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つらい変形性膝関節症 早期の手術で膝関節の温存も可能に福島安紀・医療ライター
2023年5月31日
52歳の会社員・洋子さん(仮名)は、マラソンが趣味。1年ほど前、ジョギング中に左膝の内側に激痛を感じて歩けなくなり、近所の整形外科クリニックを受診し、「変形性膝関節症」と診断された。患部にヒアルロン酸注射を打ってもらい、膝から上の筋肉を鍛える運動療法を続けるように指導されて試してみたが、左膝の痛みは続いた。そこで別の整形外科クリニックへ行ったところ、今度は、膝の電気マッサージと膝上サポーターを処方され、医師には「ジョギングをしてもいい」と言われたが、膝が痛くて走れなかった。
洋子さんはサポーターをしてしばらく運動療法を続けてみたが、膝の痛みは一向に改善せず短い距離をゆっくり歩くぐらいしかできない状態だった。そこで、膝の専門医のいる医療機関を受診したところ、「このままでは10年後には両膝に人工関節を入れなければならなくなる」として、膝関節温存手術である「膝骨切り術(ニー・オステオトミー)」を勧められた。
「膝骨切り術」なら手術後もスポーツや重労働が可能
「膝骨切り術は、膝を支える脛骨(けいこつ)、あるいは大腿(だいたい)骨を切って、変形性膝関節症の原因となっているO脚を矯正して脚をほぼ真っすぐ(軽いX脚)にし、膝内側の軟骨や半月板への負担を減らし痛みをなくす手術法です。最大のメリットは、自分の膝関節を温存できるので、手術後はスポーツや正座、農作業のような重労働も可能になることです。病院によっては、まだ膝の温存ができるような段階なのに、膝の軟骨や骨を取り除いて人工関節に置き換える手術(人工膝関節置換術)を実施してしまうケースが少なくありません。一度膝を失ったら、取り戻せないので注意してください」
竹内良平医師=筆者撮影
そう指摘するのは、さいわい鶴見病院(横浜市鶴見区)関節外科センター長の竹内良平さんだ。膝の専門医らによる日本Knee Osteotomy and Joint Preservation (ニー・オステオトミー・アンド・ジョイント・プリザーベーション)研究会長を務める。
膝骨切り術にはさまざまな方法があるが、最も一般的なのが、脛骨を膝関節に近い位置で切ってO脚を矯正する「高位脛骨骨切り術」だ。関節鏡で膝関節内を観察し不要な組織を取り除いたうえで、膝に近い脛骨の内側に切り込みを入れて開き、くさび形の代用骨を挟み込む。次に、軽いX脚になるように脚の骨の角度を調整し、チタンプレートとネジで固定する。下の写真のように、手術後は脚がほぼ真っすぐになり、膝関節の軟骨などの組織の摩擦が減る。手術の翌日からリハビリを開始し、2~3週間後には歩いて退院できる。
両膝の高位脛骨骨切り術の手術前(左)と手術後(右)=竹内良平医師提供軟骨や半月板の一部が損傷した段階で骨切り術検討を
この手術の対象となるのは、膝関節の外側あるいは内側のどちらかの軟骨と半月板が、正常に近い状態で摩耗せずに残っている人だ。変形性膝関節症だけではなく、骨の一部が突然壊死(えし)する「特発性膝関節骨壊死」の治療にもこの手術が適しているという。
「ヒアルロン酸注射や運動療法などで何とかやり過ごして根本的な治療をしないでいると、軟骨が全てすり減って膝の変形が進み、骨切り術では治せない状態になります。変形性膝関節症の場合は、軟骨の一部がすり減ったり半月板の内側が切れたりして膝に痛みを感じ始めたような段階で、膝を専門にする整形外科の診察を受け、骨切り術を検討することが重要です」と竹内さんは強調する。
日本人の膝に合うように開発された膝骨切り術用のチタンプレート。さまざまな大きさのプレートがあり、患者の骨や脚の曲がり方に合わせた骨切り術が行われる=筆者撮影
「手術は最後の手段」とされる病気もあるが、変形性膝関節症の場合は、軟骨や半月板の一部が損傷して痛みが出た時点で骨切り術を受ければ、高齢になっても膝の痛みに悩まされたり人工関節になったりせずに済む可能性が高まる。5月に発行されたばかりの、日本整形外科学会の診療指針「変形性膝関節症診療ガイドライン2023年版」でも、特に活動性が高い患者には、早い段階での骨切り術を推奨している。
