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数日で失明へと至る「急性緑内障」どう防ぐ? 頭痛と誤解されがちなその怖さ狩生聖子・フリーランスライター
2023年6月8日
日本人の中途失明の原因のトップ、緑内障。目から入る情報を脳へ伝達する視神経に障害が起こり、視野が狭くなる病気です。通常は、発症すると見える範囲が徐々に狭くなるのですが、何らかの原因で眼圧が急激に上昇して発症する「急性緑内障」が起きた場合は、それと気付かぬまま放置した場合、わずか数日で失明へと至る可能性があります。ポイントは「いかに早く気付くか」ですが、頭痛や吐き気などを伴うため脳の病と誤解しやすく、厄介なのです。一体どうすれば大事にならないうちに気づけるのでしょうか。日本眼科医会の小沢忠彦副会長(小沢眼科内科病院理事長)に予防策も含めて聞きました。
伝えるべきは「頭痛」プラス「目の異常」
ある日の晩、食後の片付けをしていた80歳の女性を突如、激しい頭痛が襲います。こめかみから目の奥にかけて痛みが走り、吐き気も起きて視界がかすんでいったそうです。慌てふためくその姿に家族は救急車を呼びました。駆けつけた隊員は女性の説明から脳の病を疑い、脳神経外科のある救急病院へ搬送します。しかし、磁気共鳴画像化装置(MRI)や頭部コンピューター断層撮影(CT)などの検査をしても異常は見つかりません。急性緑内障と分かったのはその翌朝、目の症状から担当医が眼科医に診察を頼んだからでした。
それは「急性緑内障発生時の典型」だと、小沢副会長は説明します。
日本眼科医学会の小沢忠彦副会長=本人提供
急性緑内障は発作から24時間を過ぎると、失明のリスクが急激に上がるため、早期発見がカギを握ります。だからこそ、「頭痛だけでなく、目の症状を詳しく伝えることがポイント」と強調します。
そもそも急性緑内障とはいかなる病なのでしょうか。
緑内障は、原因を特定できない「原発緑内障」▽何らかの病や薬などで起きる「続発性緑内障」▽生まれつき眼圧の上昇がみられる「先天緑内障」――の三つに分けられます。約90%を占めるのが原発緑内障で、さらに「原発開放隅角(ぐうかく)緑内障」と「原発閉塞(へいそく)隅角緑内障」の2タイプに分けられます。急性緑内障は後者の一種です。
眼球は房水(ぼうすい)という液体で満たされ、目の中を循環しています。この循環でほぼ一定の眼圧がかかっています。その房水の出口に当たる「隅角」が何らかの理由で狭くなり、房水の排出が妨げられるため眼圧が上昇して緑内障を発症します。
わずかでも房水が流れていれば症状は徐々に進みますが、流れが完全に止まると眼圧が一気に上昇します。これが急性緑内障で「急性緑内障発作」とも呼ばれます。
発作が起こると眼球は石のように硬くなり、毛細血管で血の流れが滞って真っ赤に充血します。ただ、頭痛や目のかすみ、視野が狭くなるといった発作の症状もそちらの目にしか起きません。だからこそ、失明の可能性を減らすためにも、できるだけ早い段階で頭痛だけでなく目の異常を伝えることが重要になるのです。
急性緑内障予防になぜ白内障手術? 効果的である理由
なお、もう一つのタイプである原発開放隅角緑内障ですが、隅角が広くとも出口のフィルターの役割をする「線維柱帯(せんいちゅうたい)」が目詰まりを起こして、房水が排出されなくなるため眼圧が高くなって起こります。一般的な緑内障はこのタイプです。
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「緑内障と急性緑内障はメカニズムが大きく違うため、別の病気といっていいでしょう」。小沢副会長はそう教えてくれました。名前こそ「急性」か否かの違いしかありませんが、似て非なるものだったのです。
