|
毎日新聞 2023/6/1 11:00(最終更新 6/1 11:00) 有料記事 1652文字
大阪大ツインリサーチセンターが開いたイベントに参加した双子=同センター提供
双子を専門にする国内唯一の研究機関「大阪大ツインリサーチセンター」(大阪府吹田市)が、存続の危機に直面している。今年度の運営費を確保できず、このままでは10年以上かけて集めた膨大な双子のDNAや血清などのサンプルやデータが失われてしまう恐れがある。双子の研究の意義を訴えるセンターは、なぜ危機に陥っているのだろうか。
「僕はここを『双子の図書館』と呼んでいる。研究のインフラなんです。このままでは、日本の双子の研究が後れをとって、世界に負けてしまう」。ツインリサーチセンター長を務める渡辺幹夫・大阪大教授(臨床検査医学)は、厳しい表情でそう語った。
双子は全出産の約1%を占める。2009年に設立されたセンターには、全国の約2800組の双子が登録されている。そのうち約450組については、生活習慣などのアンケート調査結果に加えて、血液検査や身体検査などを実施し、血清やDNAなどを冷凍保存している。国内外の研究者から依頼があれば、それらのサンプルやデータを提供する。必要な資料を集めて管理し、提供する、まさに図書館のような役割だ。
では、双子の研究で何が分かるのだろうか。
大阪大ツインリサーチセンターが開いたイベントに参加した双子の赤ちゃん=同センター提供
病気の発症、学力、運動能力、収入などは、さまざまな要因が影響を与えており、持って生まれた「遺伝要因」と、それ以外の生活習慣や養育環境など「環境要因」に分けられる。一般的な研究では、遺伝要因と環境要因が混在した状態で解析するしかない。
ところが、一つの受精卵から誕生した一卵性双生児は、遺伝情報が同じだ。そのため、双子の間で病気の発症や体質などで一致しているものは遺伝、違っているものは環境に由来すると考えられる。双子を比較すれば、遺伝と環境の割合を厳密に解明することが可能になるというわけだ。
これまで、センターのサンプルやデータを用いて、歯の数や歯周病は環境の影響が大きいことや、言葉を思い起こす時の左前頭葉の脳活動は遺伝と環境が50%ずつ影響していることなどが成果として発表されている。
大阪大ツインリサーチセンターの存続の危機を訴える、大阪大の渡辺幹夫教授(左)と坂田洞察准教授=大阪府吹田市の大阪大で2023年5月12日、柳楽未来撮影
細る国の補助金、運営費確保難しく
大阪大大学院医学系研究科に付属するセンターは設立から22年度まで、国内で唯一の双子専門の研究機関として、国の予算で運営されてきた。これまでに国内外の約20の研究機関と連携し、データを提供して実績を積んできた。
しかし渡辺教授によると、国の予算は、研究機関の設立時や設立直後には付きやすいが、維持管理を目的に得るのは難しい。さらに国の科学研究費補助金(科研費)のような競争的資金は、研究が目的の上に論文数などの実績が重視されることもあり、研究して論文を書くというよりは「図書館」の役割を持つセンターが資金を要求するのは簡単ではないという。04年の国立大法人化以降、国から交付される運営費交付金が減っており、大学にも余裕はない。
渡辺教授は「私たちは、貴重な資産をいつでも使える状態で維持していることが成果だと思っている。図書館がどれだけ論文をたくさん書けているか問われても、困ってしまうのではないか」と訴える。
血液の採取や生活状況の調査など、1組の双子のデータ収集には約20万円かかる。23年度は予算を確保できなかったため、新たに双子のデータを集めるのは不可能だ。さらに冷凍庫の電気代やデータの管理費用など、施設の維持に最低限必要な約500万円もない。センターの坂田洞察准教授(医学物理学)は「このままでは、これまで集めた血液サンプルなどを全て廃棄せざるを得なくなる」と危惧する。
当面の危機回避のため、センターは5月から6月末まで、クラウドファンディング(CF、https://readyfor.jp/projects/twin)で23年度の運営資金を募ることにした。並行して、24年度以降の運営のために、国の予算獲得に向けても動いている。渡辺教授は「単なる一つの研究機関が失われるのではなく、双子という大きな研究手段を失う危機にある。存続に向けて支援をお願いしたい」と呼びかけている。【柳楽未来】