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毎日新聞 2023/3/22 09:00(最終更新 3/22 10:20) 有料記事 1801文字
重い心臓病の患者にブタの心臓を移植する医師ら=米メリーランド大のホームページから
移植治療に使う臓器の不足が世界的に深刻になっている。そうした中、米メリーランド大のチームが2022年1月、ヒトにブタの臓器を移植する「異種移植」に成功し、世界を驚かせた。なぜ種の壁を越えた移植ができるのか。
患者は米メリーランド州在住の男性(57)。重い心臓病で重体になり、人工心肺装置「ECMO(エクモ)」を使うまでになったが、不整脈があり通常の心臓移植はできないと判断された。
チームは米食品医薬品局(FDA)の認可を受け、遺伝子改変した特殊なブタの心臓を移植することにした。
手術は成功し、男性はベッドを離れて一人で椅子に座り、介護者に手を振るまでに回復した。しかし約2カ月後に容体が急変し、男性は亡くなった。心臓の壁が厚くなり、一部が壊死(えし)するなど、ヒトからの臓器移植ではみられない現象が起きていた。
チームはこの結果を同6月に米医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに発表し「少なくとも7週間は患者をサポートした」と意義を強調した。
なぜ異種移植が可能になったのか。
ブタを使った臓器移植を目指すベンチャー企業「ポル・メド・テック」の代表も務める明治大の長嶋比呂志教授(生殖生物学)によると、ブタの心臓や腎臓などの臓器は、ヒトと構造や大きさがよく似ているため、最も適しているという。
なぜブタの臓器をヒトに移植できるの?①
ただ、ブタの臓器はそのままでは移植できない。異物と見なされ拒絶反応を起こすほか、臓器内で血栓を防ぐヒトの仕組みが機能しなくなるからだ。そこで、遺伝子改変した特殊なブタを作る必要がある。
長嶋さんの方法はこうだ。
まず、拒絶反応や血栓を防ぐための12個のヒト由来の遺伝子を、ブタの受精卵の核に注入し、代理母ブタの子宮で育てる。すると、ヒトの遺伝子が組み込まれた子ブタができる。
この子ブタの細胞を取り出し、今度は免疫反応にかかわるブタ固有の3個の遺伝子を働かなくする。より拒絶反応を抑えやすくするためだ。
この細胞の核を、核のない受精卵に注入し、再び代理母ブタの子宮で育てる。すると、計15個の遺伝子が改変されたブタが生まれる。この臓器をヒトに移植するのだ。
なぜブタの臓器をヒトに移植できるの?②
通常のブタでは体重150キロほどに成長し、臓器も大きくなってしまうため、70キロ程度までしか大きくならないミニブタを使う。
米国では同様の遺伝子を10個改変したブタを利用したが、長嶋さんは「日本で準備を進めているブタの方が、より拒絶反応を抑えられる」とみる。ただし「患者によって合わない場合が出てくると考えられる。さらに遺伝子改変が必要な場合は20~30個程度は対応できるのではないか」と話す。
ブタからの感染症を防ぐため、厚生労働省の指針にのっとってウイルスなどの病原体検査に合格する必要がある。長嶋さんらは、特殊な飼育施設や飼料を使い、この基準をクリアする技術を確立。今後、数年以内には臓器を提供する環境は整う見通しだ。
日本では世界でもとくに臓器提供が少ない。日本臓器移植ネットワークによると、21年の人口100万人当たりの臓器提供者数は日本は0・62人。米国41・88人、フランス24・68人、韓国8・56人などに比べて少ない。
一方で、移植希望者は23年2月時点で腎臓は約1万4000人、心臓は約900人に上り「臓器不足」は大きな課題だ。
長嶋さんはヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使ってブタの体内でヒトの臓器を作る計画も国に申請している。「患者のニーズに合わせた提供をしたい」と話す。
移植するブタの心臓=米メリーランド大のホームページから
倫理や安全面の課題はないのか。
ヒトと動物の細胞が混ざり合った受精卵は「動物性集合胚」と呼ばれる。ヒトiPS細胞を組み込んだ動物の受精卵などが該当するが、国の指針では、動物性集合胚から作った臓器をヒトに移植することはできない。
一方、長嶋さんの研究は、ヒト由来の遺伝子を組み込むものの、あくまでブタの胚で、動物性集合胚には該当しない。このためヒトへの移植は可能だ。
ただ、移植の前には国が安全性などを審査する必要がある。どういう法律に基づいてどんな手続きを取るのか、まだ結論は出ていないのが現状だ。
日本異種移植研究会長の宮川周士・大阪大招へい研究員(移植免疫学)は「患者に移植する場合には、国のどのルールを適用するかなどの課題もあるが、異種移植が確立すれば、定期的に臓器を交換していくことも可能になる」と話す。【渡辺諒】