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毎日新聞2024/4/11 東京朝刊有料記事1018文字
イラン革命防衛隊の現地司令官ら7人が死亡したシリアの首都ダマスカスの現場。ビルは空爆で倒壊した=4月2日、ロイター
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「目には目を、歯には歯を」で知られる古代バビロニアのハムラビ法典。血で血を洗う報復の法理に読めるが、実は違う。同程度を超す過剰な報復を戒めたものだ。
ガザでの戦争は7日で半年となった。戦争の引き金となったイスラム組織ハマスの奇襲による犠牲者は約1200人。一方、ガザの死者は約3万3000人だ。
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空爆でシリアで死亡したイラン革命防衛隊幹部のひつぎを見つめる最高指導者ハメネイ師(左)=4月4日、ロイター
テレビドラマの決めぜりふ「倍返し」や「10倍返し」を優に超し、30倍に近づきつつある。
新たな戦争の気配も漂う。
シリアの首都ダマスカスで、イラン大使館の敷地内にある建物が1日、空爆を受けた。イスラエル軍によるものと見られ、イラン革命防衛隊の対外活動を担う「コッズ部隊」の現地司令官や副官ら少なくとも7人が死亡した。
在外公館や館員の安全を保障するウィーン条約に違反する蛮行にアラブ諸国を中心に反発が広がる。サウジアラビアは「いかなる口実があっても、外交施設への攻撃は規則違反」と非難した。
イランの首都テヘランで5日にあったイラン革命防衛隊7人の葬儀には、多くの市民が参加した=ロイター
イランは、最高指導者ハメネイ師が2日に「この攻撃を後悔させる」と報復を強く示唆する。
このままでは戦乱が広がりかねない。懸念が高まる中、イスラエルは戦闘部隊の兵士の休暇を取りやめるなど、守りを固め始めた。
一方で、イランは「自制して何もしない」との見方や、報復しても、「目には目を」の域には達しない「限定的な攻撃」にとどめると読む専門家も少なくない。
イランの報復攻撃に備え、イスラエルは全地球測位システム(GPS)信号の妨害を始めた。GPSで位置を確認しながら飛ぶミサイルやドローンをかく乱するためだ。イスラエル内にいるのに、位置情報は、なぜか200キロも離れた隣国レバノンを「現在地」と示す=ロイター
今回のイスラエルの攻撃は、イランの報復を誘う「まき餌」であり、それに食いつけば「相手の術中にはまる」。イランがそう捉えている、との見立てが基にある。
イスラエルの究極の狙いは、米国も参戦する中東全体を巻き込んだ戦争にイランを誘い出すこと。イランは、そんな戦いに勝ち目はないことを知っている。
仮にイランが報復を見送っても、火種は残る。イスラエルのネタニヤフ政権には、新たな戦線を築きたいとの動機があるからだ。
世論調査では、ガザ戦争への支持は高いが、ネタニヤフ首相の支持率は低迷が続く。退陣や総選挙を求める声もある。政権継続には、戦争終結より、戦争継続や拡大の方が好ましい状況と言える。
こうした姿勢には、イスラエルの後ろ盾である米国からも批判の声がある。米上院民主党トップのシューマー院内総務は先月、ネタニヤフ氏は「政治的延命」を優先していると批判した。
「粗暴であっても、節度は守れ」。そう教えるハムラビ法典を、是非、ネタニヤフ氏に読み直してもらいたい。(専門編集委員)