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毎日新聞2024/5/7 東京朝刊有料記事998文字
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パレスチナの街を歩くとあちらこちらで「鍵」を見かける。巨大なオブジェや壁に描かれた鍵と鍵穴のイラスト――。
イスラエルがパレスチナでの建国を宣言した1948年5月、多くのパレスチナ人が自宅を追われ難民となった。街で今も見かける「鍵」は、当時の家の鍵を意味する。奪われたあのわが家に「いつかきっと帰る」という思いが込められている。
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世界各地で和平仲介・調停に取り組む非営利組織の代表らが年に一度の総会を日本で開いた。笹川平和財団(東京都)は先月22日、その代表者らによる講演会を開催。財団平和構築支援グループの堀場明子・主任研究員らと現状や課題について話し合った。
その後の懇親会で、ベルリンに拠点を置く非政府組織「バーゴフ財団」副事務局長のクリス・コールターさんから、パレスチナ自治区ガザ地区出身のある男性の話を聞いた。
ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスが昨年10月7日にイスラエルを急襲した事件から約40日後、男性はガザ南部への退避を迫られた。自宅を出る時、鍵を閉める自分の手を見て複雑な、いたたまれない思いにおそわれたという。
「これか。これが祖父が1948年に覚えた感覚か」
パレスチナ人はユダヤ人が建国を宣言した5月14日の翌15日を「ナクバ」(アラビア語で「大惨事」)と呼ぶ。男性の祖父は自宅を失い難民となった。75年を経て、今度は孫である自分がわが家を追われている。
「この鍵は大事に取っておこう」。男性は妻にそう語った。
イスラエルのヘルツォグ大統領はハマスの攻撃を「ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)以来の虐殺だ」と非難した。その後の終わらない戦闘がガザ市民に新たなる「ナクバ」という心の傷を負わせている。コールターさんらはバーゴフ財団で、トラウマ(心的外傷)が紛争に与える影響やその連鎖について調べているという。
イスラエルの政治家らは「ネバー・アゲイン(二度と繰り返すな)」という言葉を口にする。ホロコーストのような事件が二度と起きぬよう、それをもくろむ者とは徹底的に戦うという意味だ。
コールターさんの同僚で仲介・開発シニアアドバイザーのラクシ・ビマララジャさんは、「その言葉は他者にもあてはまるべきもの」と語る。イスラエルは、他の人々にもそれを約束すべきだという。
ネバー・アゲイン。紛争で自宅を追われる人をなくすための誓いの言葉にしたい。(専門記者)