急性緑内障の発作は、隅角の周囲にある「虹彩(こうさい)」の一部をレーザーで切開し、狭くなった隅角を広げる救急処置を施すのが一般的です。一方、最近では急性緑内障の発作を起こしやすい人に、予防のための手術を受けてもらうケースが増えてきました。それは、白内障の患者が受ける「水晶体摘出術」です。
なぜ急性緑内障の予防に白内障の手術が有効なのでしょうか。それは、急性緑内障を発症する患者の大半が白内障を併発しているからなのです。白内障はレンズの役割をする水晶体が加齢でにごり、視力が低下する病気で、小沢副会長は「(加齢とともに、水晶体が)にごるとともに、分厚くなります。そのため虹彩を押し上げてしまって隅角が狭くなり、緑内障を起こしやすい目になっていくのです」と解説します。
このため、水晶体摘出術で厚くなった水晶体を取り除き、人工レンズを入れて隅角を広げます。「緑内障診療ガイドライン(第5版)」(日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン改訂委員会)でも、この手術がハイリスクを有する人に対する予防策として推奨されています。
かつては白内障の進行度合いが急性緑内障の発症とどの程度関連性があるのかはっきりとしませんでした。その謎を解くのに大きな役割を果たしたのが「前眼部(ぜんがんぶ)三次元画像解析装置」の登場でした。
この装置は、特殊な光を用いて水晶体より前の部分「前眼部」の組織を立体的に撮影、解析できます。この装置は5年ほど前から多くの眼科医が取り入れるようになり、以前はできなかった、角膜や隅角、虹彩などの断層の観察や立体構造の数値的解析が可能になりました。小沢副会長も「隅角の広さや角度をはじめ、手術できるかどうかまで客観的に判断できるのです」とその意義を認めます。
発症リスクが高いのは「遠視、小柄、高齢の人女性」
水晶体から角膜の手前の前房(ぜんぼう)までの距離(深さ)が2㎜以下の場合、3年以内に急性緑内障発作が起こる確率が6.2%だったとする海外の研究報告(欧米の研究者が1993年に「Am J Ophthalmol」誌にて報告)があります。
また、片側の目に急性発作が起こった場合、5~10年以内にもう片方の目に発作が起こる可能性が高いことも明らかになっています。しかも白内障が進んで水晶体が厚くなると水晶体を支える筋肉も緩むため、レンズの交換だけでなく筋肉の補強手術も同時に行う必要が出てきます。小沢医師によると、その分だけ手術が難しくなるため、できるだけ早期の段階で手術を受けることが重要だそうです。また、急性緑内障になりやすいのは、遠視の人▽小柄な人▽高齢女性――だと指摘します。それはなぜか。
「遠視の人は眼球のサイズが小さく、隅角が狭いことが多いのです。一般的な緑内障は近視の人に多いのですが、急性緑内障の場合は正反対なのです」
上皇さまは昨年、東京大学付属病院で白内障と緑内障の手術を受けられた=東京都文京区で2022年9月25日午前11時54分、小出洋平撮影
急性緑内障は発症後24時間以内に手を施さないと、失明のリスクがぐんと高くなる怖い病ですが、眼科でそのリスクを判断してもらうこともできます。
その急性緑内障をはじめ、高齢になると多様な原因で目の機能低下が起きます。歩行や家事、読書など日常生活に支障を来しかねず、転倒や骨折の原因ともなります。「アイフレイル(目の虚弱)」と呼ばれています。小沢副会長も「アイ フレイルの予防のためにも、少しでも目の見え方などが気になる場合、積極的に身近な眼科を受診していただきたいです」と早期の受診を勧めます。
特記のない写真はゲッティ
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かりゅう・きよこ 1966年神奈川県生まれ。立教大学経済学部卒。OA機器商社に勤務しながら週刊誌での執筆を始め、フリーランスライターとして独立。現在は健康分野(健康、医療、医学部教育など)を中心に書籍の企画・編集、取材、執筆をしている。著書に「ぐっすり眠る!37の方法」 (宝島社新書)など。