がんによくある誤解と迷信フォロー
緩和ケアでがん患者の余命が延びた? オプジーボに匹敵する成果に全米が驚いた
勝俣範之・日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
2025年1月18日
これは、ある患者さんのセカンドオピニオンでお聞きした、元の主治医との会話です。
「あなたの標準治療は終了しました。今後、治療法はありません。後は緩和ケアを勧めます」
主治医からこのように言われ、納得できず、「がんの自由診療を受けたい」と言ったら、主治医は「フフっ」と笑って、「そのような治療を受けるなら、当院では責任持てないので、当院に今後一切受診することはできない。当院はこれで終診となります」と言われたということです。
元の主治医の病院は有名ながんの専門病院だというのです。がんの標準治療は現在の最善かつ最高の医療であるとの話は以前にしました。しかし、最善・最高の医療をもってしても、すべてのがんが治るようになったわけではなく、標準治療にも限界があります。上記のような会話は、医療現場でもよく聞かれます。
医師から「もう治療はない」などと言われると、上記の患者さんのように「本当にそうなのか? 何かないのか? 緩和ケアと言われても、治療をあきらめるようで納得がいかない。ネットでよく目にする自由診療はがんに効果があると言っているが、本当なのか?」などと思われるのは当然でしょう。
標準治療を受けていても、治療が難しくなり、有効な治療がなくなってくることはよくあります。そのような際に患者さんやご家族はどうすればよいのでしょうか? 緩和ケアとは何なのでしょうか? 緩和ケアについての誤解についてお話ししましょう。がんの自由診療については、以前の記事を参考にしてください。(医師主導ウェブサイト「Lumedia<ルメディア>」のスーパーバイザー、勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授の原稿を北里大学医学部付属新世紀医療開発センターの佐々木治一郎教授がレビューした上で掲載します)
誤解されている緩和ケア
がんの標準治療(注1)には、3大治療と呼ばれる手術、放射線治療、抗がん剤の三つがありますが、忘れてはいけない標準治療が「緩和ケア(注2)」です。
「緩和ケア」について「終末期医療」「最後に行う医療」「治療をあきらめた場合行うもの」のようなイメージをお持ちでないでしょうか?
緩和ケアは、がんの終末期だけでなく、がんと診断された時から始まります。手術や放射線治療、抗がん剤などの積極的治療と並行して行うものであることは、以前の記事でもお話ししました。
緩和ケアはがん医療で大切な医療ですが、がんを縮小させたり、延命させたりするという治療的な効果はない、と長らく考えられていました。緩和ケアの重要性は繰り返し訴えられていても、一般の患者さんには「緩和ケアは痛みを取るだけで、治療的な効果はない」とネガティブなイメージでとらえられてしまうのが現状でした。
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ところが、緩和ケアに延命効果があったという衝撃的な論文が発表されたのです。
生活の質が向上し生存期間も延長された
2010年に医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に掲載されたこの研究は、ハーバード大学医学部の腫瘍内科医のTemel医師らが実施しました(注3)。手術適応のない進行肺がん患者さんを、抗がん剤(化学療法)のみを行う群(化学療法単独群)と、抗がん剤と並行して、月1度の緩和ケアチームの外来受診を行う群(早期緩和ケア群)とにランダムに分けて、結果を比較しました。
緩和ケアチームは、緩和ケア専門医師やがんの専門看護師で構成されました。進行がんの診断時から、緩和ケアチームが関わりますが、ほとんどの患者さんは、診断された時点では痛みなどの身体症状はあまりありません。緩和ケアチームの主な仕事は、患者さんの生活の質(クオリティー・オブ・ライフ、QOL)を向上させるための日常の過ごし方の相談や、治療法選択の意思決定の支援、がんと向き合うための考え方などについて関わったそうです。
