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警視庁が押収した大麻。自宅で種子から栽培したとみられる=警視庁提供
本連載は感染症をテーマとしていますが、「新型コロナウイルスやインフルエンザに対症療法として用いることも多い市販の感冒薬やせき止めが深刻な依存症をもたらすこと」を取り上げた記事をきっかけに、他の薬物の依存症についても述べています。今回は最近日本で逮捕者が急増している「大麻」の話をします。大麻は他の違法薬物に比べると比較的安全だと言われ、酒やたばこよりも危険性が少ないとする報告もあります。果たしてそれは事実なのでしょうか。また、海外に目を向けると大麻を合法化する国や地域が増加の一途にあります。ならば日本でも合法化すべきなのでしょうか。今回はこれらについて私見をふんだんに交えながら述べていきたいと思います。
初めに言葉の整理をしておきましょう。大麻について論じるときには「嗜好(しこう)用大麻」と「医療用大麻」を分けて考えます。大麻は麻(大麻草)の花びらや葉を乾燥(や樹脂化)させたもので、複数の成分からなります。多幸感をもたらし依存性がある成分は「テトラヒドロカンナビノール」(THC)と呼ばれています。一般に、医療用大麻にはこのTHCがまったく、あるいはわずかしか含まれていません。海外の一部ではてんかんや神経内科の疾患の治療薬として使われています。日本でも2022年9月、「厚生労働省の専門家委員会で、大麻を原料とした医薬品の輸入、製造、使用が可能になる方向でまとまった」と報道されました。
他方、嗜好用大麻には十分な量のTHCが含まれています。本連載は「依存症」をテーマとしていますから、ここで取り上げるのは「嗜好用大麻」についてです。以下、嗜好用大麻を単に「大麻」と表記します。
合法化する国が増えてきた
まずは大麻合法化に関する世界の流れを振り返っておきましょう。前世紀より大麻が事実上許されていた国としてオランダが有名でした。一部の「コーヒーショップ」では1970年代から店舗内での個人使用に限り外国人であっても罪を問われませんでした(厳密には違法ですが、一定の条件内なら訴追されません)。また、アジアの一部の地域も、法的には罪でも実際に逮捕されることはほとんどなく、日本人旅行者もたしなんでいました。たとえばカンボジアの首都プノンペンには「ハッピーピザ」と呼ばれる大麻が大量に入った名物(?)ピザがありますし、インドの都市バラナシでは、通称「バングラッシー」と呼ばれているラッシーに大量の大麻が含まれています。
このように、「法律上は禁じられていることが多いけれども、事実上個人使用であれば許される地域があった」というのが長年の大麻の状況でした。
大麻を販売しているコーヒーショップ=オランダ・アムステルダムで2004年、玉木達也撮影
そして、歴史的展開を迎えたのは2013年12月、ウルグアイが「政府の監視下なら大麻の生産及び販売を認める」と決めたときでした(なお、この趣旨の法案が可決されたのは13年12月でしたが、嗜好用大麻の市販解禁は17年7月まで遅れました)。
ただ、ウルグアイのこの決定は「国」としては世界初になりますが、「地域」でいえば米国の一部の州の方が先です。ウルグアイの決定の1年前の12年11月、米国ワシントン州およびコロラド州で実施された住民投票の結果、「嗜好用大麻」が合法化されたのです(市販の解禁は両州とも14年でした)。
なお、米国ではそれ以前から「医療用大麻」は一部の州で合法でした。先月のコラム「麻薬 米国社会に浸透 過剰摂取で年8万人死亡」で述べたように、現在米国では、嗜好用大麻が合法化されているのは21の州と二つの地域(ワシントンDCとグアム)で、全米50州の半数未満です。一方、医療用大麻が依然違法な州は12州だけ(つまり38州で合法)です。
ウルグアイでの大麻合法化は画期的な出来事で、その後米国でも合法化する州が次第に増えていきました。しかし、世界中により大きなインパクトを与えたのはカナダでした。18年、国家としては2番目に、大麻を合法化したのです。同時期に南アフリカ共和国が、大麻の使用などを合憲(ただし違法)として合法化への道を踏み出し、ジョージア(旧グルジア)でも合法化が決まりました。21年にはメキシコとマルタで、22年6月にはタイでも合法化されました。一方、(マルタを除く)欧州諸国では完全に合法化された国はありません。しかし、欧州では個人使用であれば重い罪に問われることはほとんどなく、摂取人口が増加し続けています。