洋子さんの場合、骨を切るのが怖くて一時は手術をちゅうちょした。だが、放っておいたら10年後には人工関節になると医師に指摘されたこともあり、趣味のマラソンを続けたい一心で骨切り術を受けることにした。強い痛みが出た左側だけではなく両膝共、軟骨の一部がすり減って変形性膝関節症になっていたため、両膝の骨切り術を同時に受け3週間入院した。その後1週間は自宅療養してから職場に復帰し、3カ月後にはほぼ元通りの生活に戻り徐々にジョギングも再開した。手術後は骨を切った部分に痛みがあったが、3カ月くらいで痛みは全くなくなり、今では日常生活に全く支障がなくなっただけではなく、ハーフマラソンの大会に出場できるくらい回復している。
ただし、膝骨切り術にはデメリットもある。それは、人工膝関節置換術に比べてリハビリ期間が長いことだ。人工関節の手術の場合、手術直後から痛みなく歩けるのに対し、骨切り術では、切断した骨がくっつく術後3カ月間はリハビリを続ける必要がある。
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「何らかの理由で3カ月間もリハビリができないという人には骨切り術は不向きです。また、骨切り術ができる医療機関は徐々に増えてきたものの、まだ全国的には限られることもデメリットと言えます。技術力の差が出やすい手術でもあるので、年間30例以上は膝骨切り術を実施している医療機関で手術を受けるようにしましょう」と竹内さん。
骨切り術を実施している医療機関は、オリンパステルモバイオマテリアルが運営するサイトの「高位脛骨骨切り術の相談や手術を行っている医療機関」で調べられる。また、骨切り術などの勉強会や研究を実施している日本Knee Osteotomy and Joint Preservation研究会のメンバーであれば、適切な治療をしてくれる可能性が高いため、同研究会は、近いうちに、ホームページで同意の得られた会員のいる医療機関を公表する予定だ。
骨切り術ができない進行例は人工関節で膝を再建
一方、変形性膝関節症がかなり進行して膝軟骨と半月板が全て摩耗して痛みがあるときには、人工膝関節置換術を検討する。人工膝関節には金属製のインプラントの間に、軟骨のような役割をする超高密度ポリエチレンが入っている。この人工膝関節を入れて膝を再建する手術は、痛み止め薬やヒアルロン酸などの薬物療法、運動療法、骨切り術では改善が難しい場合の最終手段の治療法だ。
「かなり膝の変形が進んだ末期段階の変形性膝関節症の人にとっては、人工膝関節に置き換えることで、痛みがほとんどなくなり手術後すぐ歩行ができるメリットがあります。ただ、正座をしたり走ったりできなくなるなど日常生活は制限されます。人工物を入れるので細菌に感染しやすいですし、15~20年ほどで人工関節を入れ替える手術が必要になることがあるのもデメリットです。変形性膝関節症や特発性膝関節骨壊死、内側半月板の後ろの部分が切れたときには、早めに、膝骨切り術に力を入れている整形外科医に相談しましょう」と竹内さんは話す。
変形性膝関節症の膝骨切り術の際に、軟骨がすり減った部分に「軟骨細胞シート」を移植し、膝関節を再生させる治療の臨床試験も始まっている。現段階で科学的に有効性が証明された膝再生治療はないが、今後は、骨切り術と組み合わせた再生治療が進む可能性もある。膝の痛みは我慢せずに適切な治療を受け、高齢になってもスポーツを楽しむなどアクティブに過ごせるようにしたい。
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ふくしま・あき 1967年生まれ。90年立教大学法学部卒。医療系出版社、サンデー毎日専属記者を経てフリーランスに。医療・介護問題を中心に取材・執筆活動を行う。社会福祉士。著書に「がん、脳卒中、心臓病 三大病死亡 衝撃の地域格差」(中央公論新社、共著)、「病院がまるごとやさしくわかる本」(秀和システム)など。興味のあるテーマは、がん医療、当事者活動、医療費、認知症、心臓病、脳疾患。