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毎日新聞2024/3/21 東京朝刊有料記事2567文字
全国展開するコンビニエンスストアが日本に誕生してから約半世紀。24時間営業で「便利さ」を追求した結果、おにぎりや弁当、日用品の販売から、金融、公共サービスまで幅広く担う市民生活のインフラとなった。売り上げ、店舗数ともに右肩上がりの成長を続けてきたが、人口減少が加速する中、大きな変革を迫られている。
今や生活インフラに
1974年5月、東京・豊洲に一軒の新しい小売店が誕生した。営業時間は午前7時から夜11時。「セブン―イレブン」の国内1号店だ。オーナーとして店頭に立ったのは当時24歳の山本憲司さん(74)である。
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元々、酒屋を営んでいた。当時の豊洲は工業地帯。工場勤務者向けの飲食店が主な顧客だったが、得意先に酒を届け、空き瓶を回収するのは重労働だった。急死した父に代わって19歳で店を継いだが、将来に不安を感じていた。
そんな時、米国で小規模な店舗でも高い売り上げを実現するコンビニというビジネスがあると耳にした。イトーヨーカ堂が「セブン―イレブン」ブランドを展開する米企業と契約し、日本でもコンビニ事業を始めるという記事を読み「やってみたい」と真っ先に手を挙げた。
米国の店舗を参考に店を改修したものの、何が売れるのか分からない。店に並べた商品数は酒屋時代の3倍。スーパーなどの売れ筋を中心に商品を選んだ。はたきやそろばんまで置いたという。
開店初日、最初に売れたのは、レジの前に置いていたサングラス。米国で人気の商品だった。その後も「これは売れる」と思えば本部と相談し、試行錯誤を繰り返した。徐々に客足は増え、店の収益も安定していった。
何が消費者を引きつけたのか。山本さんは「コンビニの営業形態が顧客のニーズにマッチした」とみる。個人経営の店は当時、大半が夕方にはシャッターを閉めてしまう。これに対し、セブンは深夜営業でスタートし、75年には24時間営業に踏み切った。
「年中無休で、いつでも開いている。『開いててよかった』が魅力になった」と山本さん。豊洲は現在、高層マンションが林立する人気エリアに一変したが、今も毎日、店に顔を出し商品の発注などをこなしているという。
コンビニのビジネスモデルは20世紀初頭、米国の氷販売店が発祥とされる。顧客の要望に応じて卵などの食料品を並べ、夜まで店を開けた。これが人気を呼び、同じような店が次々と誕生した。
成長の原動力となったのが、商店経営者らが店のオーナーとなり、ロイヤルティー(加盟店料)を払って本部から商品などを仕入れる「フランチャイズ方式」だ。ファストフードなど他の業態を含め、チェーン展開するには欠かせない仕組みになった。
日本ではセブンに続き、75年にダイエーが米国発祥の「ローソン」をオープンした。78年には西友ストアー(現・西友)も「ファミリーマート」のフランチャイズ展開を始めた。この3社を中心に日本のコンビニは本場・米国をしのぐほどの発展をみせた。
「海外のコンビニは、不足したものを買い足す生活の補助的存在。これに対し、日本のコンビニは生活に欠かせない存在となった」と指摘するのは、消費経済アナリストの渡辺広明さんだ。
店頭に並ぶ商品は約3000品目。毎週100前後の新商品が登場し、めまぐるしく商品が入れ替わる。し烈な競争が商品力を高めてきた。78年に登場したおにぎりなど「定番」として定着したものも多い。
「レベルの高い商品が全国どこでも手に入る。それを可能にした流通網や生産システムを含め、日本のコンビニは世界に例のない独自の発展を遂げてきた」(渡辺さん)
サービスの拡充もコンビニ人気を支えてきた。90年代以降、電気や水道など公共料金の収納代行が本格化し、現金自動受払機(ATM)の設置など金融サービスも手がけるようになった。一軒であらゆるサービスに対応できるコンビニは地域の拠点として存在感を増している。
人口減少で曲がり角
ただ、業界は今、大きな曲がり角を迎えている。日本フランチャイズチェーン協会によると、2023年のコンビニの総売上高は11兆円を超え、過去最高を更新した。しかし、店舗数、来店者数はここ数年、ともに頭打ちとなっている。人口減少が進む中、既に飽和状態に達しているためだ。海外店舗の拡大など新たな稼ぎ頭を探してはいるものの、収益性を含め課題が多いのが実態だ。
24時間、年中無休といった強みだったビジネスモデルのひずみも表面化している。
大手は特定の地域に集中的に店を出すことで商品配送の効率を高め、加盟店の24時間営業によって利益をあげてきた。しかし、人手不足の深刻化で、深夜帯を中心に従業員の確保は年々、難しくなっている。営業時間の短縮を求めるオーナーも増えている。
集中出店や絶え間ない商品の補充も、加盟店同士の顧客の奪い合いを助長するうえ、商品の大量廃棄にもつながると批判が強い。
公正取引委員会は20年、加盟店に対する24時間営業などの強制が「優越的地位の乱用」を禁じた独占禁止法に違反する恐れがあると警告した。各社は時短営業や商品の見切り販売を認めるなど店の裁量権を拡大する方針を打ち出してはいるが、利益を求める本部と、負担軽減を訴える加盟店側の対立が解消されたわけではない。
経済産業省が設置した「新たなコンビニのあり方検討会」委員も務めた武蔵大学の土屋直樹教授は「消費者の利便性は高まる一方で、それを支えるオーナーらの過剰労働問題は解決されていない。現場の負担を軽減する取り組みがこれまで以上に求められる」と指摘する。
消費者の需要に応えることで急成長してきたが、従業員の犠牲の上に成り立つ構図を放置しては持続可能な枠組みとは言えまい。時代の変化に応じた新たなビジネスモデルを模索する必要がある。
■ことば
5.5万店を超えた店舗数
国内のコンビニエンスストアは急成長してきた。セブン―イレブンは1974年に国内1号店を出店してから約2年で100店舗、80年に1000店舗、2003年に1万店舗を達成している。日本フランチャイズチェーン協会によると、大手3社を含む国内の総店舗数は05年の約4万店から10年余りで5.5万店超に増加した。だが、その後は伸び悩みが目立ち、来店者数とともに頭打ちとなっている。