がんによくある誤解と迷信フォロー
賢い医療情報の探し方 科学的に効果があるとは?勝俣範之・日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
2023年1月21日
国立がん研究センターが2017年に始めたプロジェクト「がん情報ギフト」では、全国の公共図書館に科学的根拠のあるがん情報の冊子を提供している=福岡市早良区で2019年6月、山崎あずさ撮影
医療に関する情報はネットや書籍にあふれかえっています。情報が氾濫している現代社会で、何が本当に正しい治療なのか? 何を信頼すればよいのか? どうやって怪しい情報を見分けるのか? わけがわからなくなってしまうでしょう。今回は、信頼できる医療情報とはどのように得られるのかについて、医師主導ウェブサイト「Lumedia(ルメディア)」のスーパーバイザーを務める勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授が解説します。(この記事は帝京大医学部腫瘍内科の渡辺清高・病院教授がレビューしました)
前回の記事で「体験談の情報には気を付けるべきだ」と書きました。では次のステップとして、以下の情報の信頼性を考えてみましょう。
①1000人のがん患者を対象としたランダム化比較試験の結果、有効とされた治療
②30人の乳がん患者を対象とした研究で有効とされた乳がん超音波治療
③2万人の治療実績の結果、有効とされた免疫細胞療法
④マウス実験で著明な効果を示した〇〇薬
⑤がんにフコイダンが効いたという1例の症例報告
⑥勝俣の話で、有効であったという治療法
ネットや新聞・テレビなどでよく見る情報ですね。これらの情報を信頼できる順に並べられますか? 医学的、科学的には、明らかに信頼度に順番があるのです。
答えから言うと、①が最も信頼できる情報であり、②、③が続きます。④~⑥は最も信頼できない情報です。
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前回も示したエビデンスのピラミッド(図1)を見ると、わかると思います。
図1 エビデンスのピラミッド(情報のランク付け)(注1)
①の1000人のランダム化比較試験の結果はレベル1です。レベル1とレベル2の違いは、患者数が多いか少ないかで、絶対的な判断基準はありません。一般的には対象が1000人以上のランダム化比較試験は、レベル1と言ってよいでしょう。
②の30人の乳がん患者を対象とした研究は比較のない臨床研究に該当しますので、レベル3です。③の2万人の治療実績の結果で有効とされた免疫細胞療法は、一見対象数が大きいのですごい結果だと信じてしまうかもしれません。エビデンスのピラミッドでは、研究として行った実績であればレベル3ですが、研究ではなく、単なる治療実績、事例報告だと、レベル4になります。
④は動物実験、⑤は症例報告、⑥は個人の意見なのでエビデンスのピラミッドでは、レベル5になります。
ランダム化比較試験の重要性
近代医学の進歩は、ランダム化比較試験(RCT:randomized controlled trial)=注2=によってもたらされたと言ってよいでしょう。
ランダム化比較試験は、新薬開発の際、臨床試験の最終段階にあたる第3相試験で実施されることが多いのですが、これはRCTが新しい治療法の科学的な検証に最も優れた研究方法だからです。患者を対照群(コントロール群、治療・検査などを行わない)と、介入群(治療・検査などを行う)とにランダムに割り付けて、結果を比較します。ランダムに治療を割り付けることで、治療以外の背景要因を対照群と介入群で偏りがないようにできる(バイアスを減らす)ため、得られた結果の信頼性が高くなります。
世界で最初のRCTは、結核治療薬のストレプトマイシンのRCTでした(注3)。この研究方法は、全世界に広まり、さまざまな疾患の治療法の評価に応用されました。図2は、RCTによる乳がん治療の進歩を示しています。Halsted(ハルステッド)法と呼ばれた大胸筋まで切除する拡大乳房切除術と、大胸筋を切除しない乳房単純全摘術とのランダム化比較試験を行い、長期予後(生存率)に差が認められなかったことを医学雑誌に発表し(注4、5)、約100年間続けられたハルステッド法を5年弱の臨床試験によってひっくり返した研究結果となり、世界のがん治療医を驚かせました。その後、手術法のランダム化比較試験を繰り返すこと(注6、7)により、現代では、乳房温存術+センチネルリンパ節生検が標準治療になっています。
図2 左側が当時の標準的な治療。右側の新しい治療とのランダム化比較試験の結果、次の時代の標準的な治療になった
図3はランダム化比較試験による乳がんの手術後に抗がん剤を使う術後化学療法の進歩を示しています。1970年代に行われたランダム化比較試験で、術後無治療とCMF療法(3種の抗がん剤治療の略称)の比較で、CMF療法でその後の経過(生存率)が改善することがわかり(注8)、その後、ランダム化比較試験を繰り返す(注9、10)ことにより、術後の化学療法の治療成績が化学療法の進歩とともに向上してきています。
図3 左側が当時の標準的な治療。右側の新しい治療とのランダム化比較試験の結果、次の時代の標準的な治療になった(英字は抗がん剤の頭文字)標準治療(最善の治療)はどうやってつくられるのか?