レソトの大麻畑ですきを手にするケケレ・モシャパネさん。南アフリカで流通する大麻の多くは、隣国であるレソトで栽培されたものだという=レソト南部で2022年11月19日、平野光芳撮影米国での使用者はたばこに匹敵
驚くべきことに、米国では大麻使用者の数は、すでに普通のたばこの使用者と電子たばこの使用者を合わせた「喫煙者」に匹敵しそうです。米国の調査会社GALLUPが22年8月26日に発表した世論調査の結果によると、対象者の11%が「この1週間でたばこを吸った」と答え、8%が「この1週間で電子たばこを吸った」と答えているのに対し、「最近、大麻を使用した」と答えた人は16%でした。過去の摂取状況を比べてみても、「喫煙したことがある」との回答は約30%なのに対し、「大麻を使ったことがある」との回答は48%とほぼ2人に1人です。
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日本では現在一部の医療用大麻は合法化に向けての動きが進んでいますが、嗜好用大麻については合法化に反対する声が根強く、現時点ではその兆しはありません。では、日本人の大麻使用者は稀(まれ)なのかというと、まったくそんなことはありません。過去のコラム「覚醒剤 違法なのに、医師でも誘惑に負ける」で紹介したように、東京のレイブパーティー(大音量の音楽を流して踊るパーティー)に参加した若者のおよそ3人に1人が大麻の使用経験があるという報告もあります。しかし、過去にも紹介した18年の違法薬物検挙者数についての厚労省のデータによると、大麻での検挙者は覚醒剤の4割以下に過ぎません。
ここから推測できるのは「大麻使用者のほとんどは逮捕されていない」ということです。覚醒剤の場合、依存症が進行すれば、幻聴や妄想に苦しめられることになります。ときに身内に暴力をふるい、自分自身を傷つけることもあり、そこから警察が介入して覚醒剤使用が発覚し逮捕されるというケースが多いのですが、大麻ではこのようなことは起こりません。大麻を摂取しての車の運転はあまりにも危険ですが、覚醒剤に比べると事故や事件につながることがほとんどないのです。
「全国ハーブ展」で大麻草入りのクッキーなどを紹介する業者=タイ・バンコク近郊で2022年7月6日、高木香奈撮影
依存性についても、麻薬や覚醒剤に比べると格段に低く、もっと言えば、せき止めや風邪薬(を長期間続けたとき)よりも低いという意見もあります。
危険性、依存性はどの程度か
カナダ政府のサイトは「大麻でも依存症になりうる」「そして健康や社会生活、学業、仕事や資金繰りの将来をひどく傷つけることがある」と警告する一方で、「大麻の依存リスクはアルコールやタバコよりも低く、アルコールや麻薬は過剰摂取で致死的になるのに対し、大麻はならない」と書いています。論文をみても、例えば、07年にThe Lancetに掲載された論文は、大麻はアルコールやタバコ、あるいはベンゾジアゼピンよりも依存性が少ないとされています(ベンゾジアゼピンは、先日紹介した、睡眠薬などとして使われる薬物です)。実際、「健康に気を使ってるから酒やたばこは一切やらず、大麻だけにしてる」とうそぶく人すらいます。
各薬物の総合的な害の大きさを、点数で表したグラフ。点数が高いほど害が大きい。さまざまな専門家が、肉体的害、依存性、社会的害を総合してそれぞれの薬物に点数をつけ、論文の著者たちがその平均値をグラフに示した。合法であるたばこや酒については「点数を他の薬物と直接には比較できない」と注釈がついている。また「メタドン」は原図ではstreet methadoneで、医師に処方された薬以外のメタドンを意味する=本文で紹介したThe Lancetの論文(2007)から、日本語訳し、一部を省略して引用
では、実際のところ、大麻の危険性についてはどのように考えればいいのでしょうか。おそらく世界中のどこの国や地域でも、ほとんどの医師は嗜好用大麻には反対すると思います。現在、日本にも医療用大麻を推進する研究会やグループはありますが、私の知る限り、嗜好用大麻の合法化を求める医療者の団体はありません。世界をみても、合法化している国や地域は、「医学的に安全だから解禁した」というよりは「政治的な背景から合法化せざるを得なかった」とみるべきでしょう。例えば「違法の現状では犯罪が増える一方だから」「大麻を合法の産業とすれば税収が増えるから」といった理由です。
