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がんで死亡した患者2割の発症は、ウイルスや細菌、寄生虫などへの感染に起因しているといわれる。うち胃がんを引き起こす「ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)」は、その仕組みだけでなく、がん以外の病気の原因にもなることが明らかになってきた。【須田桃子】
胃の病気の原因として、1982年にピロリ菌を発見したのは豪州のバリー・マーシャル博士らだった。培養したピロリ菌を自ら飲んで急性胃炎が起こることを証明したマーシャル博士は毎日新聞の取材に、「ほぼ無味無臭だったよ」と笑った。「胃酸の中で生きる細菌はいない」「胃炎の主な原因はストレス」という当時の常識を覆す成果だった。
ピロリ菌が強酸性の胃酸にさらされても生きられるのは、酵素を出して胃にある尿素をアルカリ性のアンモニアに変化させ、胃酸を中和しているからだ。慢性的な感染は萎縮性胃炎や胃潰瘍など胃の粘膜の病気を引き起こし、胃がん発症の危険性を高める。実際、日本人の胃がん患者の98%は感染者という。
徐々に分かってきた胃がんを引き起こす仕組みはこうだ。畠山昌則・東京大教授(感染腫瘍学)によると、ピロリ菌は胃の内側に取り付くと、上皮細胞にミクロの針を差し込んで「Cag(キャグ)A」というたんぱく質を注入する。細胞内でCagAにリン酸が結合すると、細胞を増殖させる酵素「SHP2」も結びつき、働きが異常に活発になってがんの発症を促す。
日本人が感染する東アジア型のピロリ菌は欧米型に比べ胃がんを引き起こしやすいことも知られている。畠山教授は「東アジア型以外のピロリ菌のCagAはSHP2と結合する力が弱く、中にはCagAを持たないものもある」と説明する。最近の研究では、CagAからリン酸を外してSHP2と結びつくのを防げる酵素も見付かり、がん予防への応用が期待される。
胃がん以外の病気との意外な関係では、狭心症や心筋梗塞(こうそく)といった虚血性心疾患の危険性を高めるという報告が100件以上発表されている。このほか、血小板の減少により出血しやすくなる難病「特発性血小板減少性紫斑病」の過半数はピロリ菌に起因するとされる。大腸がんなどとの関連も示唆されている。
京都大の研究者や畠山教授らの共同研究で、ピロリ菌に感染した胃がん患者の血液から「エクソソーム」と呼ばれる細胞の分泌物を取り出して調べたところ、ピロリ菌由来のCagAが含まれていた。血液を通して全身に運ばれているとみられ、ピロリ菌が胃がん以外の病気にどう関わっているかを解明する第一歩の研究成果と期待される。畠山教授は「ピロリ菌はヒトの細胞を利用しながら人類と長い間付き合ってきた。それだけに発見が尽きない」と話す。