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先月、女優の中山美穂さんが、入浴中に不慮の事故で亡くなったと報じられました。実は、入浴中に亡くなる方は少なくありません。私の患者さんにも入浴中に亡くなった方が3人いらっしゃいます。何を隠そう私自身も、これまでに3回もお風呂で溺れかけました。お風呂は身近なところにある危険な場所なのです。
なぜ私は、溺れそうになったのか
厚生労働省の統計によると2021年の1年間だけで、浴槽での不慮の溺死・溺水で亡くなった高齢者は4750人で、交通事故で亡くなった2150人の実に2倍以上でした。
消費者庁のとりまとめでは、高齢者の入浴中の事故は11月~4月に多く発生しており、ピークは1月と言います。
特に、血圧が高い方は注意が必要です。収縮期血圧(上の血圧)160mmHg以上、または拡張期血圧(下の血圧)100mmHg以上の高齢者は、入浴時の事故や体調不良のリスクが高いという研究結果もあります。
注意が必要なのは高齢の方だけではありません。私自身、お風呂で3回溺れかけたうちの2回は30代の時でした。
当時は神奈川県内の病院に勤務していて非常に忙しく、月に残業が130時間以上で、過労死寸前でした。いつも疲労困憊(こんぱい)していて、日曜の明け方に帰宅して寝たところ、はっと目覚めたら夜8時だったということもありました。
お風呂を沸かしながらそばの床に寝てしまい、お湯がゴボゴボと煮立つ音に驚いて目を覚ましたこともありました。そんな状態だったものですから、入浴中にふと寝てしまいました。顔が水につかってブクブクとなったところで、慌てて目が覚めたことが2度ありました。
3回目は、飲酒後に入浴した時でした。気持ちよく入浴していたと思うのですが、寝入ってしまい、気が付くと顔が水につかってブクブクとなり、そこで目を覚ましました。
3回とも寝てしまいましたが、すぐに気が付いて目が覚めたのが幸いでした。一歩間違えていたら、こうしてみなさんに「入浴中の突然死のニアミス」の経験をお伝えすることもできませんでした。
ですから、私のように非常に疲れている時や、寝不足の時、飲酒した後は絶対お風呂に入ってはいけません。まずは、寝るようにしましょう。
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家族に声をかけてもらって
入浴中に亡くなった私の患者さんのうちの一人は、80代の男性の方でした。家族が目を離している間に黙ってお風呂に入り、溺れて亡くなってしまいました。
年齢を重ねた後も趣味でパラグライダーをなさっていて、非常にアクティブな方でした。減塩にも一生懸命取り組み、私が新聞の取材を受ける際、「患者役」として写真撮影に付き合ってくださったこともありました。奥様はレストランを経営されていて、私もよく食事に行き、家族ぐるみでお付き合いをしていました。
奥様は男性に、1人のときはお風呂に入らないようにと言っていたのだそうです。しかし、奥様がお仕事でレストランに行って調理をしている間に黙って入浴して、亡くなってしまいました。
特に高齢の方は、1人で家にいる時に入浴するのは危険です。誰かと一緒に入るのが一番安心ですが、ご家族が家にいる時に、「大丈夫?」などと声をかけてもらい、無事を確認してもらいながら入浴するのがおすすめです。
1人暮らしの方も多いと思いますので、心配な時は、入浴はせずにシャワーにするというのも一つの方法です。私自身も現在、1人暮らしをしていますが、いつもだいたいシャワーで済ませ、湯船につかるのは年に数回です。
血圧上昇のリスク
お風呂の事故に関連して、「ヒートショック」という言葉を見かけたり、耳にしたりすることが多いかと思います。私自身はこの言葉と意味がしっくりこないので、あまり使わないのですが、急激な温度の上下変化で血圧が急上昇したり、急降下したりして、血管に負担がかかることを言うのだそうです。
入浴は高血圧の人だけでなく、低血圧の人にとってもリスクがあります。入浴する際、体にどんなことが起こり得るのか、順を追って見ていきましょう。
まず暖かい部屋から、脱衣所へと移動します。寒い脱衣所での寒さで血管が収縮し、血圧が上がります。服を脱げばさらに寒くなり血圧が上がります。一番風呂の場合は特に、浴室も寒いので注意が必要です。
これまでもお伝えしてきた通り、暖かいところから寒いところに行くと、血圧は上がります。寒い脱衣所や寒い浴室はいずれも血圧が上昇する危険な場所なのです。
さらに「あちちっ」と感じるような熱いお湯につかった時も、血圧が上がります。熱さというのは、痛みと同じで、体にとって不快なことなので、どれも血圧上昇につながります。
血圧が急上昇すると、どんなことが起こるのでしょうか。血管壁に付いていたプラークがはがれてしまうことがあります。はがれたプラークは血中を流れて、それが頭に運ばれれば脳梗塞(こうそく)に、心臓に運ばれれば心筋梗塞を引き起こします。動脈硬化が進行している方の場合は、健康な人よりも血管が狭くなっているため、リスクはより大きくなります。血圧上昇は脳出血やくも膜下出血を引き起こす可能性もあります。
こうした事態を未然に防ぐためには、まず脱衣所を暖かくしておくことが大切です。高血圧の人に一番風呂を勧めるのは、その人の首を絞めるようなものです。湯気で浴室が十分に暖まったあとに入ったほうが、血圧が上昇するリスクは小さくなります。また、42度以上あるような熱いお湯は避けて、ぬるめのお湯(40度前後)につかるようにしましょう。
血圧低下のリスク
