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子宮頸がん予防のためのHPVワクチン接種後の健康被害を訴えた女性ら=東京都港区で2016年3月30日午後、望月亮一撮影
がんにはワクチンで予防できるがんがあることはご存じでしょうか?
ワクチンと聞くと、「副作用が心配」「本当に有効なのかどうか」などいろいろと心配になることと思います。
今回は、ウイルスによって起きる子宮頸(けい)がんとその予防のためのHPVワクチンについて、医師主導ウェブサイト「Lumedia(ルメディア)」のスーパーバイザーを務める勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授が解説します。(この記事は佐々木治一郎・北里大学医学部付属新世紀医療開発センター教授がレビューしました)
HPV感染症とはなんでしょうか?
HPVはHuman Papilloma Virus(ヒトパピローマウイルス)の略で、ウイルスの名前です。性交渉など人間どうしの接触によって皮膚や粘膜の微小な傷などから感染を起こします(表1)(注1)。
ほとんどの場合、1~2年で体外に排除されます(注2)が、ごく一部に排除されないものがあり、世界の女性人口の2~20%以上の範囲で感染していると示されています(注3)。感染したままでいるとさまざまな疾患を起こします。その中でも重いのが女性に起こる子宮頸がんです。子宮頸がん患者の90%以上でHPV感染が確認されています(注3、4)。男性でも咽頭(いんとう)がんや肛門がんなどにつながります。(注1)。
HPVは200種類以上の遺伝子型(ゲノタイプ)で分類されますが、その中でも子宮頸がんの原因となる遺伝子型は16型、18型が多く、子宮頸がん患者の71%がこの二つの型に感染していたと報告されています(注5)。
そこで、HPV感染症を予防するワクチンとして開発されたのが、HPVワクチンです(注6)。最初に16、18型に有効な2価ワクチン(サーバリックス)が開発され、次に6、11型にも有効な4価ワクチン(ガーダシル)が開発されました。「価」とはワクチン特有の表現で、そのワクチンが有効な遺伝子型の数を表しています。
世界でワクチンの導入が進み、2022年現在、125ヵ国で導入されています。男性のがん予防のために導入した国も47ヵ国に及びます(注7)。
図1
こうした世界的な流れを受けて、日本でも11年ごろから自治体による無料接種が始まり、13年4月には12~16歳の女性を対象に2価、4価のワクチンが定期接種化されました。しかし、その直後から接種後に体調不良を起こしたという訴えが相次ぎ、テレビなどで、HPVワクチン接種後の重篤な副反応事例として報道されました。騒ぎを受け厚生労働省は同年6月、「ワクチン接種との因果関係は不明」としながらも、ワクチンの積極的推奨を取りやめました(注8、9)。因果関係が証明されていないのに、HPVワクチン推奨を取り消したのは、世界でも日本のみであり、世界保健機関(WHO)からも批判を受けました(注10)。
以来8年以上差し控えられていたHPVワクチンの積極的勧奨ですが、22年4月に再開され、さらに今年4月からは新しく開発された9価ワクチンが定期接種に加わりました(注11)。これは、従来のワクチンが効いた四つの遺伝子型に加え、31・33・45・52・58型にも有効なワクチンです。
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日本の子宮頸がん患者では40~47%で16型、23%で18型が検出されているとの報告があるので(注12、13)、2価でも十分期待に応えられるとされてきましたが、より広範囲の遺伝子型に対応できる9価の登場でさらに大きな予防効果が期待されています。
HPVワクチンの副反応について
一方で、かつて社会問題化した副反応が気になる人も多いでしょう。当初ワクチン接種後の副反応(ワクチンで生じた副作用を「副反応」と呼びます)として挙げられた症状は、注射部位の疼痛(とうつう)、腫脹(しゅちょう)、紅斑、搔痒(そうよう)感。全身症状は頭痛、発熱、悪心、めまい、倦怠(けんたい)感などでした(注14)。ワクチン接種後の症状が、本当にワクチンによるのかどうかの判定は、ワクチンを接種していない人と比較しないと困難です。なぜなら、ワクチンは非常にたくさんの人に接種するので、偶然にけいれんなどの症状が起こった可能性やワクチンを打っていなくても起こった可能性を否定できないからです。
