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毎日新聞2024/3/19 06:00(最終更新 3/19 06:00)有料記事1867文字
高山さんが出合ったじゃばら式の絵はがき帳=大阪市で2024年2月6日、鈴木琢磨撮影
「これ、私が少年だったころの姿そのもので……」。韓国は済州島(チェジュド)生まれの絵はがきコレクター、高山成一さん(76)の目に涙があふれてきました。手にした日本統治下の絵はがきにはチゲと呼ばれる背負子(しょいこ)をかつぐ子供が写っています。顔も体も浅黒く、よく見れば、ふんどしのようなものを締めているだけ。しかも裸足です。「島は貧しく、少年らは家事手伝いはおろか、水くみ、荷物運びなどの労働に駆り出されました」
私が高山さんを知ったのは1年前のこと。たまたまネットオークションで1919年に起きた「3・1独立運動」のデモらしきひとコマをとらえた絵はがきを見つけ、コメントをいただきました。「太極旗を振る人は写っていませんか!」。はやる声が忘れられません。その高山さんから収集・研究の集大成といえる冊子「絵葉書『白衣民族時代の朝鮮十三道』」(日本絵葉書会・関西支部)が送られてきました。600枚に及ぶ絵はがきが収められ、解説も付されています。刊行に込めた思いを聞きたく、大阪のご自宅にお邪魔したわけです。
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きちんと整理された絵はがきコレクションに囲まれて語る高山成一さん=大阪市で2024年2月26日、鈴木琢磨撮影
穏やかな表情から想像できない波乱の人生――。朴正熙(パク・チョンヒ)政権時代、将来を嘱望されながらも立身出世の道が閉ざされ、21歳で日本に渡る。大阪・西成の靴工場で働くのですが、40歳のとき、接着剤に含まれるシンナーによる皮膚炎の後遺症に苦しみ、仕事を失う。でもへこたれていられない。4人の子を養うため、好きだった盆栽士の資格を韓国人で初めて取り、リヤカーで盆栽を売り歩く。そんなある日、骨董(こっとう)品屋で不思議なものを目にします。「じゃばら式の絵はがき帳でした。ぱらぱら開くと、懐かしい朝鮮の風景や風俗が詰まっている。こんなものが残っていたのか、あまりの感動に身震いして」
コツコツ集めた絵はがきは1万点を超えるそう。「生活費以外、ほとんどつぎ込みましたよ。アハハ」。それだけの価値が? 「当時の絵はがきはあくまで日本人の目線で撮影され、キャプションもつけられますからバイアスがかかっています。ただ、近代化が進むなかでも伝統的な白衣で通した人々の暮らしぶりをリアルに伝えてくれ、歴史学や民俗学上も貴重な資料です」。レアな絵はがきはうん十万円する。「李朝文物の愛好家が言っていました。白磁の瓶を眺めて酒を飲み、瓶を抱いて寝るのが夢だ、と。コレクターが増え、絵はがきの世界も似てきました」
高山さんが刊行した絵はがきの研究冊子。もう3冊目になる=大阪市で2024年2月26日、鈴木琢磨撮影
望郷の念なのでしょう。済州島にちなむ思い出語りが尽きません。岩場を下っていく海女(あま)たちの絵はがきがありました。「私の母や姉、妹はみな海女でした。アワビやサザエを取っていました。島の女は働きもので、6歳ごろから潜り、12~13歳で一人前に成長します。むろん、危険と隣り合わせ、若い海女の死に直面したことがあります。アワビをかき取る道具が岩の穴に引っかかり、海底で息絶えたのです。海女仲間が泣いていた光景をいまでもよく覚えています」。「済州風俗」と題された絵はがきには砂浜を馬に乗ってゆく白衣の男がいる。「いいでしょ。のんびり潮風を受けて。アートですよ」
じつは私も植民地時代の朝鮮への興味からぽつぽつと絵はがきを集めだしました。ソウルを旅するたび立ち寄るのは明洞(ミョンドン)のそば、会賢(フェヒョン)地下ショッピングセンターにある「ソウル郵票社」。近くにソウル中央郵便局があり、老舗切手ショップが軒を連ねる郵趣家の「聖地」なのです。私は看板に「近現代史資料」を掲げるこのショップで絵はがきの山に目をこらしますが、白磁のごとき逸品にはなかなか巡りあえません。高山さん、深くうなずきます。「年老いましたが、私だってまだ見ぬ朝鮮が眠っているはずだと信じ、いまも探し回っていますよ」
ところで、ソウルで絵はがきを手に入れた私は1世紀にわたる日韓の歴史に思いをはせずにはいられません。地上に出たら新世界百貨店があるからです。旧館はかつての三越百貨店京城支店。「京城名所」と銘打った絵はがきセットの定番ですが、外観はさほど変わっていません。明洞を行き交う日本人観光客は気づいているでしょうか。「私は両国の懸け橋の一助になれば、と絵はがき研究を続けてきました。絵はがきを通じ、互いに近代朝鮮の原点を冷静に見つめてほしいのです。コレクションは、いずれ済州島かソウルに戻してあげたい……」。そう言いつつ高山さん、また少し涙ぐむ。野に賢人あり、です。【オピニオン編集部・鈴木琢磨】
<※3月20日のコラムはニューデリー支局の川上珠実記者が執筆します>