痛みが軽減する。プロスタグランジンE1だけでは改善しないようなら、神経障害性疼痛(とうつう)の治療薬のガバベンチノイド(ミロガバリン、プレガバリン)で治療する方法もある。
プロスタグランジンE1や痛み止めなどによる薬物療法を3カ月程度行っても症状が改善しない場合には、神経根ブロック、または、硬膜外ブロックを行う。神経根ブロックでは圧迫されている神経根、硬膜外ブロックでは神経を包んでいる硬膜と呼ばれる部分に麻酔薬を注入して痛みの伝わる経路を遮断する。それでも改善しないときには、手術を検討するという。
排尿障害が出ることもある馬尾型ならできるだけ早く手術を
一方、馬尾型は神経根型とは治療方針が異なる。
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「馬尾型の場合は、薬物療法による改善が難しく、進行すると仙骨の神経も障害されてお尻にしびれやほてり感が出たり、頻尿や尿失禁が起きたりします。男性では勃起不全が出現したりします。できるだけ早く手術を受けて、馬尾の圧迫を取る必要があります。診断サポートツールでチェックして、馬尾型の可能性がある場合は、できるだけ早く整形外科を受診してください」と紺野さんは指摘する。
馬尾型で排尿障害や勃起障害が出るのは、馬尾が排尿や男性の性機能に関わる神経でもあるからだ。
例えば、70歳の主婦・恵美さん(仮名)は2~3カ月前から、歩いたときに両足の裏に強いしびれを感じ、お尻の辺りがほてるようになった。医療機関へは行かず様子を見ていたところ、たびたび尿を漏らすようになり、夜中にトイレへ行くため2~3回は起きてしまうようになった。足の痛みがつらいので整形外科を受診したところ、馬尾型の腰部脊柱管狭窄症と診断された。
恵美さんは、整形外科医の勧めで「除圧術」と呼ばれる手術を受けた。除圧術は、腰の後ろの筋肉をはがして椎弓(ついきゅう)と呼ばれる骨や靭帯の一部を削り、神経の圧迫を取り除く方法だ。神経根型で薬物療法や神経ブロック療法で改善しない場合の治療でも、この手術が実施される。側湾症や変性すべり症などで骨の変形があるときには、神経の圧迫を取り除くとともに、金属で骨を矯正し固定する除圧固定術を行うこともある。
除圧術と除圧固定術は全身麻酔で、1週間から10日程度の入院が必要になる。恵美さんは手術の翌日から少しずつ歩くリハビリを始めた。そのときには、手術前の歩行時にあったお尻の周りのほてりや、残尿感は消失していた。手術後1カ月時点で1日15分程度の散歩が可能になり、尿漏れもなくなったが、まだ足の裏のしびれは少し残っているという。
腰部脊柱管狭窄症の手術には、腰の中央を切開する従来法と、内視鏡や顕微鏡を用いる低侵襲手術がある。内視鏡手術は、背中に小さな穴を開け、そこから小型カメラと器具のついた内視鏡を挿入し、モニターを見ながら手術を進める。顕微鏡手術は、モニターではなく、手術用の顕微鏡で拡大した病変部を直接見ながら手術する方法だ。
「低侵襲手術のメリットは手術直後の痛みが少ないことですが、内視鏡では神経の圧迫や損傷がないか目視で確認できないのがデメリットです。顕微鏡手術も医師の技術レベルによっては神経に傷をつけるリスクが高まります。従来法のメリットは、手術料低侵襲手術に比べて安く、安定した手術成績が期待できることです。3カ月後の治療成績は低侵襲手術と従来法と差がないことが分かっています。それぞれの方法のメリットとデメリットとをよく聞き、どの手術にするか納得して選ぶことが大切です」と紺野さんは強調する。
内視鏡手術を希望する場合には、日本内視鏡外科学会が認定する整形外科領域の技術認定医のいる医療機関かどうかを確認するとよいだろう。技術認定医がどこにいるかは、同学会のホームページ【https://www.jses.or.jp/modules/gijutsunintei/index.php?content_id=34)】で確認できるが、まだこの分野の技術認定医は限られる。
末梢動脈疾患と併発する場合も
紺野慎一・福島県立医大教授=本人提供
なお、腰部脊柱管狭窄症と同じように脚の痛みやしびれ、間欠跛行が出現する病気には、他に、脚の血管が狭くなったり詰まったりして血流が悪くなる末梢(まっしょう)動脈疾患(PAD)がある。
「この二つの病気を見分けるポイントは、しびれや痛みが消失する姿勢の違いです。どちらの病気も歩くと痛みやしびれが出て長く歩けませんが、腰部脊柱管狭窄症の場合は、腰を曲げて前かがみになると楽になります。これに対し、末梢動脈疾患では、前かがみにならなくても、まっすぐ立ったまま休んだだけで痛みが軽減します」と紺野さん。
どちらも高齢者に多く、二つの病気を併発している人もいる。末梢動脈疾患が疑われる場合には、足関節上腕血圧比(ABI)検査で上腕と足首の血圧の比を測定する鑑別診断が必要になる。もしも二つの病気を併発している場合には、緊急性の高いほうの治療を優先するという。
「末梢動脈疾患は重症化すると脚の切断をしなければいけなくなるリスクもある病気ですし、前述のように馬尾型の腰部脊柱管狭窄症では排尿障害などが出ることもあります。歩くのがつらいと行動範囲が狭まり要介護になるリスクも高まります。足にしびれや痛みがあったら放置せずに、整形外科を受診しましょう」と紺野さんは強調する。
次回は「椎間板ヘルニア」をテーマに取り上げる。
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福島安紀
医療ライター
ふくしま・あき 1967年生まれ。90年立教大学法学部卒。医療系出版社、サンデー毎日専属記者を経てフリーランスに。医療・介護問題を中心に取材・執筆活動を行う。社会福祉士。著書に「がん、脳卒中、心臓病 三大病死亡 衝撃の地域格差」(中央公論新社、共著)、「病院がまるごとやさしくわかる本」(秀和システム)など。興味のあるテーマは、がん医療、当事者活動、医療費、認知症、心臓病、脳疾患。