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毎日新聞 2023/4/26 16:00(最終更新 4/26 18:59) 有料記事 1832文字
公開された量子コンピューター(奥)と量子プロセッサチップを手にする中村泰信センター長=埼玉県和光市で2023年3月24日、和田大典撮影
膨大な計算を瞬時にこなす量子コンピューターの国産初号機を理化学研究所が開発し、インターネットのクラウド上で使用が始まった。世界で開発競争が激化する中、後れをとっている日本は存在感を示すことができるのか。
「こちらから命令を送って、結果を読み出しています」。3月27日に埼玉県和光市の理研量子コンピュータ研究センターで稼働した国産初号機。開発を主導した中村泰信センター長がこの日、パソコンを使ってデモンストレーションした。
コンピューターの計算の基本単位は、0と1を表す「ビット」だ。従来型のコンピューターはどちらかの状態しか取れないが、量子コンピューターに使う量子ビットは、同時に両方の状態を取る「重ね合わせ」の性質がある。
例えば2ビットなら「00」「01」「10」「11」の4通りあるが、量子コンピューターはこれを一度に処理できる。量子ビット数が増えると指数関数的に性能が上がり、スーパーコンピューターをはるかにしのぐ計算能力があるとされる。
中村さんはNECの研究員だった1999年に、量子ビットを世界で初めて開発した“生みの親”だ。量子コンピューターにはさまざまな種類があるが、今回、中村さんが手がけたのは、理論的に汎用(はんよう)性があるとされる「ゲート方式」だ。
理化学研究所の国産量子コンピューター①
極低温下で電気抵抗がなくなる超電導を使い、64量子ビットのチップを搭載した。現在は一部に不具合があり、作動するのは53量子ビットだが、それでも国内の既設のゲート方式(IBM製、27量子ビット)をしのぐ。
将来的な発展を見据えた工夫もある。四つの量子ビットを四角く配置したチップを基本構造とし、チップを正方形状にタイルのように並べて拡張していく仕組みにした。量子ビットを増やしても、構造を見直さずにすむ利点があるという。
ゲート方式が得意とされるのが、整数を素数のかけ算で表す「素因数分解」だ。素数同士のかけ算は簡単にできるのに、その逆は難しい。どんな素数が使われているのか、簡単にはわからないからだ。
インターネットの暗号は、この性質を使っている。巨大な素数同士をかけ合わせてつくられ、絶対に解けないとされてきた。
理化学研究所の国産量子コンピューター②
ところが、ゲート方式なら解けるという理論が94年に米国で発表された。もし実用化されれば、インターネットの暗号がすべて解読されるおそれがある。既存の暗号技術が根底から覆され、新しい暗号技術が開発される可能性もある。
他にも、原子や分子レベルで構造を解析する「量子化学計算」、金融市場のリスク計算など、スパコンでも解けない問題への応用も期待されている。米ボストン・コンサルティング・グループは、量子コンピューターが30年以内に最大8500億ドル(約110兆円)の経済価値を生み出すと予測する。
世界の開発競争は激化している。米国は19年から5年計画で約1400億円、欧州は18年からの10年計画、中国は16年からの5年計画で1200億円規模の予算を投入。日本も量子技術分野に23年度は約860億円(22年度補正予算含む)の予算を計上している。
米グーグルは18年に72量子ビット、中国科学技術大は21年に66量子ビット、米IBMは22年に433量子ビットのマシンを開発した。国内のIBM製マシンも今秋に127量子ビットに増やす。
記者会見に先立って報道陣に公開された、米IBM製の最新の量子コンピューター=川崎市幸区のかわさき新産業創造センターで2021年7月26日午後4時7分、信田真由美撮影
大阪大の町田尚子特任准教授がまとめた調査によると、量子コンピューター関連の各国の特許出願数でも、日本は米国や中国、欧州に大きく水をあけられている。
ただ、量子ビットは不安定で誤りを起こしてしまうため、誤りを自ら訂正する機能を持たせることも課題だ。実用化には100万量子ビット級の技術開発が必要とされる。町田さんは「日本は後れをとっているが、国を挙げた予算措置や国産機の稼働で国内の動きも活発化する」とみる。
初号機は今後、国内の研究機関や産業界の利用を進めて改良を施し、性能アップをねらう。量子コンピューター用のソフトウエア開発に取り組むベンチャー企業「QunaSys」の楊天任・最高経営責任者(CEO)は「国内に実機を持てたことで、人材育成にも波及効果がある。みんなで技術を磨いていくことを期待したい。他国に一気に追いつくことは可能だ」と期待する。
中村さんは「開発レースは始まったばかりだ。富士山であればまだ(5合目より前の)スバルラインに乗ったぐらい。先行チームが世界中にいくつもあるが、我々が貢献する余地は十分ある」と話す。【鳥井真平】