この結果、早期に緩和ケアを受けた群では生活の質が向上したばかりか、うつ症状も少なく(化学療法単独群で38%、早期緩和ケア群で16%)、有意な生存期間の延長(化学療法単独群で生存期間中央値8.9カ月、早期緩和ケア群で11.6カ月と、2.7カ月の延長)をもたらしました(図1の左側)。2.7カ月の延長を短いととらえるかもしれませんが、抗がん剤を使っても2.7カ月の生存期間を延長させるのは、簡単ではありません。
図1 肺がんに対する早期緩和ケアとオプジーボ(ニボルマブ)の効果
ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑先生が開発に携わったニボルマブの肺がんに対する生存期間の延長効果は、2.8カ月と報告されています(注4)(図1の右側)。
この二つの臨床試験の結果は、対象とした患者群が異なリます(早期緩和ケア試験では初回治療、ニボルマブ試験は2次治療)し、患者数や試験の目的が違う(早期緩和ケア試験では、主に生活の質を主要な評価項目としていた)ため、単純な比較はできません。しかし、副作用のほとんどない緩和ケアを抗がん剤治療と並行して早期に導入することで、延命効果をもたらした結果は世界中のがん治療医に衝撃をもたらしました。米国では、この結果から、外来での緩和ケアが全米に広がるようになったそうです。また米国臨床腫瘍学会(ASCO、日本での癌(がん)治療学会、臨床腫瘍学会に相当)は、緊急提言として、進行がん患者に対する早期の緩和ケアを積極的治療と同時に行うよう強く推奨しました(注5)。
Temel医師はこの後にも、追加研究結果として、早期緩和ケア群で亡くなる最後の2カ月以内に点滴の抗がん剤をしていた患者さんは24%であり、抗がん剤のみ群46%と比べて有意に少なかったと報告しています(注6)。つまり抗がん剤治療を早めに打ち切ったことを示しており、早期緩和ケアによる延命効果の要因には、抗がん剤中止による生活の質の向上が関与していたのではないか、と推測されています。
終末期の抗がん剤治療が持つ問題
亡くなる直前まで行う抗がん剤治療は、「終末期の抗がん剤治療」と呼ばれています。その定義は、亡くなる数カ月から数週間以内に行う抗がん剤治療です。誰しも亡くなる直前まで副作用のある抗がん剤治療を行いたくはないでしょう。終末期まで抗がん剤治療を行ってもかえって生活の質を落とし、延命効果もないことは上述した研究以外にも複数報告されています(注7~9)。また、終末期まで抗がん剤治療を行うと集中治療室(ICU)で亡くなる割合が増え、在宅死の割合が減るなどとも報告されています(注9)。
このようなデータがあるので、終末期までは抗がん剤治療を続けたくありませんが、実際にはなかなかうまくいきません。終末期にまで抗がん剤を続けてしまう要因には、患者さんがいつ亡くなるかが予測不明なことに加えて、医師側と患者さん側のそれぞれの要因があります。
私が国立がんセンター(現国立がん研究センター)中央病院に在籍していた時代に、レジデントの医師に終末期まで抗がん剤治療を行っていた要因を調べてもらったところ、45歳以下の患者、主治医による緩和ケアへの紹介がない、という点が最も大きい要因とわかりました(注10)。つまり、主治医が治療に一生懸命になるあまり、抗がん剤を早く打ち切って緩和ケアへ紹介することができずに、終末期まで抗がん剤治療を行ってしまうということです。
また患者さん側の要因として「がんを治したい、治るもの」と強く思っている方が、亡くなるまで抗がん剤を使う割合が多かったことが報告されています(注11)。
抗がん剤をいつまで継続するのか、早期にやめるのがよいのかは、とても難しい判断です。また患者さんが「治療をやめたくない、何かないのか?」と考えてしまうのは当然です。だから主治医から「治療をやめた方がよい、後は緩和ケアを勧めます」と言われると、途方に暮れてしまうのでしょう。
そのような際に、専門医によるセカンドオピニオンを受けるのも大切ですが、緩和ケア医に相談するというのも良い選択肢です。
患者との信頼関係を高めることが良い結果に
