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新型コロナ 医師に言おう「抗ウイルス薬を頂けませんか」高木昭午・毎日新聞医療プレミア編集部
2023年1月10日
「年末年始は家族で過ごしたい」と退院して自宅に戻った、がん患者の男性(左)。「しろひげ在宅診療所」の山中光茂医師(左から2人目)が訪れ、家族が見守る中で男性を診察。冗談も交えたやりとりで笑い声があふれた(本文とは関係ありません)=東京都江戸川区で2021年1月25日午後1時49分、喜屋武真之介撮影
高齢者や持病がある人は、もし新型コロナウイルス感染症にかかったら、抗ウイルス薬、特に「パキロビッド」という飲み薬をもらえないか、医師に聞いてみてください――。東京都で発熱患者などへの訪問診療を続ける医師が、インターネットでこう呼びかけています。患者が黙っていると薬をもらえないケースが目立つからです。いったい、どうなっているのでしょう。
3種類ある飲み薬
新型コロナに対する飲み薬は、今、3種類あります。そのうち2種類は、かかったら重症化が心配な人、つまり高齢者(60歳以上など)や、高血圧、糖尿病、腎臓病、心臓病、肥満などがある人が使う薬です。その片方が「パキロビッド」、もう片方が「ラゲブリオ」です。
パキロビッドは、2022年2月に承認されました。この薬は、臨床試験の結果、患者が重症になる(入院するか死亡する)率を、薬を飲まない場合に比べて約1割に減らしました。試験結果は薬の添付文書に記されています。
ラゲブリオは、パキロビッドに先立ち21年12月に承認されました。臨床試験の結果、患者が重症になる(入院するか死亡する)率を、飲まない場合に比べて約7割に減らしました。試験結果は薬の添付文書に記されています。
三つ目の飲み薬「ゾコーバ」は22年11月に承認されました。これは主に、重症化があまり心配ない人に使う薬です。厚生労働省は、重症化が心配な人に対しては他の薬の使用を勧めています。臨床試験の結果、この薬は、発熱やせきなどの5症状が続く期間を、薬を飲まない人に比べて、24時間短縮したそうです。試験結果は、添付文書に記されています。なお、入院や死亡を減らすかどうかのデータはありません。
飲み薬が3種類もあるのですから、新型コロナになったら多くの人は、医師からどれかを処方されそうなものです。でも、現実はそうなっていません。それ以前に、発熱したのに医師にかかれない場合も珍しくありません。
薬をもらえず悪化する患者も
「ご高齢の方や基礎疾患を有する方など、もしコロナ陽性になってしまったら、診断医に『自分は抗ウイルス薬(特にパキロビッド)の適応はないか?』と尋ねていただくよう、お心がけください。パキロビッドやラゲブリオといった抗ウイルス薬は、重症化を抑制する効果が確かめられています」
訪問診療所「ひなた在宅クリニック山王」(東京都品川区)の田代和馬院長は昨年暮れ、大手SNSの「ツイッター」にこう投稿しました。
田代院長は「新型コロナの患者で、診療は受けたが抗ウイルス薬は処方されず、結局、病状が悪化している人は珍しくない」と嘆きます。いったん悪化すると、回復後も体力が大きく落ちたり、最悪、亡くなったりするそうです。さらに、悪化すると最初に診療した医師は診てくれなくなり、保健所などからの連絡で田代院長たちが招かれるといいます。
さて、重症化が心配な人への飲み薬のうち、パキロビッドは重症化率を1割に減らし、ラゲブリオは7割に減らすのでした。「パキロビッドの方が明らかに優れた薬で、医師はまず、こちらの処方から考えるべきです」と田代院長は訴えます。パキロビッドは、持病や、他の薬との飲み合わせなどの事情で飲めない患者も多いのですが、それでもこちらから考えるべきだといいます。
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新型コロナ治療用の飲み薬「パキロビッド」の海外製品=ファイザー提供
ところがパキロビッドは、あまり使われていません。
厚労省のデータによると、昨年2月の認可以降、12月15日までに使われたのは7万138人分です。同省がパキロビッド200万人分を購入し、全国の医療機関や薬局に無償で届けているのに、です。一方、やはり同省のデータによると、22年3月1日から12月15日までに出た新型コロナ感染者は、2168万人余りです。
なぜこんなにも使われないのでしょう。
地域格差が大きい「発熱外来」の数
まず、抗ウイルス薬以前に、新型コロナの外来患者を診療する「発熱外来」が少ないのが問題です。
同省のデータによると、全国で発熱外来を設けている医療機関は、22年12月21日現在で4万1950施設です。これは、全国の医療機関数11万2000施設あまりの37%にあたります。
そして都道府県別にみると、この割合には大きな地域格差があります。最高の鳥取県では、60%の医療機関が新型コロナを診療しています。しかし、千葉県では24%、沖縄県では28%、北海道では29%です。
発熱外来を受診した患者(右)。点滴を受けた=堺市堺区の耳原総合病院で2022年7月22日、菅沼舞撮影
新型コロナウイルスの出現から3年たつ今も、診療しない医療機関が多い理由について、田代院長は「診たい患者だけ診ていればいいと考える医師、新しいことを学ぼうとしない医師が多いからです」と話します。
同省は医師向けに、新型コロナの「診療の手引き」を出しています。最初に出したのは20年3月で、改定を重ねて22年10月に第8.1版を出しています。
