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認知症は遺伝する? 知っておきたい「本当の関係」工藤千秋・くどうちあき脳神経外科クリニック院長
2023年5月21日
最近、双子のタレント「おすぎとピーコ」の2人が認知症の症状があり別々の施設に入所したというニュースが流れ、話題になりました。もちろん本当のところは知る由もありませんが、認知症が遺伝するのではないかと心配されている人はいるでしょう。私のクリニックにも、そうした患者さんが少なからずやって来ます。認知症は遺伝する場合もありますが、それよりもっと知っておいてほしい大事なことがあります。今回は、認知症と遺伝との間の「本当の関係」についてです。
「認知症遺伝子」が陽性 その時男性は……
先日、40代後半の男性が青ざめた表情をしながら私のクリニックにやって来ました。他の病院で脳ドックの検査を受けたといい、その結果をどう解釈すればいいのか分からず、困っているとのことでした。
男性はIT関係の会社で忙しく働いていました。ところが最近、もの忘れが多くなり、上司や部下からおかしいのではないかと指摘され、脳ドックの検査を受けたそうです。
磁気共鳴画像化装置(MRI)を使った検査では、記憶をつかさどる海馬に40代にしてはやや萎縮の傾向がみられましたが、前頭葉や側頭葉は問題ありませんでした。スクリーニング検査の「長谷川式認知症テスト」は30点満点中22点で、認知症の疑いはなかったのですが、別の「MMSE」という検査は30点満点中20点で、認知症疑いと出ました。
特に男性が気にしていたのが、認知症の発症に関係する「APO(アポリポたんぱく質)E4遺伝子」が陽性だったことです。男性の母親はアルツハイマー型認知症のため、2年ほど前に他界していました。男性は、「子どももまだ中学生になったばかり。検査を受けた病院から『生活に気をつけてください』と言われても、遺伝なんだから気をつけようがないじゃないですか。一体どうしたらいいのか……。年齢からして若年性認知症なのでしょうか、結果をどう受け止めたらいいのでしょうか」とかなり戸惑っていました。
アルツハイマー病 90%以上は遺伝と関係しない
認知症にはどんな種類があるのでしょうか。一般に、7割弱がアルツハイマー型、2割が血管性、4%がレビー小体型、残り1割弱がその他と言われています。このうちアルツハイマー型は90%以上が遺伝しないタイプで、およそ5%が遺伝と関係するものと考えられています。
男性の場合、母親が認知症だとしても、このように自分が認知症になる確率はわずかであることを私から説明すると、男性はとてもほっとした様子でした。どうやら、認知症関連の遺伝子が陽性だったため、必ず病気を発症すると思い込んでいたようです。アルツハイマー型の多くは65歳以上の高齢者になってから発症しますが、若年性の場合は40代から発症します。この男性は40代後半だったため、若年性アルツハイマーを発症してもおかしくない年齢に入っていることは告げました。
遺伝が関係する認知症は主にアルツハイマー型です。大きく分けて二つの関係遺伝子があります。一つは、アルツハイマー型の原因物質とされる異常たんぱく質「アミロイドβ」を作る原因遺伝子です。主なものに、アミロイド前駆体たんぱく質(APP)遺伝子、APPからアミロイドβを切り離すプレセニリン1遺伝子とプレセニリン2遺伝子の計三つがあります。これらの遺伝子があると、体内にアミロイドβが作られやすくなります。
もう一つは感受性遺伝子といい、「もっとたくさんアミロイドβを作れ」とけしかける働きをします。その代表がAPOE4遺伝子です。「APOE」は、APOE2、APOE3、APOE4の三種類があって、数字が大きくなるほどよりけしかけます。つまり、APOE4が一番、アミロイドβをつくるようけしかけるのです。日本人のおよそ20%にこのAPOE4遺伝子があるとみられています。調査によって異なりますが、これがある人は、ない人に比べて3~十数倍アルツハイマー型の認知症を発症しやすいと考えられています。
遺伝よりむしろ生活習慣こそ重要
ここまで、アルツハイマー型認知症には遺伝する家族性のものが5%ほどあって、原因遺伝子と感受性遺伝子がそれぞれ関係していることを説明してきました。しかし大事なポイントは、認知症は後発的な要因が大きく影響する点です。すなわち生活習慣が乱れていると、認知症を発症しやすくなるのです。つまり、生活習慣を乱さなければ発症リスクを抑える可能性もあるのです。
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メタボリックドミノという概念を知っていますか。暴飲や暴食、睡眠不足など生活習慣が乱れると、メタボリック(内臓脂肪)症候群が進行し、高血圧や脂質異常症、食後高血糖などが起きてきます。するとドミノ倒しのように、虚血性心疾患や脳血管障害、糖尿病などが生じ、最後は認知症や脳卒中、心不全など重大な病気が引き起こされます。2003年に慶応大の伊藤裕教授(当時)が世界に初めて提唱した病態の連鎖です。
常にアルコールを飲み過ぎたり、喫煙したりしていると、体内の血流が悪化し、脳への血の巡りが悪くなり、結果としてアミロイドβが脳内にたまりやすくなります。糖尿病の人は、そうでない人に比べ2倍、たばこを吸っている人は、そうでない人に比べ2~3倍、アルツハイマー型の認知症になりやすいという研究結果があります。
他にも、睡眠はとても大事です。人は寝ている間、心臓の動きに合わせ脳脊髄(せきずい)液が拍動します。すると、脳脊髄液が脳の神経細胞の間を流れ、アミロイドβを排出してくれるのです。これを脳脊髄液クリアランスといいます。ところが、睡眠が不足するとアミロイドβが排出されず、脳内に沈着されやすくなります。
このメタボリックドミノは、アルツハイマー型に限った話ではありません。2割を占めるといわれる血管性の認知症は、脳梗塞(こうそく)や脳出血など脳血管障害が原因です。生活習慣を整え、脳血管障害を起こさなければ、血管性認知症を防げるのです。レビー小体型認知症についても、メタボリックドミノによって悪化させる可能性があることが言われています。いかにメタボリックドミノのドミノ倒しを引き起こさないことが重要であるか、理解していただけたのではないでしょうか。
「ドミノ」倒しを防ぐ工夫を!
私からこのような説明を受け、男性はとてもほっとした様子で、落ち着きを取り戻しました。そして、自分の中で、メタボリックドミノがいくつあるのか冷静に考えてみますと言って、自宅に帰っていきました。
その後、彼からメールで、「ウェブで調べたら、六つほどドミノが引っかかっているようです。でも、人間ドックや健康診断に行って、生活習慣病の原因とされるコレステロールや中性脂肪、肥満とかをコントロールしていきます」と前向きな返事をいただきました。好きだったお酒の量も半分にし、ジムにも通い始めたそうです。
運動を取り入れることは、メタボリックドミノを倒さないためにも大事です。ただし、仕事などがあって、毎日ジムに通うのは難しいかもしれません。そんな時は、たとえば通勤時や外回りをする際、信号から信号までの間の一区画を早歩きしたり普通に歩いたり交互にしてみてはいかがでしょうか。少し汗ばむくらいがいいです。仕事中であっても、ちょっとした有酸素運動を取り入れる工夫をしてみてください。
ここまで、認知症と遺伝との関係についてお話しさせていただきました。認知症は、遺伝することは確かにありますが、それほど発症率が高いわけではありません。むしろこの男性のように、生活習慣をきちんとコントロールして、メタボリックドミノが倒れるのを防ぎ、発症リスクが抑えられるよう前向きに努力することが大切なのです。
特記のない写真はゲッティ
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くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)、「脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング」(サンマーク出版)など。