図4は、薬物療法の標準治療(最善の治療)がつくられるまでの行程を示しています(注11、12)。新しい化合物が見つかり、細胞・動物実験が行われ、人間に試すまでに約6.5年がかかり、1万個の新規化合物から、250の薬剤にまで絞りこまれます。さらに、その後、臨床試験が行われ、約7年の歳月をかけて、第1相試験から第2相試験、第3相試験と進められていきます。
図4
臨床第1相試験では、副作用を調べ安全性を確認します。この段階での成功率、すなわち、動物実験が終了した段階で、承認まで至る確率は3%と報告されています。動物実験が終了したばかりの新しい治療法が承認されるまでには、非常に高いハードルがあるのです。
第1相試験をクリアし、安全性が確かめられると、第2相試験に進みます。第2相試験では、がんの場合は、短期的な有効性として、主に腫瘍縮小率を調べます。具体的には、50~200人の患者に対して、ある治療を行い、何%の腫瘍縮小率が得られたかを評価します。第2相試験までは、一般的には、比較のない単独の治療群での研究で行われます。第2相試験で高い腫瘍縮小率が得られた場合には、第3相試験に進みます。
第3相試験ではこれまでの標準治療を対照群(標準治療がない場合にはプラセボ:偽薬が使われます)として、200~2000人と多くの患者を対象としたランダム化比較試験が行われます。第3相試験では、がん治療の場合、長期的な生存率を調べます。第3相試験で従来の標準治療と比較して、長期的な生存率で優れていないと(副作用が少ない治療であれば、同等以上の生存率)承認までは至りません。第3相試験をクリアし、新たな標準治療が生まれる確率は36%と報告されています(注12)ので、いかに新しい標準治療の確立が難しいかがわかると思います。
このように第3相試験で有効性が示された薬剤や治療法が国の審査を受け承認されると、保険適用になる仕組みです。現在、保険適用になっている薬剤や治療法はほとんどがこの第3相試験までクリアして承認されたものなので、信頼性が高い治療法です。例をあげると、ノーベル賞をとって話題になったニボルマブ(商品名:オプジーボ)や、最近の新型コロナのワクチンや、治療薬なども皆この第3相試験の結果をもって承認されています(注13~16)。
この過程には例外もあります。例えば、非常にまれながんで、大規模な第3相試験を行えるほど患者さんがいない場合や、難治性のがんで、長期のデータを待つことが患者さんに不利益になってしまう場合には、第2相試験までの結果で承認される場合があります。最近の例では光免疫療法と呼ばれる、新しい仕組みの免疫療法(セツキシマブサロタロカンナトリウム、商品名:アキャルックス)がありますが、この治療は、30人を対象とした第2相試験で、腫瘍縮小効果が43%あったという結果のみをもって、頭頸部(とうけいぶ)がんに対して条件付き承認(第3相試験で有効であれば、正式な承認とする)となりました(注17、18)。注意しなければならないのは、第2相試験段階の結果のみなので、エビデンスレベルは3であり、信頼性はまだ低いという点です。第3相試験の結果をもって、本当の有効性が証明されると思います。
専門家の意見はエビデンスレベル5
④~⑥について、最も信頼できないと言いましたが、“間違い”というわけではありません。患者さんに有効だと自信をもってお勧めできるレベルと言ったらわかりやすいでしょうか。
専門家の意見もエビデンスレベル5であることに驚かれるかもしれませんが、単に個人の意見ということであれば、レベル5になります。大切なことは、何を根拠にしているのか?ということです。
メディアでは、〇〇大学教授のコメントであるとか、専門医のコメントというものを前面に出すことが多いのですが、気を付けてほしいと思います。中には、まったく科学的根拠などないのに、自称専門家の医師がメディアで声を高らかに、『〇〇療法が有効である』と言っている事例をよく見かけるので注意してください。
レベル5の情報の中には、体験談・症例報告だけでなく、専門家の意見や動物実験を含む基礎研究レベルのものも含まれます。誤解しないでいただきたいのは、基礎研究を否定しているわけではないということです。すべての研究は、まず基礎研究といって、細胞実験や動物実験から始まります。動物実験レベルをクリアした後、今度は人間に対して本当に治療効果があるか確かめる臨床試験が行われます。
おわりに
今回は標準治療がどうやってつくられるのかを解説しました。科学的根拠をもって有効性を証明するためには大変な手間がかかり、多くの基礎研究、臨床研究が厳密、かつ慎重に行われる必要があることを知ってほしいと思います。
参考文献
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1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。