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最近、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんだけでなく、本連載や私が発行するメールマガジンの読者からも「50歳になれば帯状疱疹(ほうしん)のワクチン接種を受けるべきだと聞いたのですが……」という相談が増えています。これはテレビCMなどで「50歳になったら帯状疱疹ワクチンを」というメッセージがしきりに流され、インターネットやSNSでもその情報が飛びかっているからでしょう。では、50歳を超えれば誰もがこのワクチンを受けるべきなのでしょうか。そして、50歳未満は受ける必要がない、あるいは受けられないのでしょうか。今回は最近話題に上ることが多い帯状疱疹ワクチンを、谷口医院の経験を織り交ぜて述べたいと思います。
帯状疱疹については、2016年に本連載「帯状疱疹――水痘ワクチンで防ぐもう一つの病」「若い人に増加 帯状疱疹発症と水痘ワクチンの長く深い関係」の二つのコラムで紹介しました。まずは、その二つのコラムで述べたポイントを整理しておきましょう。
帯状疱疹はこんな病気
・水痘(みずぼうそう)は水痘ウイルス(帯状疱疹も起こすウイルス)の感染によって発症する
・水痘はほとんどの場合「治癒」するが、ウイルスは体内に潜んで一生消えない
・体の奥に潜んでいたはずのウイルスが活気づき、神経に沿って体の表面にやって来て、皮膚に痛みをもたらすことがある。これが帯状疱疹という病気である
・帯状疱疹が起こるのは「免疫能」が低下した(体がウイルスを抑え込めなくなった)ときである
・免疫能の低下は高齢者に起こりやすいが、若年者に生じることもまったく珍しくない
・水痘ワクチンが帯状疱疹の予防になることが分かり、(コラム公開直前の)16年3月に「帯状疱疹の予防」として接種できることになった
・小児にワクチンが普及したことで成人の帯状疱疹が増えた(この理由については上記のコラムの二つ目を参照してください)
上記のコラム2本を書いた16年、水痘ワクチンの添付文書が改訂され、50歳以上の帯状疱疹の予防にも使えることになりました。しかしこのころは「50歳を過ぎたから帯状疱疹ワクチンを希望します」という問い合わせはほぼ皆無でした。過去2~3年間で相談が増えているのは、もう一つの帯状疱疹ワクチンが20年に発売され、そしてその製薬会社が“啓発”に力を入れているからです。
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ワクチンは2種類あります
そのもう一つの帯状疱疹ワクチンの名前は「シングリックス」。製薬会社はグラクソ・スミスクライン社です。他方、従来の国産ワクチンの名は「ビケン」で、製薬会社は「一般財団法人阪大微生物病研究会」(BIKEN財団)です。BIKEN財団は名称から分かるように(商業色の濃い)株式会社ではなく財団法人であり、製品名に財団名がついています(カタカナとアルファベットの違いはありますが)。また、BIKENの他のワクチンも似たような名前がついています(「ビケンHA」など)。そして、BIKENはほとんど“啓発”をしていません。ここで二つのワクチンを比較してみましょう。
帯状疱疹予防のワクチン2種類の比較
こうして表をみると、外資系のシングリックスの圧勝のように見えます。有効率が高くて、有効期間も長いのですから。(なお、有効率9割とは、帯状疱疹になるリスクが接種を受けない場合の1割になることを、有効率5割とは、同じリスクが半減することを意味します)。費用が高いことを除けば欠点がまるでありません。しかも、自治体によっては接種費用に助成が出ます。こうなると、迷うことなくシングリックスを選びたくなるかもしれません。
しかし、谷口医院の患者さんで言えばこれまで99%以上の人がビケン、つまり国産を選んでいます。その最大の理由は「費用」です。たとえば大阪府では、現在のところ接種費用は全額自己負担しなければなりません(健康保険の適用もありません)。2万円以上するワクチンの2回分の費用、つまり4万円以上を負担できる人はそう多くありません。
ただし、谷口医院でほとんどの人がビケンを選ぶのは値段だけが理由ではありません。そもそも50歳未満の人はビケンしか選択肢がありません(表にも書きましたが、シングリックスの効能は添付文書上、「50歳以上に対する帯状疱疹の予防」で、50歳未満には接種できません)。
上述の過去のコラムで述べたように、帯状疱疹はもはや高齢者の疾患ではなく、谷口医院の患者さんでいえば、40代はもちろん、20代の発症もまったく珍しくありません。そして、健康に関心の高い若い世代の人たちからは「50歳にならないと打てないのですか?」と相談されます。
発症リスクは持病で上がる
