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毎日新聞 2023/4/25 12:00(最終更新 4/25 14:29) 1351文字
アイスペースの月着陸船が月の高度約100キロ地点から捉えた日食の地球と月。地球に黒く月の影が映っている=2023年4月20日ⓒispace
日本の宇宙ベンチャー「ispace(アイスペース)」の月着陸船が26日未明、民間として世界初の月面着陸に挑む。月の着陸に成功した国は、この半世紀で旧ソ連(ロシア)、米国、中国しかない。なぜそんなに難しいのか。
月着陸船は打ち上げから約5カ月間、順調に宇宙飛行を続けてきた。現在は、月周回軌道の高度100キロを、時速約6000キロの速さで回っている。
タイミング、重力…待ち受ける難関
だが、そこからの着陸が最大の難関だ。約1時間をかけて減速と姿勢制御を行い、4本の脚で衝撃を吸収し、垂直に月面に降り立つ。地形や通信環境などを検討して選んだ候補地は4カ所しかない。
「飛行機から蹴ったボールを(管制室のある)東京・日本橋の1区画に入れるようなもの」。アイスペース最高技術責任者(CTO)の氏家亮さんは、難しさをそう例える。
月はいつも同じ面を地球に向けており、昼と夜がそれぞれ14日間ずつ続く。着陸は太陽光で発電できる昼に限られる。この間に着陸できなければ、再チャレンジは同じ条件がそろう約1カ月後になるが、燃料が限られるため難しくなる。
小惑星リュウグウの表面に着陸する「はやぶさ2」の想像図=池下章裕さん提供
日本の探査機はこれまで、はやぶさがイトカワ、はやぶさ2がリュウグウという二つの小惑星でタッチダウン(着地)を成功させた経験がある。
しかし、月への着陸の難しさの一つが、地球の6分の1の重力があることだ。これは小惑星よりもはるかに強い。
重力がかかる中での移動は燃料を多く消費するため、小惑星のタッチダウンで行った、探査機を一度、地表に近づけるリハーサルや、時間をかけて高度を下げる操作はできない。氏家さんによると、搭載する燃料全体の6、7割を着陸に使うといい「運用を途中で止めたり、やり直したりすることは非常に厳しい」と解説する。
「一発勝負」
月への高精度の着陸を目指す宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「SLIM(スリム)」の坂井真一郎プロジェクトマネジャーによると、難しさは他にもある。月には大気がほとんどないため減速させるパラシュートが使えず、探査機の推進系に負担がかかる。
月探査機「SLIM」の坂井真一郎・宇宙航空研究開発機構(JAXA)プロジェクトマネジャー=JAXA提供
月の表面は「レゴリス」という砂が覆っている。レゴリスは、米アポロ計画で機器に不具合を起こしたことが知られている。着陸で舞い上がれば、探査機のエンジンやセンサーに影響を与えかねない。
「月着陸は難易度が高いオペレーション(操作)になるが、月の環境を再現した地上試験には限界があり、一発勝負で降りなければならない」、坂井さんはそう説明する。
初めて月の軟着陸に成功したのは、1966年の旧ソ連の探査機「ルナ9号」だ。米国も同じ年に達成し、69年にはアポロ計画で初めて人類を月に送った。2013年には中国も着陸を達成した。しかしその後、月着陸を試みたインドやイスラエルの探査機はいずれも失敗している。
坂井さんによると、世界の月探査機は、アポロの観測やレゴリスを模した砂の研究データを基に、開発や運用計画を練ってきた。坂井さんは今回の挑戦にこう期待する。「月での経済活動を目指すアイスペースのような民間企業と、リスクが高い開発を担うJAXAは相互関係にある。そうした民間企業にわれわれの開発した技術をカードとして使ってもらい、世界と肩を並べるようになればいい」【垂水友里香】