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毎日新聞2024/4/7 東京朝刊有料記事2244文字
<気になる>
しばしば「建築(けんちく)界のノーベル賞」といわれる米プリツカー賞。今年の受賞者に、横須賀美術館(神奈川県)などを手がけた山本理顕(やまもとりけん)さん(78)が選ばれました。日本人としては、2019年に受賞した磯崎新(いそざきあらた)さん(22年死去)に続く9人目となります。過去に有名建築家が受賞したこともあり、話題になることが多い賞ですが、どんな賞で、これまでどんな建築家が受賞したのでしょうか。
◆どんな賞なの?
世界で最も重要な建築の賞
なるほドリ 先日、米プリツカー賞に山本理顕さんが選ばれたというニュースを読んだよ。これはどんな賞なの?
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記者 米ハイアット・ホテルチェーンの創業家(そうぎょうけ)一族が運営する財団が主宰(しゅさい)し、存命の建築家を対象に1979年に始まりました。建築史家の五十嵐(いがらし)太郎(たろう)・東北大大学院教授によると、世界の建築を対象にしているということ、著名建築家らによる選考委員が実際に見た上で選ぶことから、もっとも重要な賞だといわれています。賞金は10万ドルです。
Q これまでどんな人が受賞したの?
A 初回の受賞者は、「ガラスの家」(米国)で知られるフィリップ・ジョンソンさん(05年死去)。アメリカを代表する建築家で、若くして米ニューヨーク近代美術館建築部門のディレクターに就き、ヨーロッパのモダニズム建築を米国に紹介するのに大きな役割を果たした人です。
このほか、メキシコのルイス・バラガン(80年)、中国生まれのイオ・ミン・ペイ(83年)、カナダ生まれのフランク・ゲーリー(89年)、イラク生まれのザハ・ハディド(04年)ら各氏が受賞しており、顔ぶれを見ると、「建築界のノーベル賞」といわれるのも納得します。
Q 日本人では他にどんな人がいるのかな?
A 日本人で初めて受賞したのは丹下健三(たんげけんぞう)さん(87年)です。広島市の平和記念公園や東京・国立代々木競技場が有名です。以降、次々と日本人受賞者が現れます。槙文彦(まきふみひこ)さん(93年)、安藤忠雄(あんどうただお)さん(95年)、建築ユニットのSANAA(サナー)として活動する妹島和世(せじまかずよ)さんと西沢立衛(にしざわりゅうえ)さん(10年)も受賞しています。13年には、伊東豊雄(いとうとよお)さん、翌年には坂茂(ばんしげる)さんが続き、大きな反響を呼びました。そして磯崎さん(19年)、今年の山本さんというわけです。
Q 山本さんはどんな建築家なの?
A これまで山本さんは、私的(してき)空間と公共の関係、そしてそこから生まれる共同体のあり方に着目してきました。集合住宅や、学校建築で世界的評価が高く、消防署内の動きが外からも見える広島市西消防署や、横須賀美術館に見られるような外観、内部ともにガラスを効果的に用いた空間づくりに定評があります。
新校舎を手がけた名古屋造形大(名古屋市)では、同大の学長も務めました。また、チューリヒ国際空港(スイス)に隣接する複合施設「ザ・サークル」といった、国際プロジェクトも手がけています。98年には、岩出山(いわでやま)中学校(宮城県)の設計で毎日芸術賞を受賞しています。
◆なぜ日本人が多く受賞するの?
研究室や事務所で次世代育成
Q 日本人建築家の受賞9人は最多だと聞いたよ。なぜこんなに多いのかな?
A 五十嵐教授によると、10年代から受賞者の傾向が変わったようです。欧米のスター建築家が手がける記念碑的建築物から、女性やアジア人らによる、低予算の作品や地域性が強いデザインが評価されるようになりました。
同時期に日本の現代建築が大きな盛り上がりを見せます。10年のベネチア・ビエンナーレ国際建築展では、妹島さんが女性で初めて総合ディレクターを務めました。さらに石上純也(いしがみじゅんや)さんが展示部門の最高賞、金獅子(きんじし)賞を獲得。篠原一男(しのはらかずお)さんにも特別記念金獅子賞が贈られるなど、日本人の活躍が目立ちました。
Q なぜ活躍するようになったのかな。
A 大学の研究室や建築事務所で次世代が育つのは、他の国にない特徴だと、五十嵐教授は指摘します。磯崎さんは大学で丹下さんから学んでいます。伊東さんは、大阪万博のエキスポタワーを手がけた菊竹清訓(きくたけきよのり)さんの下で修業を積み、妹島さんは伊東さんの、石上さんは妹島さんの事務所から巣立ちました。
また、五十嵐教授は「技術職との関係の良さも強みになっている」と指摘します。建築家のデザインを優秀なゼネコンが高い精度で実現するので、建築家は助けられているといいます。大学で建築系の学科が芸術系の学部にある欧米とは異なり、多くは工学部にあります。若い頃から技術系の分野を身近に感じ、社会に出ても協働(きょうどう)しやすいんですね。
さらに日本固有の事情として、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返したり、持ち家重視(じゅうし)の住宅政策を行ってきたりしたことも、結果的に若手に実作(じっさく)する機会を与え、経験を積ませることになりました。もう一つ、1級建築士の数が非常に多く、この母数の多さが可能性を広げているという背景もあると話していました。
Q これからも活躍が期待できそうだね!(学芸部)<グラフィック・小沢智美>
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