シングリックスのみならずビケンも、帯状疱疹ワクチンの予防目的で接種するには「50歳以上」が条件です。けれども、膠原病(こうげんびょう)などの自己免疫疾患、糖尿病や慢性腎臓病といった生活習慣病、HIV(エイズウイルス)陽性者などは、50歳未満であっても帯状疱疹を発症するリスクが高いのです。単なるストレスや睡眠不足で免疫能が低下している、というケースはそちらを先に改善すべきだという考えもあるでしょうが、少なくとも基礎疾患を有していてワクチンを希望する人たちに対しては接種をすべきです(と私は考えます)。しかし、ワクチンの添付文書の記載を無視するわけにはいきません。では、どうすればいいのか。
もしもこのワクチン(ビケン)が危険性の高いものであれば、やめておいた方がいいでしょう。ですが、実際には谷口医院では、20代前半の若い患者さんに、16年以前からこのワクチンを頻繁に接種していて副作用はほぼゼロです。
若い人への接種は私から勧めているケースばかりではありません。彼(女)らは、看護学校、病院、大学、小学校などから接種を受けてくるように要求されるのです。看護実習や教育実習に参加するには水痘に対する免疫を持っていなければなりません。そして、水痘ウイルスに対する抗体の値を測ると基準に達しておらず、接種を受けなければならないケースがしばしばあるのです。
また、谷口医院ではこのワクチンを成人に接種したときの副作用を経験したことがありません。経験だけで断定してはいけませんが、それでも少なくとも成人に対しては安全性が極めて高いワクチンです。
インフルエンザワクチンの接種を受ける看護師(右)=徳島市の古川(こかわ)病院で2009年10月19日午後2時14分、井上卓也撮影
50歳未満で免疫能の低下している人たちに対し、安全性が高く効果も期待できるワクチンなら接種すべきです。しかし添付文書上の「壁」があります。
そこで私は、ビケンのワクチンが、もともとは水痘予防のワクチンであり、帯状疱疹予防の効能は後から追加されたものであることに注目しました。ですから添付文書は現在、効能として「水痘予防」と、「50歳以上の帯状疱疹予防」の両方を挙げています。そして「水痘予防」のための接種の年齢制限は「生後12カ月以上」です。
水痘は、まれではありますが、再感染の報告(例えばこの報告)があります。よって「帯状疱疹予防のワクチン接種を受けられないか」と50歳未満の患者さんから相談を受けた場合に、「この患者さんは免疫能が低下していて水痘に再感染する可能性があるから、水痘予防目的で、ワクチン接種対象になる」と解釈し、この理由の下に接種するのです。そして実際、どこの施設でも実施しているわけではありませんが、谷口医院を含むそれなりの数の医療機関がビケンワクチンを50歳未満の人たちにも接種しています。
ではシングリックスよりも劣るとされているその効果はどうなのでしょう。幸いなことに、谷口医院でビケンワクチンを接種した20代以上の男女で、帯状疱疹を発症した人はいまだにゼロです。エビデンス(医学的証拠)を示すことはできませんが、私の印象としては、免疫能の低下する疾患を有していて、谷口医院で「水痘の再感染予防」のワクチン接種を受けた人たちのいくらかは、もしも接種を受けていなければ帯状疱疹を発症していただろうと考えています。実際、帯状疱疹と同じように免疫能が低下すると発症する単純ヘルペスを繰り返し発症している人が少なくないことが、それを物語っています。また、報告ではたしかに有効率は約5割とされていますが、発症した残りの約半数の人たちも症状は軽度で済んだことが予想されます。
50歳以上の人たちも谷口医院ではほぼ全員がビケンを希望されます(抗がん剤や強力な免疫抑制剤を使用している場合などで免疫不全状態にある場合はビケンが使えず、その場合はシングリックスになります)。最大の理由は安いからです。有効期間が短いと言われても、5年後に再び受けるという方法があり、追加接種をした場合でもシングリックスよりは随分と安くつきます。実際、「5年たちましたから追加接種を希望します」という人もいます。
大切なのは添付文書上の規則や報告されている数字、あるいはCMのコピーよりも「あなたにとっての最善の対策は何か」です。私自身は50歳になれば全員が無条件にワクチン接種すべきだとは考えていません。例えば、55歳まで待ってもいい人もいるわけです。接種すべきか否か、接種するならいつにすべきか、どちらのワクチンがいいのか、追加接種はすべきか……。これらはすべて個々の対応となります。あなたの病状や免疫状態をきちんと理解しているかかりつけ医に相談することを勧めます。
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谷口恭
太融寺町谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。