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「ジェンダー平等」社会の実現が求められる一方、女性と男性の間には縮められない生物学的な差があります。その違いを詳しく見ていくと、男女それぞれに起こりやすい病気があり、それらの病気にかかりやすい年代も分かっています。特に女性では、ホルモンの働きによって生活習慣病から守られる40年の「ボーナス期間」がありますが、それを過ぎると目立ってくる病気があるといいます。一方、男性の場合はどうでしょうか。産婦人科医の高尾美穂さんが、男女の体の違いや、性や年代において気を付けるべき病気とその対策を解説します。
昭和生まれの世代が気をつけたいこと
「性差」という言葉の意味の一つは、社会的・文化的な性差を意味するジェンダー(gender)です。女性と男性の間の賃金差など、いまだ解消されない問題はあるものの、男女の役割や立場における格差をなくす「ジェンダー平等」の意識が広がり、流れとしてはいい形で変わりつつあると思います。
社会の変化とともに教育が変わり、たとえば男の子のランドセルの色は黒で制服は詰め襟、女の子は赤でセーラー服……という「ステレオタイプ」から、ランドセルの色は自由で、少しずつ制服も選べる時代になってきました。
今の社会における若手は、こうした変化の中で育ってきた世代ですから、たとえば20代前半の社会人男性が、パートナーが出産したから育児休業を取るというのは、普通の感覚になっているわけですね。
一方、昭和生まれの世代では、「自分たちの頃はこうだった」という話を持ち出し、変化しつつある社会の流れを止めるかのような動きをする人もいます。でも、それは自分の評価を下げることにつながります。
特に管理職世代の人で仕事はバリバリできても、昔のことに固執していると、若手から「あの人、残念だよね……」という目で見られてしまう可能性があります。今の若手がいずれは社会の中心になっていきますから、変化を前向きに受け入れていく姿勢が大事だと思います。
男性は筋肉量、女性は脂肪量が増える
一方で、生物学的な性差は英語でセックス(sex)と表記するように、社会的な性差と分けて考えなくてはいけません。生物学的な性差は、社会的な性差と違って縮めようがない分野です。ですから、お互いの違いを理解しておくということがとても大事なわけです。
まず、生物学的な性差がはっきりと表れるのが外陰部の違いでしょう。これは生まれた時から分かりやすいですが、外から見てぱっと分かるような体つきの違いが目立ってくるのが「第二次性徴」と呼ばれる変化です。
第二次性徴における体つきの変化の特徴は、男性では筋肉量が増え、女性では脂肪が増える点です。それまでは身長、体重、運動能力に有意な差がなかったにもかかわらず、第二次性徴以降はいずれも男性の方が高くなり、女性は脂肪量が増えるために運動能力も男性より下がるわけです。
ただし、こうした変化を子どもたちはきちんと認識できていないので、筋肉量が増えて力も強くなってきた男の子にとって、それまで一緒に遊んでいた女の子とじゃれ合っていたつもりが暴力になってしまった、ということが起こりえます。
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一方、女の子は胸やお尻が大きくなり、丸みを帯びてくる体つきの変化を「太った」と否定的に捉えてしまうことがあります。そんな時に仲がよいと思っていた男の子の何気ない一言に傷つき、「食べるのが怖い」という状態に陥ってしまうことも起こりうるわけですが、脂肪量が増えることは、その先の人生において必要なことです。
こうした体格の変化は、初経や精通というインパクトの強い出来事の前に始まりますから、小学校高学年くらいの子どもたちに、お互いに起こる変化について知ってもらうことが大事なのではないかと思います。
男性の平均寿命はなぜ女性より短い?