では大麻の何がいけないのでしょうか。酒やたばこよりも依存性が少ないのが事実だとすれば、禁止する理由がないようにも思われます。ここからは私見となります。私は個人的に少なくとも若年者の大麻使用には反対しています。その理由は主に二つあります。
若者の使用には反対
私が院長を務める太融寺町谷口医院には若者の患者が多く、留学生やバックパッカーも少なくありません。そのなかに、帰国後に「現地で大麻を摂取した」と教えてくれる人たち(男女とも)がいます。残念なことに、そういう人たちの何割かは、本来の目的であるはずの勉強や社会活動をおろそかにしてしまっています。
大麻を摂取し“効いている”ときは、動けなくなり、景色や音が通常のときと異なって感じられます。雲が動物に見えたり、音が鋭敏に聞こえたり、一緒にいる友達との会話が普段よりおかしくなったり、といった非日常を体験します。そして、これが長時間続くのです。翌朝になっても効果が残ることもあります。大麻を摂取すれば食欲が異常に高まることから、食生活も不健康になります。また、しばらく大麻を続けていると、集中力が維持できなくなり、情緒不安定になる人もいます。これでは勉強をがんばったり、将来に向けての人脈づくりに励んだりといったことができません。これが、私が若者の大麻使用に反対する一つめの理由です。
もう一つの理由は「大麻がハードドラッグ(さらに危険な薬物)の入り口になっている」という事実です。いったん大麻に手を出すと、その次には覚醒剤、MDMA、LSDなどの危険な薬物にも手が届きやすくなります。これには反対する意見も多いのですが、私がこれまで大勢の若者を診てきた経験でいえば、覚醒剤依存症者も、せき止めの依存症者も、あるいは麻薬の依存症者も、先に大麻を経験していることが非常に多いのです。
ならば「大麻は他の違法薬物とは違う」とあらかじめ理解してもらうことを優先すべきではないでしょうか。つまり、「覚醒剤や麻薬などの危険性は極めて高い。一方、大麻はそうでもない(とはいえ、大麻で安心して、他の薬物に進むのはよくない)」と覚えてもらうのです。これを徹底すると、「大麻はそうでもない」だけを覚えられて、かえって大麻へのハードルが低くなってしまう恐れはあります。しかし、これだけ大麻が普及している世界の現状に鑑みるならば、「大麻は危険」と言い続けても摂取者が減るとは思えません。ならば、大麻とそれ以外の違法薬物は違うことを説明し、「覚醒剤や麻薬の依存症は致死的だが、大麻については議論が分かれている」と理解してもらう方が現実的です。
押収された300キロの大麻=横浜市中区の横浜税関で2023年2月22日、牧野大輔撮影日本でも議論を
ところで、先に私は「若年者の大麻使用に反対」と述べました。では、高齢者に対してはどのように考えているのかというと、国内での摂取は違法ですからもちろん反対しますが、海外渡航時の摂取については積極的に反対する理由が見つかりません。それなりのリスクはあるでしょうが(摂取量が多すぎて中毒症状を起こす、摂取して身体が動かなくなったときに強盗に襲われる、など)、そういったリスクを抱えた上で少量の大麻摂取を希望するという引退後の高齢者に対して「断じて反対」とは私には言えません。例えば、がんを患い食欲が低下している高齢者から「(大麻を合法化した)タイのリゾート地で大麻を吸って美味(おい)しいものを食べたい」と言われれば、「ダメ、絶対」とは言えないのです。「大麻を吸っても吐き気とめまいに苦しめられただけだった」という声がある一方で、「大麻のおかげで食欲が回復し、闘病の閉塞(へいそく)感から抜け出せた」という話も聞くからです。
繰り返しになりますが、国内での大麻の摂取は違法ですし、海外のどこに行っても許されるわけではありません。国によっては日本よりも厳重な罪に問われることもあります。先述した摂取時のリスクもあります。しかしながら、医療用大麻のみならず、嗜好用大麻の是非についての議論を日本でも積極的に交わす時期がすでにきているのではないでしょうか。
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谷口恭
太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。