湯船につかっていると血管が広がり、今度は血圧が下がります。血圧が下がると、眠くなります。私のようにお風呂で寝てしまうと、溺れてしまうリスクがあります。湯船につかるのは長くても10分程度にし、さっとあがる方がよいでしょう。
お酒を飲むと血管が拡張し、血圧が下がりやすくなります(ただし、酔いがさめると血圧は上がります)。お酒を飲んだ状態で入浴すると、アルコールと入浴の作用が相まって、急激に血圧が低下するリスクがあります。繰り返しになりますが、飲酒後の入浴は絶対に避けましょう。
お風呂から上がる際も注意が必要です。急に立ち上がると起立性低血圧を起こすことがあります。場合によっては、ふらついて浴室で倒れてしまうこともあります。転んで頭を打ってしまう危険性や、浴槽内に倒れて溺れてしまう危険性があります。必ず周囲のものにつかまって、ゆっくりと立ち上がり湯船から出ましょう。
足に水をかけると、血管が収縮して血圧が上がりますが、拡張した血管を引き締めて、体温の拡散を抑え、熱の放出を減らします。ふらつきが心配なようでしたら、お風呂から上がる際に片脚ずつ、水をかけましょう。冷たすぎると感じたら、またお湯をかければいいのです。また、熱いシャワーを浴びるのも、血管が引き締まるのでおすすめです。
露天風呂で雪見酒の夢
年末年始、温泉に行かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。温泉というと、露天風呂を楽しみにされる方も多いでしょう。露天風呂は気持ちがよいものですが、血圧のことを考えると、特に冬場は心配です。露天風呂は屋外にありますから、お湯につかるには寒いところを歩いていく必要があります。温泉は熱く、外気は冷たく、まさに寒暖差が大きい状態です。
ちらつく雪を眺め、日本酒を飲みながら、露天風呂につかる――。酒好きの人にとっては、正に夢のような状況ですが、そのまま夢からさめなくなってしまう危険性をはらんでいるのです。
薬で解決できることも
35年ほど前のことです。どんなに家族が止めても、夜中に1人でお風呂に入ってしまう80代の男性患者さんがいらっしゃいました。
患者さんの話を聞くと「夜になると足がムズムズして、眠れないが、お風呂に入るとこのムズムズが治るのだ」とおっしゃっていました。幸い、お風呂で亡くなることはなかったのですが、知らぬ間に風呂に入ってしまうので、ご家族も心配で、困りはてていました。
当時はムズムズする原因はよくわかっていなかったのですが、今から思えばこの男性はいわゆる「むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)」という病気ではないかと思います。原因はまだわかっていないのですが、透析をされている方や、睡眠時無呼吸症候群の患者さんに比較的多く見られる病気で、現在では抗てんかん薬やパーキンソン病の治療に使うお薬に、治療効果があることがわかっています。ただ、当時はそこまでわかっていませんでした。
実はその後、私の母親もこの「むずむず脚症候群」でした。脚がムズムズして、お風呂に入ると治るのだと言っていました。母が罹患(りかん)した時には、こうしたお薬に効果があることがわかっていましたので、実際に使ってみたところ「前よりは症状がよくなった」と言い、真夜中にお風呂に入ることはなくなりました。
風呂に入らなくても死なないけれど…
そんな母親ですが、私が子どものころ疲れてお風呂に入るのが面倒になった時に、「人間、垢(あか)にまみれても死ぬことはないよ」と言い、入浴を無理強いすることはありませんでした。
「垢にまみれても死ぬことはない」というのは、確かにそうなのかもしれません。これまで診察してきた患者さんの中には、本当に「4年間風呂に入っていない」という方がおられました。
この患者さんは女性でしたが、「風呂に入ると調子が悪くなるから、おら入らねえんだ」とおっしゃっていました。しかし、この患者さんが診察室に入ってこられると、アンモニアの刺激臭が強すぎて、目がしょぼしょぼしてしまいました。私はたまらずに、「風呂に入らないなら、もう診てやんないよ」と言いました。
すると次の外来で、女性は見違えるような姿に変身してあらわれました。今までのにおいは全くなく、黄色っぽかった肌が白くなっていました。なんと、4年ぶりにお風呂に入ったのだそうです。「先生が診てくれないというから、頑張って入ったんだよ」とおっしゃっていました。入浴で調子が悪くなることもなかったそうです。女性に進言した私は、看護師さんや病院のスタッフさんからも、大変感謝されました。
入浴しなくても、人間死ぬことはありません。しかし、この方のようにあまりにも入らないでいるのも、やはり大きな問題です。入浴が心配なときには、シャワーを浴びるだけでも良いと思います。
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渡辺尚彦
日本歯科大客員教授/高血圧専門医
1952年千葉県生まれ。78年聖マリアンナ医科大学医学部卒業、84年同大学院博士課程修了。医学博士。米国・ミネソタ大学時間生物学研究所客員助教授、東京女子医大教授、早稲田大客員教授などを経て、現在、日本歯科大客員教授。高血圧専門医。循環器専門医。87年8月より携帯型自動血圧計を装着し、30分おきに血圧を測定し続けており「ミスター血圧」とも呼ばれている。「血圧が下がる人は「これ」だけやっている-高血圧治療の名医がすすめる正しい降圧法-」(アスコム)、「ズボラでもみるみる下がる 測るだけ血圧手帳」(同)、「科学的に血圧を下げる方法」(エクスナレッジ)、「自分で血圧を下げる!究極の降圧ワザ50-血圧の常識のウソ・ホント-」(洋泉社)など著書多数。