大人になってからの性差を考える時、まずは備わっている臓器が違いますよね。女性は卵巣、男性は精巣が生殖能力をつかさどり、50歳前後で機能を失う女性に対し、男性では機能がなくなることはなく、加齢とともに緩やかに下っていきます。
女性が子どもを持つにはタイムリミットがあり、日本ではほとんどの人が結婚してから妊娠・出産しますから、女性に結婚を焦る気持ちが出てくるのはすごく自然なことなのです。これは男女の違いとして知っておいてもらうとよいでしょう。
そもそも生物学的な性差は染色体から始まります。ヒトの染色体は23対(46本)あり、22対は常染色体、残りの1対が性別を決定する性染色体で、XとYの組み合わせが男性、XとXの組み合わせが女性になります。対になっている状態は染色体にとってすごく安定性が高く、お互いに異常をカバーしあえるような関係性になっています。
女性のXXは同じ染色体のペアですから、どこかに異常があったとしても、もう片方の同じ部分に異常がなければ、病気として発現せずに済みます。一方で、男性のXYはそれぞれ異なる染色体ですから、お互いにカバーし合うことができません。すると当然のように、染色体にある異常から発生する問題が表れやすいわけです。
これまでのどの時代においても平均寿命は女性の方が長いですよね。この理由を考えてみたことはありますか? 男性の方が若いうちに生活習慣病になりやすいとか、たばこを吸う人は男性に多いとか、自殺率は男性の方が高いとか、理由はさまざまあるにせよ、大本に染色体の不安定さがあるとも考えられます。
妊娠中の女性は、初期は卵巣から、その後は胎盤から、莫大(ばくだい)な量の女性ホルモン、エストロゲンが分泌されます。おなかの中の胎児はそれを浴びて育ちますから、何も起こらなければ女の子が生まれる設定になっています。
しかし、Y染体上にある「SRY遺伝子」によってスイッチが入ると、本来は女の子になる準備がされている体が、男の子の体に作り替えられていきます。男の子たちはおなかの中でこれを自分でするわけですから、男の子が生まれてきた時には「お疲れ様」と言いたくなるくらい、誕生までにも男女の状況には違いがあるのです。
生活習慣病から女性を守るエストロゲン
エストロゲンは脂質異常症や動脈硬化、高血圧などの生活習慣病から女性を守ってくれています。また、自律神経活動の副交感神経を活発に働かせるなど、メンタルを穏やかな状態に保つための働きもしています。
ただし、それはだいたい10~50歳くらいまでの40年間です。閉経以降は守ってもらえなくなるので、女性の皆さんは残念に思うかもしれませんが、そもそも男性はエストロゲンで守ってもらえる期間がありません。
だから男性の場合、20代、30代、40代と着実に脂質異常症、動脈硬化、高血圧が増え、最終的に起こりうる心血管疾患の患者さんも増えていく。これがある意味「普通」であり、女性にとっての40年間はいわばボーナスのような期間と考えると、「ちょっと得している」と思えるかもしれません。
でも閉経以降は、それまでの生活習慣が直接的に体の状態に反映されます。50代、60代……と年齢を重ねるにしたがって女性の生活習慣病は増え、70代では男性を追い越していく、くらいのスピードで増加してしまいます。
ですから、連載第2回でお伝えしたような、運動、食事を中心としたほどほどの生活習慣を維持することが大切なのです。
男女それぞれに起こりやすい病気は
病気にも性差があります。男性、女性それぞれに起こりやすい病気というのが分かっていますから、これらを知っておくことはとても大切です。
まず女性では、閉経後に脂質異常症がぐっと増えます。また、エストロゲンの減少が大きく関わる病気として骨粗しょう症が挙げられます。さらに認知症もエストロゲンが関与している可能性が指摘されていますから、認知症は女性の方がなりやすいと考えておいた方がいいでしょう。
女性に起こりやすい病気として有名なのは、甲状腺の病気や慢性関節リウマチですね。あとは、腰痛、肩こり、関節痛。うつ病などの心の病気も女性の割合が高いです。
