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毎日新聞2024/2/24 東京朝刊有料記事992文字
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ロシアのウクライナ侵攻が3年目に入った。出口は見えない。2年前、即時停戦論を「不正義だ」とののしった人たちの「正義」は今、どこを漂うか。
イスラエルのガザ侵攻は、自衛を超えた無差別虐殺をやめない。それでも、イスラム組織ハマスの奇襲を「許しがたい不正義」と憤った人たちが、法外な「正義」の過剰には沈黙する。
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正義感は、それまで安住していた社会と秩序を疑わない態度に根ざす。社会正義を求めるあまり、人や自然のあるべき姿から遠ざかる経験は珍しくない。
私たちは国際政治学や国際法が、今の世界にほとんど役に立たないと知った。国際社会と国際組織の無力も理解した。
自由、民主主義、人権、法の支配、市場経済。麻生太郎・安倍晋三両元首相の価値観外交が掲げた「普遍的価値」の普遍性そのものが今や心もとない。
それらは20世紀をリードしたアメリカ製の価値ではないのか。その衰退は否定しようもなく進んでいるのではないか。人々が疑うのは無理もなかろう。
いや、21世紀も盟主・アメリカの座は揺るがない。だから、この価値観同盟で結束するのだ。そう力む人たちが「もしトラ(もしもトランプ氏が米大統領に再選したら)」を語る時、今や悪夢の再来ではなく「それも悪くないかも」との期待感が込められているのにお気づきだろうか。普遍的価値の哀れ馬脚がのぞく。
1月末、保守思想誌「ひらく」(A&F刊)が10号で終刊した。年2回、5年間と当初から決めていたというが、全号手にした愛読者として誠に惜しい。
監修の佐伯啓思氏は、約30年前の著書「『アメリカニズム』の終焉」以来、独自な保守の論陣を張ってきた。普遍性をうたうアメリカ製グローバリズムが、実は歴史・文化の多元性を許さず、世界の生の様式を画一化へ駆り立てゆくのはなぜか。一方で世界の政治・経済体制は分極化していく。そんなアメリカ主義の独善と限界を突いてきた。もちろん安倍氏の親米保守には批判的だ。
「ひらく」は、軽く易しく手短に知りたがる「ファスト教養」にあらがい、読みにくくても挑戦的な長い論考が魅力だった。現実課題の処方箋はないが急がば回れ。価値観の根っこにある思想を歴史的に掘り下げなければ結局、目先の正義に右往左往する。
政治的に正しく、モノやカネやデータを分析・操作したところで、ウクライナやガザに停戦をもたらすのは難しい。(専門編集委員)