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毎日新聞2024/4/30 東京朝刊有料記事1021文字
<ka-ron>
アメリカのメディア業界でよく知られる言葉に「キャッチ・アンド・キル」という表現がある。直訳すると、「キャッチ=捕まえる」と「キル=殺す」で、「捕まえて殺す」。
たとえて言えば次のようなケースがその典型だろう。
ある人が誰か(大抵は政治家や芸能人)のスキャンダルを告発しようとしている。それに気づいたメディアが告発者に近づきこうささやく。「あなたの告発を報道しますよ。独占インタビューです。ぜひうちの社と契約してください」
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取材と引き換えに報酬を払うというのだが、実は事実上の「口止め」でもある。告発内容を他者に漏らしたら莫大な損害賠償を支払う、という条項が盛り込まれているのだ。契約した当のメディアが報じなければ、告発はまず公表されない。つまり封殺されてしまう。
いつまでたっても報道されないので告発者が「おかしい」と気づいても、時すでに遅し――。
そんなキャッチ・アンド・キルそのものだと米メディアが一斉に報じたのが米東部ニューヨークで22日から本格的に始まった裁判のケースだ。被告はトランプ前米大統領(77)。起訴状などによると、2016年秋に顧問弁護士を通じ、不倫相手とされる元女優に事実上の口止め料13万ドル(約2012万円)を「弁護士費用」というウソの名目で払ったという。
法廷で注目を集めたのが検察側の証人として出廷した大衆紙「ナショナル・エンクワイアラー」元発行人のデービッド・ペッカー氏だ。トランプ氏の長年の支援者として知られる人物でもある彼は、15年8月、トランプ氏やその弁護士らと会い、「私はあなた(トランプ氏)の目となり耳となります」と約束したと証言した。
それはつまり業界に情報網をはりめぐらせ、トランプ氏に不利な情報があればすぐに知らせるという意味だった。トランプ氏との性的な関係を告発するような女性が現れようものなら捕まえて連絡する、という趣旨の発言もしたようだ。それを聞いてトランプ氏は「うれしそうだった」という。
ちなみに15年といえば、トランプ氏がその後自らの政権下で首席戦略官として重用することになる情報分析企業幹部のスティーブ・バノン氏と連携を深め、SNS(ネット交流サービス)上で「反移民」や白人至上主義的な主張を広める情報戦術を本格化させた時期ともいわれる。
メディアの力を存分に駆使して人心を動かす「トランプ劇場」。その舞台裏が今後の裁判でさらに明らかにされそうだ。(専門記者)