一方、男性に多い病気に糖尿病が挙げられます。狭心症や心筋梗塞(こうそく)も男性の方が多く、これらは脂質異常症や動脈硬化、高血圧の行き着く先であり、女性より早い年代で起こります。さらに脳卒中、なかでも脳梗塞と脳出血は男性の方が多いです。
あと、高尿酸血症による痛風発作は、男性がほとんどと考えてよいでしょう。もう一つは慢性閉塞性肺疾患(COPD)。これはたばこの煙が主な原因です。
このように見ていくと、自分の性によって気をつけなければいけない病気が何か、お分かりいただけると思います。気に掛けていれば、早く見つけられたり、生活習慣を変えることで予防できたりするかもしれないので、ご自身の性に起こりやすい病気について知っておく意味は大きいと思います。
がんにかかっても“大事故”にならないために
がんは一般的に高齢になるほど罹患(りかん)する人が増え、男性の割合が高いです。人生においてがんを経験する確率は、男性で6割、女性は5割、がんで亡くなる確率は男性では4人に1人、女性では6人に1人となっています。
一方、女性では20~40代でもがんにかかる割合が高く、それは子宮頸(けい)がん、乳がんが多くを占めています。女性の場合は若い年代でも気を付ける必要があります。
とはいえ、がんは100%避けられる病気ではありません。がんを交通事故にたとえた場合、大きな事故になってしまうか、かすり傷で済むかでは、ずいぶんとその先の状況が変わるでしょう。
大事故にならないために、まずは日ごろの生活習慣に気を付けることが大切です。具体的には
・受動喫煙も含めてたばこの煙を避ける
・アルコールの量を減らす
・適正体重を維持する
・適正体重を維持するための適切な食習慣と運動習慣をもつ
――が挙げられます。
特にアルコールの量に関しては、飲酒量が多いほど乳がんのリスクが高まるとされています。これらの生活習慣を守ることで、発がんリスクを下げることができます。
でも、どんなにリスクを下げたとしても、がんになってしまうことはあります。そこで必要なのが、定期的な検診です。現在、女性では子宮頸がんが20歳以上、乳がんが40歳以上で2年に1回、男女ともに胃がん、肺がん、大腸がんは40歳以上で年1回の検診が推奨されています。
がんが進行した状態で見つかると治療方法が狭まりますが、検診によって早い段階で見つかれば、その先の治療の選択肢は広いといえます。また、がん検診を受けても罹患率は下げられませんが、死亡率は大きく下がります。早期発見が「がんにかかったけれども死なずに済む」という状況を生めるのです。
このように、がんの種類にもがん検診にも性差があります。そして、男性では特に60歳以降、女性は30代でも40代でもがんに気を付けなければいけません。かかりやすい年代にも違いがあることも知っておいてほしいと思います。
男性の更年期障害とは
男性にも更年期障害があることもよく知られるようになりました。これは、女性の更年期への対策が取られるようになる中で、「女性の対策をするなら、男性も」というジェンダー平等の考え方から広まったと思います。
不調が生じるメカニズムは女性と似ています。女性の場合は卵巣からのエストロゲンの分泌低下、男性の場合は精巣からの「テストステロン」と呼ばれる男性ホルモンの分泌低下によって起こります。
ただし当然ですが、生物学的な性差が影響していますから、同じ「更年期障害」といっても内容は異なります。
女性にとっての更年期障害は閉経を挟む前後の不調なので、だいたい45~55歳。もう少し幅広く見ても40~60歳というように時期が分かっています。一方、男性の更年期障害はストレスや肉体的な疲労が大きく関わっているとされ、何歳でも起こりうるものです。
たとえば、女性アスリートが無月経になる問題がありますが、これは運動量に対して取っているエネルギー量が少なく、体のサイクルを回せなくなったため、生殖機能を一時的に止める形で生理が来なくなるパターンが多いものです。
実は、こうした状態が男性アスリートにも生じています。今までそのサインは目立たないと思われていたのですが、10代でも「朝勃(だ)ち」しない、性欲がわかないといった状況は、女性アスリートにとっての生理が止まる状況と同じと捉えられるようになりました。その場合、オーバートレーニングになっていないかなどを検討しなければならないと考えられるようになったのです。