日本でも、早期の緩和ケア、診断時からの緩和ケアが大切という知識は普及しつつあります。進行がん患者さんへの早期の緩和ケアで最も大切なのは、症状の緩和より、むしろ患者さんとのコミュニケーションを大切にして、信頼関係を高め、病状の理解を促し、治療の目標を明確にすること(治癒が目標ではなく、がんとうまく共存をしていくこと)だったと報告されています(注12)。その背景には信頼関係を構築した上で、治療方針の選択にも関与したこと、つまり過剰な抗がん剤治療を行わなくなったことが貢献したと考察されています。
早期の緩和ケアの研究は現在も積極的に行われていて、これまで七つのランダム化比較試験が行われ、統合解析(メタアナリシス)の結果(1614人の患者データによる)も報告されています。最新のメタアナリシスによると、進行がん患者さんに早期の緩和ケアを導入すると、確実に生活の質を高め、がんによる症状緩和を抑えることがわかりました(注13)。残念ながら、延命効果に関しては、まだしっかりとは証明できませんでしたが、今後のさらなる研究が必要であると結論しています。
こうした研究結果を受けて、米国臨床腫瘍学会では、進行がん患者さんに対して、診断から2カ月以内に外来または入院での早期緩和ケア導入をすべきだと強く推奨するガイドラインを17年に出しました(注14)。
がん治療で何が最善な治療かを考える際には、延命効果も大切ですが、もっと大切なのは患者さん自身の生活の質の維持です。がん治療で延命できても、生活の質を落としてしまっては、何のために治療をしているのかわからなくなってしまうからです。
そういった意味でも、緩和ケアが進行がん患者さんの生活の質を高めるというエビデンスは明らかであり、がんの標準治療の一つとして考えてよいと思います(「がんの『標準治療』って、何?」)。
主治医の説明にも問題がある
緩和ケアは、日本では「終末期に行うもの」「治療法がなくなってから行うもの」「緩和ケアになったら死ぬしかない」などの印象にとらわれています。緩和ケアは積極的治療(手術、抗がん剤、放射線治療)と併用して行いますが、誤解を生んでしまう原因の一つは主治医の説明です。治療が行き詰まった段階になって主治医が「治療を続けるか、緩和ケアにするか、どちらか決めるように」のように、積極的治療と緩和ケアを二者択一のように並べて説明することが多いのです。また「あなたには標準治療は終了しました。もう治療はありません。今後は緩和ケアを勧めます」といった、患者さんを見放すような説明が多くの施設で行われています。
緩和ケアが標準治療の一つとして、積極的治療と併用して行うものという認識が医療界全体に広がっていないことも要因だと思います。
緩和ケアは標準治療の一つです。そして早期緩和ケアとはがんとうまく付き合っていくための治療であり、そのために、抗がん剤治療をやめるのも良い選択肢になります。それは決して治療をあきらめる意味ではなく、患者さんの生活の質を向上させるのです。「過剰な抗がん剤は延命どころか、むしろ命を縮める可能性もある」という認識が医療界にも、一般の人にも広がってほしいと思います。
冒頭のセカンドオピニオンの患者さんには「治療はなくなりません。緩和ケアも大切な治療ですし、標準治療の一つです」と話しました。そのうえで「抗がん剤は命を縮めるかもしれません。大切なことはあなたの生活の質を高めていくことです。あなたの楽しみは何ですか」と尋ねました。すると、「コーラスをやっていて、来月にコーラスの発表会があります」と言うのです。
「大切なことを言っていただいてありがとうございます。コーラスの発表会に出演することを目標にして、どんな治療が必要かを考えていきましょう」とお話しすると、「そうなんですね。治療がないと言われて、途方に暮れていましたが、コーラスやってよいことで希望がもてました」と笑顔を見せました。
後日、患者さんのご家族から、写真を添えて、無事にコーラスの発表会に出られたことと、また、自由診療は受けずに、在宅の緩和ケアにうまくつながったことの連絡を受けました。
参考文献
1.標準治療.がん情報サービス用語集.
2.緩和ケア.がん情報サービス.
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1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。