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「治らない感染症」性器ヘルペスになったらどうすればいいのか谷口恭・太融寺町谷口医院院長
2023年5月15日
前回のコラムでお伝えしたように、性器ヘルペスにいったん感染すると、ウイルスは生涯体内から消えず、無症状でも他人に感染させることがあります。女性の場合、分娩(ぶんべん)時に新生児に感染させることもあり、そうなれば生まれたばかりの赤ちゃんの命が奪われるリスクがあります。では、前回紹介した2人の患者さんが思い込んでいたように、いったん性器ヘルペスに感染すると恋愛や出産を諦めるしかないのでしょうか。今回は私見をふんだんに交えながら「性器ヘルペスに感染したらどうすればいいのか」について解説したいと思います。
潔癖にしていたのに感染したカップル
「感染したら」の前に「感染しないために」を考えるのが先決ではないのか?という意見があるでしょう。けれども、結論から言えば「性器ヘルペスの感染を完全に防ぐことは無理」です。事例を二つ紹介しましょう。
【事例3】20代女性
自身で潔癖症を自負するほどで、性感染症などとは無縁でなければならないと考えている。新しいパートナーができたときは二人で性交渉を持つ前に互いの性感染症のチェック(これを和製英語の「ブライダルチェック」と呼ぶことがあります)をすると言う。この度新しいパートナーができたため、相手の感染症(HIV感染症、梅毒、クラミジアなど)の検査をおこないすべて陰性。ところが、しばらくして外性器の両側に痛みが伴う水疱(すいほう)が多発し、谷口医院受診。診断は性器ヘルペスで間違いない。
性交渉を持つ前にブライダルチェックを受けていたこともあり、女性は私の説明に納得しません。しかし、ブライダルチェックの項目にヘルペスが入っていないことを説明し、しぶしぶ理解したようです。
【事例4】20代男性
事例3のパートナー。事例3の女性の診断は間違いではないか、と怒りを抱えながら谷口医院受診。自身はヘルペスなど発症したことがなく、ネットで性器ヘルペスを調べると、「以前に感染した病原体がしばらくしてから発症することがある」と書いてあったために、「彼女は昔から感染していたはずだ」と言って譲らない。
たしかに、この男性が言うように感染したときには症状が出ずに後から発症することがあります(前回のコラムでは老人ホームに長年入居している高齢者が初めて性器ヘルペスを発症することもあるという話をしました)。ですが、このケースは間違いなくこの男性が新しいパートナーに感染させています。
なぜそう言い切れるのか。女性のヘルペスが外陰部の両側に発症していたからです。性器ヘルペスは、発症の様子を診れば、それが「初感染で初発」か「感染時は無症状で今回が初発」かの区別がつきます。ヘルペスウイルスは感染すると神経節と呼ばれる脊髄(せきずい)の両横にある場所に潜みます。再発するときは、神経に沿って奥からやってきます。つまり、過去に感染したウイルスによる発症の場合は右か左のどちらかにしか現れないのです。よって、水疱などの症状が両側に左右対称に発現していれば初感染で初発、片側であれば初発であっても既感染であると言えるのです。
説明の難しさが性器ヘルペス治療の難しさ
定点医療機関は毎年、全国で950カ所前後
しかし、それを説明しても男性は納得しません。そこで抗体検査をすることにしました。この男性は口唇ヘルペスなども含めてヘルペスなどに感染したことは一度もなく、医師から診断されたこともないと言います。抗体検査の結果はもちろん「陽性」。こうなると男性も私の説明を信じないわけにはいきません。その後、二人一緒に来てもらって、「このようなことはあり得ることで、男性に責任があるわけではない。こんなことを理由に別れるべきではない」と説明しました。
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ただしこの女性も男性も「ウイルスは生涯消えることはなく」「(仮に新たな恋愛を始めることになれば)他人にうつす可能性があり」「分娩時に新生児にうつすと大変なことになる」のは事実です。
