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毎日新聞2024/2/16 東京朝刊有料記事1004文字
紅茶=宮武祐希撮影
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「特別な関係」を自認する英国と米国が紅茶を巡り対立している。発端は米ブリンマー大学のミシェル・フランクル教授(化学)が先月出した著書である。
教授は紅茶を化学的に分析し、おいしい飲み方を紹介した。例えば、茶葉をかき混ぜるためティーバッグには入れない方がいい。ミルクはお湯の後で。カップは大きめに。レモン汁を加えればあくを除去できる。
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問題は「塩」だった。教授は「ごく少量加えるとおいしく飲める」と説いた。塩化ナトリウムが苦みを感じる受容体をブロックするという。
これにユーモア好きの英国人がSNS(ネット交流サービス)でかみついた。「紅茶の味を知らない米国人が塩を入れろと説いた」
英紙ガーディアンは「蛇口から出るぬるま湯で紅茶をいれている国の科学者が、完璧なレシピを発見したと主張する」と書いた。
これに米政府が応える。在英大使館は「重要な声明」を発表し、「完璧な紅茶を巡るメディア報道は、英国との特別な絆を泥沼化させた」と「懸念」を表明した。
その上で「英国の国民的飲料に塩を加えるのはありえない発想で、決して米政府の公式政策ではありません」と「弁明」している。
確かに英国人は紅茶を愛し、陸海空3軍の兵士が以前、SNSで「英国人は紅茶をこう飲む」と面白おかしく実演したこともある。
両国は過去にも紅茶で対立している。英国が1773年、自国の東インド会社に茶の専売権を与える法律を制定した。これに反発した植民地の米国民が東部ボストンで船から茶箱を投げ捨て、戦争につながった。約250年後の今回はほほえましい「対立」である。
フランクル教授は毎朝、アッサムティーを楽しんでいる。大の紅茶好きの彼女にとって、米国人の習慣こそ疑問だという。電子レンジで温めるのは、「抗酸化物質を含んだあくが表面にでき、おいしくありません」。
教授によると、米国の高級レストランより、アイルランドのガソリンスタンドで飲んだ紅茶の方がおいしかったらしい。
文化は国の誇り。他国からの批判、忠告が時に思わぬ反発を招く。ユーモアでやりとりできるのは、揺るぎない信頼の証左だろう。
ロシアとウクライナがボルシチ、日本と中国がラーメンについて笑顔で論争できれば、世界はどれほど楽しく平和になるだろう。
ちなみに米国大使館は声明で「紅茶は適切な方法、つまり電子レンジで温めます」と米国流貫徹を宣言している。(論説委員)