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毎日新聞2024/2/23 06:00(最終更新 2/23 06:00)有料記事1823文字
認知症啓発のシンボルカラーであるオレンジ色のキャンドルに火を付けるサポーターら。認知症サポーター企画会議の話し合いから実現した=東京都品川区で2023年9月10日午後6時39分、銭場裕司撮影
もしも自治体が住民に企画の立案から実施まで委ねてみたら……。実際にそのようなスタイルで進められた取り組みが東京都品川区であり、イベント開催までこぎ着けた。参加した住民と、住民の力を信じた自治体はこの取り組みで何を感じたのか。
区民の力で実現したイベントの名は「橙(オレンジ)プロジェクト~オレンジフェスタ2023~」。昨年9月にしながわ中央公園で開かれた。
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このイベントは誰でも楽しみながら認知症について知ってもらうのが目的。駄菓子の配布もある子ども向けのクイズや、認知症啓発のシンボルカラーであるオレンジ色のキャンドル作りとその点灯、芋煮の販売などが行われ、たくさんの人でにぎわった。
イベントを生み出したのは品川区が音頭を取って開催した「認知症サポーター企画会議」だ。認知症を正しく理解して当事者らを応援するサポーター養成講座を同区で受けた一般の人たちが会議に参加して、企画を手がける主役になった。
オレンジフェスタに参加した認知症サポーターの中重智明さん(左)と尚美さんの夫妻。来場者とともにポスターを作った=東京都品川区で2023年9月10日午後5時37分、銭場裕司撮影
企画会議は2022年7月に区が養成講座の受講者に参加を呼びかける形でスタート。1~2カ月に1回程度開かれ、おおむね20人前後のサポーターが出席している。
当初の企画会議では「認知症の人にとって住みやすい街とは」などのテーマを話し合ったものの、参加者の反応は今ひとつだったという。より具体的な方が話しやすいため、22年12月に「世界アルツハイマー月間(9月)にできること」を議題にした。参加者からは72件のアイデアが上がり、それを絞り込んで実施内容を決めた時には学校の文化祭のような和気あいあいとした雰囲気が生まれていた。
「委ねてくれた」
昨年10月には認知症のある人とともに同区にある荏原町商店街を歩くイベントも開かれた。こちらも企画会議から生まれたものだ。
「ゆっくり歩こう☆荏原町商店街」と名付けられたイベント。認知症サポーター企画会議に集まったメンバーが企画・運営した=東京都品川区で2023年10月6日午前11時23分、銭場裕司撮影
同商店街振興組合の市村由美(よしみ)理事長(62)もサポーターとして企画会議に参加した一人。認知症の当事者らを自ら案内して新しい気付きもあったようだ。市村さんは「昔の商店街の話をしながら一緒に歩けたのが良かった。みなさんしっかりされていて認知症だからって特別に構え過ぎることはないのかな」と語る。
サポーター自身は企画会議をどう見ているのか。市村さんらとともに商店街の企画を手がけた会社員の小川善之さん(41)は「初めて知り合った人たちと一緒に取り組むことができました。途中で辞めてしまう人がほぼいなかったのはみんな楽しかったからでは」と語る。区の姿勢については「思い切って自分たちに委ねてくれた。最初に『これをやってくれ』と言われていればもっと違った感覚だったかもしれません。全て丸投げではなくサポートもしてくれました」と感じている。
主体的な反省の言葉
この取り組みを担当した区の高齢者地域支援課は具体的に動き始めてから半年程度でイベントができたことに驚いており、担当者は「区だけなら難しかった。熱い思いを持つサポーターがいることが区民の皆さんに伝わったのでは」と手応えを感じている。
司会役を務める認知症地域支援推進員の橋本剛さん。サポーターが出したアイデアから実施するイベントを決めた=東京都品川区で2023年1月26日午前11時40分、銭場裕司撮影
企画会議では区の認知症地域支援推進員(品川では自治会長、図書館長、介護関係者ら8人が務める)も司会役を担うなど重要な役割を果たした。区と推進員との話し合いの中で、企画から実施までサポーターに主体的にやってもらう流れが固まったという。
区にとっては先行きがどうなるか分からない不安はあったものの「街づくりや地域づくりのような視点でサポーターの皆さんにアイデアを出してもらった方がうまくいく」と判断した。信頼して任せられた背景には、普段から認知症当事者らの主体的な活動を区が支援して手応えを感じていたこともあるようだ。
取材では担当者から「認知症の有無にかかわらず、誰もがより良く生きる権利を守るための活動を生み出していく触媒になっていきたい」などと意気込む声も聞かれた。
新しいメンバーも加わって第2期のスタートを切った認知症サポーター企画会議の様子=東京都品川区で2024年1月25日午前10時14分、銭場裕司撮影
私(記者)が最も印象に残ったのは参加したサポーターがイベント後に次の取り組みを真剣に考えていたことだ。「イベントはできたけど、この内容で良かったのかもっと考えなきゃいけないね」といった反省を多く聞いた。それぞれが主体的にかかわれたことからこうした言葉が生まれるのだろう。その思いはこの地域で暮らす人たちにとって大きな財産になるはずだ。
企画会議は1月に新たなメンバーが10人以上加わり、第2期のスタートを切った。【東京社会部・銭場裕司】
<※2月24日は休載します。25日のコラムは外信部の堀山明子記者が執筆します>