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毎日新聞2024/5/3 東京朝刊有料記事1002文字
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大航海時代の探検家、コロンブスは数多くの動植物を「新大陸」からスペインに持ち帰っている。タバコもその一つで、16世紀には欧州各地に広がった。
英国王ジェームズ1世はこの嗜好(しこう)品が嫌いだった。即位の翌1604年、反たばこ政策を実施し、スペインからの輸入関税を約40倍に引き上げ、国内栽培を禁じた。だが、喫煙習慣はすでに貴族に広がっており、密輸を増大させる。
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あれから420年になる。英下院は先月16日、たばこ販売禁止法案を383対67の賛成多数で可決した。2009年以降に生まれた人に対し、生涯にわたって電子も含め、販売を禁止する。
健康被害や医療費を抑える目的がある。さらに議論になったのは、個人の自由と国の権限の問題である。前首相のリズ・トラス氏は「若者の保護は大切だが、大人の選択に政府が関与すべきでない」と法案に反対した。
与党保守党の元議長ジェイク・ベリー氏も「悪い判断でも、自分で選択できる自由な社会に住みたい」と反対理由を説明している。
ビクトリア・アトキンス保健相はこう反論した。「依存症に自由はない。ニコチンはむしろ選択の自由を奪う」
政府の首席医務官を務めるクリス・ウィッティー氏は駆け出し外科医のころに見た光景を紹介する。「喫煙の影響で脚を切断する人が、病院の外でたばこを吸いながら泣いていました」
英国ではイングランド地方に限っても、毎年7万人以上が喫煙によって亡くなっているという。喫煙者の4分の3は、もし時間を戻せるならば、たばこを吸いたくなかったと考えている。
ニュージーランドは22年、09年以降に生まれた人に紙巻きたばこの販売を禁止する法を可決しながらも、政権交代で撤廃した。英国が今後、上院の審議を経て法律を成立させれば、世界で最も厳しいたばこ規制になる。
現代社会はたばこや酒、薬物など物質系だけでなく、インターネットやポルノの視聴、ギャンブルなど行為にのめり込む形の依存症であふれている。
公共の福祉に反しない限り、自由は尊重されるべきである。だが、自由を守るためにも依存症にさせない政策が重要になる。
たばこのCMにも出演した愛煙家の米俳優、ウェイン・マクラーレンは1992年7月22日、肺がんで51年の生涯を閉じた。
母が彼の最後の言葉を紹介している。「子どもを大切にしてほしい。たばこは人を殺す。私自身がその証拠です」(論説委員)