海外では、大規模な調査によりワクチン接種後に発生した有害事象(因果関係がはっきりしないものを含めて、薬剤の投与後に起こったあらゆる症状を総称して有害事象と呼びます)の因果関係を報告しています。
こうした複数の報告を統合して解析したシステマティックレビュー(注15)によると、HPVワクチンの重篤な有害事象は偽薬(プラセボ)と比較して、統計学的な有意差はありませんでした(1万人あたりプラセボ群669対ワクチン群656、RR 0.98 [0.92 -1.05])。死亡率も差はありませんでした(1万人当たりプラセボ群11対ワクチン群14、RR1.29[0.85-1.98]。ランダム化比較試験や、ランダム化比較試験結果を統合解析したシステマティックレビューは医療情報の中でも最も信頼できる情報です(注16)。
また米国では、ワクチンの有害事象を網羅的に拾い上げる「ワクチン有害事象報告システム(VAERS)」を使い検証しています(注17)。VAERSは米国疾病予防管理センター(CDC)と食品医薬品局(FDA)が共同で運用するシステムで、医療者だけでなく患者や製薬会社など誰でも報告でき、年間3万件が蓄積される非常に信頼できるシステムです(注18,19)。それによると、ワクチン市販後の09~15年にVAERSに報告された4価ワクチン(計6046万1220回接種)の有害事象は1万20970例(0.03%)、そのうち95.2%が重篤ではありませんでした。失神は100万接種あたり47例、ギラン・バレー症候群は100万接種あたり約1例、複雑性局所疼痛症候群(CRPS)は100万接種あたり0.28例と報告されました(注18)。
ギラン・バレー症候群は多発性の神経炎の一つで、運動神経が障害される病気です。一般の発症率は10万人あたり1~2例と報告されており(注20)、今回の報告はHPVワクチンに起因すると判定されませんでした。
体位性頻脈症候群(POTS)は、起立時の立ちくらみ症状や起立時の頻脈を特徴とした、若年女性に多い症候群です。またCRPSは、外傷や神経損傷後に発生する慢性の神経障害性疼痛です。発汗や筋肉のけい縮(震えるような感じ)、筋力低下などがみられることもあります。このPOTSやCRPSがHPVワクチンに起因するかどうかが懸念されますが、欧州規制当局(EMEA)の報告(注21)やこの報告でもHPVワクチンに起因すると断定はできないとしています。
日本で13年に副反応が社会問題化した際にはCRPSやPOTSに類似する病態、記憶障害や見当識障害などの高次脳機能障害や認知機能障害がワクチン接種後の症状として報告されました。日本には、VARESに相当する有害事象報告システムや科学的に検証する制度が存在しなかったため、科学的な検証ができませんでした。
しかし18年、名古屋市でHPVワクチン市販後の副反応に関する大規模な調査が行われました(名古屋スタディ)(注22)。中学3年生~大学3年生の女性約7万人を対象に、アンケートを実施し、月経不順、疼痛、倦怠感、記憶障害、歩行困難、四肢の脱力を含む24の症状に関してワクチン接種者と非接種者とで比較したところ、症状発現に差はなく、ワクチンとそれらの症状との因果関係は示されませんでした。
この「名古屋スタディ」は「全国子宮頸がんワクチン被害者の会」と「愛知県HPVワクチン副反応対策議員連絡会」が、名古屋市長に要望し、市長が名古屋市立大大学院公衆衛生学の鈴木貞夫教授に依頼して実施された、公的資金を利用した研究(注23)です。信頼性は高いと思われます。
HPVワクチンの有効性について