実際に血中のテストステロンの値を調べてみると低く、まさにどの年代でも起こりうることを端的に表していると思います。
また、エストロゲンが女性を生活習慣病から守ってくれるように、テストステロンはある程度、男性を生活習慣病から守ることに関係しているともいわれています。ですから、テストステロンが減ると、そこから中期的に生活習慣病を引き起こすリスクが上がると考えなくてはなりません。
管理職世代の男性で、すごくカリカリしている、余裕がなさそう……という方は、もしかすると男性更年期の症状が出ている可能性があり、周りの家族がそれに気付くきっかけになればと思います。しかし、男性にとって自分が更年期障害だということは、生殖機能が落ちていることを認めることになるわけですから、女性よりはるかに言いにくいだろうと思うのです。
ですから、ご自身で疑いがあると思ったら、泌尿器科医などの専門家に相談することが解決に一番近いのではないかと思います。
健康診断を上手に使うには
生物学的な性差についてお話ししてきましたが、まずは自分の体に興味を持つことが大切です。興味を持つと自分の体の変化に気がつくようになりますし、調子が悪い状態が続くようなら、専門家に相談するのもよいでしょう。自分では見えない部分もありますから、健康診断を上手に使うことも大事ですね。
ただし、企業が用意している健康診断では、男性に受けてほしい項目はデフォルト(初期設定)で用意されているのですが、本来であれば女性に受けてほしい項目が入っていないケースが多くあります。
たとえば、脂質異常症の検査は男女とも受けることになっていますが、男性には間違いなく必要な項目である一方、20~40代の女性にはそこまで必要ではありません。そのうえ、本当に女性に受けてほしい子宮頸がんや乳がんの検査はオプション扱いというケースも多い。もともと健康診断の項目にデフォルトで入っていれば、受診率も上がるはずです。
乳がんの正しい知識の普及や検診による早期発見の大切さを呼びかける「乳がん月間」に合わせ、シンボルカラーのピンク色にライトアップされた国の重要文化財、臨江閣=前橋市大手町で2022年10月18日17時35分、田所柳子撮影
会社が用意してくれた健診なら、必要な項目がカバーされていると思いがちですよね。でも、費用面だったり、過去に決められたものが踏襲されているだけだったりすることは往々にしてあるわけです。自分の性別、年代、そして日々感じている自分の体の変化を踏まえて、それが今の自分に本当にマッチしているものなのか、という目で眺めてみることも必要なのです。【聞き手=編集部・鈴木敬子】
写真はゲッティ
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高尾美穂
産婦人科医/イーク表参道副院長
たかお・みほ 産婦人科専門医。医学博士。女性のための統合ヘルスクリニック「イーク表参道」副院長。東京慈恵会医科大学大学院修了。同大学付属病院産婦人科助教をへて2013年より現職。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。ヨガ指導者。婦人科診療に携わる傍ら、「全ての女性により良い明日を」をモットーに、医療・ヨガ・スポーツの三つの面から女性の健康に関する専門的な知識を分かりやすく発信している。NHK「あさイチ」などテレビ番組への出演や雑誌、SNSでの情報発信のほか、20年からは音声配信アプリstand.fm(スタンドエフエム)の番組「高尾美穂からのリアルボイス」で毎日、リスナーから寄せられる体や心の悩み、人生相談に回答している。「いちばん親切な更年期の教科書 閉経完全マニュアル」(世界文化社)、「心が揺れがちな時代に『私は私』で生きるには」(日経BP)、「生理周期に合わせてやせる!超効率的フェムテックダイエット」(池田書店)、「大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111」(講談社)、「女性ホルモンにいいこと大全 オトナ女子をラクにする 心とからだの本」(扶桑社)など著書多数。