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年末や年始になると、お酒を飲む機会が増えることでしょう。忘年会や新年会で、はめをはずしてつい、大酒を食らってしまう人もいるのではないでしょうか。一方で、眠れないからと睡眠薬を常用している人(特にシニアの人たち!)は少なくないはず。そんな人がアルコールをたくさん飲んだ後に、睡眠薬をいつものことだからと飲んでしまったら……。今回は、お酒と睡眠薬を一緒に飲んでしまった時の怖さについて、実例を通じてお伝えしたいと思います。油断すると、本当に命を落としかねませんよ。
顔を水面につけたまま……
かかりつけの患者さんである70代前半の会社役員の男性。年末ということもあり、同じ役員の仲間と一緒に、お酒を飲みに居酒屋に連れ立ったそうです。
はじめはお互い、お酒を酌み交わしつつ、和気あいあいと話し込んでいました。しかし、お酒が進むにつれて、会社の経営方針をめぐって議論を交わすようになり、さらにお酒の量が増えていったそうです。帰宅する頃には、男性はヘベレケになっていました。
この男性はストレスか、年のせいからでしょうか、夜、あまり眠ることができなかったため、睡眠薬を常用していました。
「ただいま~~」
自宅に帰ると、いつもの習慣から睡眠薬に手を伸ばし、服用したという男性。その後、湯船につかるため、浴室へと向かったそうです。
ところがです。お風呂に入ったはずなのに、浴室からは何ら音がしません。
「……」
やけに静かだったため、隣の部屋にいた妻が不審に思い、浴室に行って男性に声をかけました。
「お父さん、お父さん!」
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「……」
声をかけても、男性から返事がありません。
そこで浴室の扉を開けてみると、そこには水面に顔をつけたまま動かない男性がいました。
妻はびっくりして、急いで浴槽の栓を抜き、同じ家の2階に住んでいた息子夫婦を大声で呼びながら、呼び出しのブザーを押しました。すぐに飛んできた息子が男性を抱え上げ、浴槽の外に運び出したものの、男性は水を飲んでぐったりしていたそうです。
その後、近くの総合病院に救急搬送され、一命をとりとめましたという男性。しかし、肺に水が入っていて、肺炎を起こしていたそうです。もう少し救助が遅れていたら、溺死していたかもしれません。
頭から流血
お酒と睡眠薬が重なったことで危ない目にあったケースは他にもあります。
さきほどの男性同様、居酒屋で大量のお酒を飲んで帰宅したという60代半ばの男性。いつも通り、常用していた睡眠薬を飲んで、寝床に就いたそうです。
ところが、朝になると、トイレの前で頭から血を流しながら倒れていたそうです。
妻がびっくりして男性をゆすると、男性は意識を取り戻しました。どうやら、トイレに起きた時、どこかに頭を強くぶつけたみたいです。それで出血したようです。
その後、私のクリニックにやってきて、傷の手当てをしました。もし打ちどころが悪かったら、急性硬膜外血腫になって命の危険にさらされていたかもしれません。
覚醒に重要な「脳幹網様体」
ところで、人が覚醒しているとはどういう状態なのでしょうか。
脳の一つ、脳幹には、神経線維が網の目のように張り巡らされ、その間に神経細胞が分布している「脳幹網様体」があります。これは視床や大脳に電気信号を送って覚醒し、意識を保つ機能があるため、この部分が障害されると意識障害が生じるのです。
アルコールは、この脳幹網様体の働きを抑制します。そして、睡眠薬もこの働きを強制的にシャットダウンさせます。そして、アルコールと睡眠薬を一緒に飲むと過度に抑制されるため、強い眠気に襲われます。その影響は、「1+1=2」で表れるのでなく、「1+1=5」あるいは「1+1=10」にもなると考えた方がいいです。
また、2番目の男性のように、副作用が強く出て、転倒したり、転落したりするリスクも高まります。睡眠薬の種類にもよりますが、高齢者ほどそのリスクが高くなります。
近年、浴室で溺れる事故が増えています。
厚生労働省人口動態統計(2021年)によると、高齢者の浴槽内での不慮の溺死・溺水の死亡者数は4750人で、交通事故死亡者数2150人の約2倍だそうです。
もちろん、急な温度差に伴う血圧の急激な変化が要因だと考えられます。しかし、もしかしてお酒と睡眠薬との組み合わせによって、溺れたり、溺れかけたりした人も、中にはいるのではないかと、私はにらんでします。
「飲むなら、飲むな」
では、どうやったらこれを防ぐことができるのでしょうか。
睡眠薬をきちんと服用しているということは、実は真面目な方なのかもしれません。医師の指示通り、従っているわけですから。また、就寝の途中で目が覚めるのは、やっぱりイヤなものです。
しかし、やはり事故を起こしてからでは遅いです。薬局で睡眠薬をもらう時、薬剤師の方にこう言われませんでしたか。
「お酒と一緒に飲まないでくださいね」
これを徹底するしかありません。
車の飲酒運転をいさめる標語として「飲んだら乗るな。飲むなら乗るな」があります。睡眠薬についても、「(お酒を)飲んだら(睡眠薬を)飲むな。飲むなら飲むな」をぜひ、お勧めしたいです!
命を落としてしまっては元も子もありません。お酒と睡眠薬の掛け合わせには本当に気をつけてください。そして、気持ちよく新年を迎えたいものです。
写真はゲッティ
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工藤千秋
くどうちあき脳神経外科クリニック院長
くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)、「脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング」(サンマーク出版)など。