ではHPVワクチンの有効性はどうでしょうか。HPVワクチン接種と、プラセボ接種を比較した26のランダム化比較試験(注24)、7万3428人のデータを解析したシステマティックレビュー(注25)が報告されています(注15)。報告によると、HPV未感染者におけるがんの前段階の異常である上皮内腫瘍の発症リスクがプラセボ群の1万人当たり287人から、ワクチン群では同106人にまで減少しました。ワクチン群でゼロではありませんが、大幅に減っています。このデータは、2価ワクチンと4価ワクチンでの結果です。その後、9価ワクチンが開発され、9価ワクチンと4価ワクチンとの二重盲検(注26)のランダム化比較試験が行われ、9価ワクチンの有効性が証明されています(注27)。
有効性に関してもう一つわかったことがあります。ワクチン実用化前の治験ではがんの前段階への予防効果のみ調べており、子宮頸がん(浸潤がん)そのものを予防するかどうかわからない、という懸念がありました。というのは、がんの前段階の異常である上皮内腫瘍には、その悪性度により3段階あり、上皮内腫瘍の第2段階では2年で63%が自然軽快し、将来的には約5%しか浸潤がんにならず、第3段階の上皮内腫瘍でも、がんになるのは12~30%と報告されていたためです(注15)。実際の子宮頸がんを予防する効果は証明されていない、という批判もありました。
しかし、最近浸潤がんが減少したという観察研究の結果が報告されています。20年にスウェーデンの住民登録の大規模なコホート研究(ランダム化比較試験ほどエビデンスレベルは高くないものの信頼できる前向きな観察研究)(注28)で、HPVワクチン接種群と非接種群とで子宮頸がんの発症率を比較した結果が発表されました(図2)(注29)。接種群52万7871人、非接種群114万5112人を、06年から17年まで経過観察した結果、接種群では19人に子宮頸がんが発症、非接種群では、538人発症したという結果です。発症率をを49%抑えた計算です。年齢などで補正すると、予防効果は63%、17歳未満で接種を受けた人に限定すると、82%の予防効果でした。
図2 HPVワクチン接種と子宮頸がんの発症率~スウェーデンの住民登録のデータより~(注18)
同様に英国の観察研究では、16~18歳で2価ワクチンを接種した女性は子宮頸がんの発症がHPVワクチンが導入される前の世代と比べ34%減少し、14~16歳で接種した場合で62%減、12~13歳で接種した場合で87%減という結果でした(注30)。これらの結果から、HPVワクチン接種は上皮内腫瘍のみでなく、子宮頸がんの発症予防にもはっきりと寄与することがわかりました。
また23年の米国がん統計でも、20~24歳の子宮頚がん発生率の急減が確認されました。米国の子宮頸がんは検診の普及で徐々に減少していましたが、HPVワクチン接種が06年に始まり、12年ごろから効果が出始めました。19年には、12年に比べ65%も減少しています(図3)(注31)。05年から12年にかけては33%の減少なので、明らかに減少率が増加しました。米国では21年現在、思春期女性の79%が少なくとも1回のHPVワクチン接種を受けてます。
図3 子宮頸がんの発症率~米国がん登録より~(注20)まとめ
日本では13年から9年間、政府により差し控えられていたHPVワクチンンの積極的勧奨が22年4月にようやく再開されました。勧奨差し控えは科学的根拠が優先されたわけではなく、メディアを中心とした副反応の社会問題化や被害者連絡会による提訴なども少なからず影響したと思います。
HPVワクチンの有効性については、浸潤がんの減少という報告が世界で相次いでいます。今後は、子宮頸がんの死亡率がどれくらい減っていくかというデータを見定めなければなりません。安全性、副反応については現在まで重篤な有害事象との関連は示されていませんが、引き続き監視する必要があります。
また日本版のワクチン有害事象報告システム(VAERS)やさらに進んだVSD:Vaccine Safety Datalink)の創設も呼びかけられています(注32)。日本はワクチン接種が世界的に遅れた「ワクチン後進国」と言われてきました。HPVワクチンの反省を踏まえ、科学的根拠を元にした正しい情報発信がなされることを願っています。
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勝俣範之
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。