ではどうすればいいのでしょうか。前回のコラムの冒頭で、私は「性器ヘルペスはHIV感染症や梅毒よりもある意味では『難しい感染症』だ」と述べました。その理由がこの「説明の難しさ」です。ですから、谷口医院では性器ヘルペスを初めて発症した人にはかなり長い時間をとって、この感染症との付き合い方について、私からまたは看護師から説明します。話の途中で泣き出す患者さんも少なくありません。「一生治らない」「無症状でもうつす」と言われるわけですから当然でしょう。
しかし否定的な説明ばかりに終始し、その結果患者さんが恋愛や出産を諦めるようなことはなんとしても防がねばなりません。かといって、「多くの日本人が感染しているから(大丈夫)」「再発時には痛みも軽度だし(大丈夫)」などという言葉は何の慰めにもなりません。そのような励ましはかえって逆効果になることもあります。
免疫能を下げず、再発しそうになったらすぐ治療する戦略
ではどのように理解してもらえばいいのでしょうか。谷口医院では、「再感染を防ぐために」そして「他者への感染を防ぐために」何をすべきかを説明します。前々回のコラムで述べたように、ヘルペスウイルスは免疫能が低下したときに再発します。免疫系の細胞の”監視”を逃れて、ウイルスが身体の奥から表面に神経をつたってやってくるからです。このときに必ず症状が出現するとは限りません。ウイルスが身体の表面までやってきているのに無症状のまま終わることもあります。しかし、他人の皮膚に接触すれば感染させることになります。これが「無症状でも感染させる」理由です。
したがって、身体の奥(脊髄の横の神経節)に潜むウイルスをじっとさせておくために、免疫能を低下させないような生活をするよう助言します。睡眠をしっかり取って、ストレスをためないようにして規則正しい生活をする、といったことです。しかし、社会生活を営む上で、こういったことを常に続けることはできません。注意していたけれど、結果として免疫能が低下しウイルスが体表面にやってきた、ということもあり得ます。
そこで実施すべきなのが「再発しそうになったらすぐに治療する」という戦略です。性器ヘルペスの再発時の初期は、皮膚には発赤や水疱がなくてもなんとなく違和感を覚えることがあります。この時点で治療を開始する(抗ウイルス薬を内服する)のです。再発しそうになれば薬を飲む、というこの方法を繰り返しているとそのうちに再発しなくなる、または再発の頻度がぐっと少なくなります。再発頻度が減るということはウイルスが体表面にやってくる頻度も減るわけですから他人に感染させるリスクも低下します。
それでも再発を繰り返すときは前回触れた「再発抑制療法」を実施します。これは、無症状でも抗ヘルペス薬を毎日少量飲み続ける方法です。1年間これを実施すればその後も再発のリスクが大きく下がるのです。なかにはその数年後、早ければ数カ月後に再び再発する人もいるのですが、やはり「再発しそうなときに直ちに治療」「再発を繰り返すなら再び再発抑制療法」を続けるのです。こうすれば、頻繁に再発することが(ほぼ)なくなり、他人に感染させるリスクも大きく低減します。
恋愛や妊娠を諦めないために
それでも、「恋愛や妊娠を諦めなければならないのでは?」という将来への不安が払拭(ふっしょく)できない人もいます。そんな場合は何度でも受診してもらって不安や悩みを聞くようにします。毎回パートナーと一緒に受診される人もいます。上述したように、谷口医院では性器ヘルペスを初めて発症したという患者さんを年間数十例は診ていますが、ほとんどの人は再発リスクを大幅に下げ、パートナーとの良好な関係を維持しています。上述の事例3、4のカップルも今では谷口医院のかかりつけ患者となり、性器ヘルペス以外のことでも受診しています。
前回紹介した事例1の男性は今では新たなパートナーができ、近日再婚する予定だそうです。事例2の女性は、再発抑制療法を実施できる医療機関がみつかり、その後は再発しなくなり、すでに新しいパートナーがいるそうです。「感染すると生涯ウイルスは消えない」「無症状でも他人にうつす」は事実ですが、それでもかかりつけ医と共に対策を取ることができます。新たな恋愛も出産も諦める必要はまったくないのです。
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。太融寺町谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。