ところが田代院長は「新型コロナの診かたがわからない、と言い、手引きの存在すら知らない医師がいる」と指摘します。そして「診療しない医師と話すとそれぞれ、できない理由(他の患者への感染防止策がうまくとれないなど)をいろいろ挙げます。でも、その医師もインフルエンザは診ていたのに」と嘆きます。
発熱外来の7割は「登録」をしていない
さて新型コロナの患者が、少ない発熱外来の一つにたどりついたとしましょう。それでもパキロビッドはもらえないことが多いのです。今の制度上、パキロビッドを処方できる医療機関は、22年12月15日時点で1万2583施設。発熱外来全体の3割しかありません。
この1万2583は「パキロビッドを使いたい」という意向を、国と製薬会社に登録している医療機関の数です。パキロビッドは、国が買い上げて管理中のため、使うにはこの登録が必要なのです。
さらにこの中で、登録だけにとどまらず、実際にパキロビッドを「使った」実績がある医療機関は2570施設だけ。発熱外来全体の約6%です。
宵曳山前に感染の有無を確かめるため自主的に検査を受ける「源義経の兜」の曳き子たち=佐賀県唐津市で2022年11月2日午後4時27分、峰下喜之撮影
つまり発熱外来の多くがパキロビッド使用の登録をせず、さらに登録しても使わないのです。なぜこんな事態になるのでしょう。
登録しても使いにくいわけ
千葉大病院感染症内科の谷口俊文准教授は、登録してもパキロビッドを使いにくい理由について講演し、その動画をインターネットで公開しました。
「パキロビッドは、5人分しか病院に在庫を置けない」。谷口准教授は講演で嘆きました。
千葉大病院は入院病床850床ですが、それでも5人分です。在庫が切れて注文すると、次の薬が病院に届くまで2~3日かかります。「パキロビッドは発症から5日以内に服用する薬なのに、これでは間に合わない。患者が押し寄せてきて5人分を使い切ると、2日間くらいは欠品(薬が病院にない状態)になる。5人分ではなく、50人分くらい置かせてほしい」
なお、病院に薬を置かず、医師が処方箋を出して、薬局から患者の自宅に配送してもらうという方式もあります。ただ千葉大病院は薬を院内に置く方式のため、上のような状況になるのだそうです。薬局からの配送にすると、病院から薬局に、パキロビッドの使用に対する患者の同意書など、複数の書類の原本を送る必要があり、手続きが煩雑になるという問題もあります。
谷口准教授は毎日新聞の取材に対し「千葉大以外の病院で診療すると、その病院は登録しておらず、パキロビッドを処方できないこともある。登録する病院が増えてほしいし、登録後にはもっと使いやすい制度にしてほしい」と訴えました。
「在庫管理は必要だがもっと使ってほしい」
一方、厚労省によると、そもそもパキロビッドを在庫として置ける医療施設は限られ、各都道府県がどの施設なら置けるかを決めています。そして置ける在庫の数は(千葉大では5人分でしたが)都道府県によって違い、しかも非公開だそうです。また同省は都道府県に対し、在庫を置ける医療機関を増やす場合には、置ける在庫の数を減らすように指示しています。
同省の担当者は「国が購入して配る薬なので在庫管理は必要で、今のような体制を取らざるを得ない。また、なるべく院外処方(病院外の薬局から患者に薬を届ける方式)を活用してほしい。病院が在庫にした薬はその病院でしか使えないが、薬局の薬は各医療機関が使える」と話します。
一方、パキロビッドは使う価値のある薬だと考えており、登録する病院の数や、使われる薬の数がもっと増えてほしいそうです。登録数が少ない理由については「使える抗ウイルス薬はパキロビッド以外にもある。またパキロビッドを使うには、患者の腎機能や併用薬の確認が必要で、使いにくい面もあるのだろう」と言います。
初詣に訪れた人たち。新型コロナの収束や新年の発展を願った=東京都渋谷区の明治神宮で2023年1月2日、吉田航太撮影処方してくれる病院を探せる場合も
では飲み薬、特にパキロビッドが欲しい人は、どこの医療機関に行ったらよいのでしょうか。
厚労省は昨年8月、各都道府県に対して、新型コロナの飲み薬を出せる医療機関名を公表するように要請しました。ただしこの要請は「飲み薬のうちどれを出せるか」まで公表するようには求めていません。
この要請への対応は都道府県によって違い、薬の名前と医療機関名を共に公表しているところもあれば、「経口抗ウイルス薬の可否」だけを公表するところも、さらにはそもそも、飲み薬を出す機関名を公表していないところもあるようです。
たとえば東京都は、薬の名前と医療機関名を共に公表しています。このリスト(昨年12月21日時点)を見ると、都内には4900施設あまりの発熱外来があり、そのうち「パキロビッド」を出す医療機関は460施設だとわかります。なお、「ラゲブリオ」を出すのは1545施設、ゾコーバは74施設です。
田代院長は「医療機関名と薬の名前が公表されていれば、それを調べて診療を受けに行くのがよい。されていなければ、電話などで施設ごとに問い合わせるしかない」と残念がります。そして「例えば高齢者施設の診療でも、複数の医療機関が携わっていると、片方の医療機関の医師はパキロビッドを出し、もう片方の医師は出さない、ということもある。私は、施設の管理者に『抗ウイルス薬、特にパキロビッドを出してください』と医師に要望するように言っている。現状では、患者側から積極的に要望して薬をもらうしかない」と話しています。
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たかぎ・しょうご 1966年生まれ。88年毎日新聞社入社。94年から東京、大阪両本社科学環境部、東京本社社会部などで医療や原発などを取材。つくば支局長、柏崎通信部などを経て、17年に東京本社特別報道グループ、18年4月から医療プレミア編集部記者。