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毎日新聞2024/5/8 東京朝刊有料記事995文字
<sui-setsu>
経済界にとって今世紀最大のミステリーである。「サトシ・ナカモト」とは一体、何者なのか?
名前の響きから、日本人のような印象を受ける。しかし、その正体は誰も知らない。本人に直接、接触した人がいないからだ。
始まりは2008年、ナカモト氏名義でインターネット上に投稿された論文だった。
そこには金融機関を通さずに安全、かつ低コストで資産を取引できる画期的なアイデアが盛り込まれていた。
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この構想を具現化し、09年に誕生したのが仮想通貨(暗号資産)、ビットコインだ。提唱者のナカモト氏は一躍、脚光を浴びた。
だが、ナカモト氏はビットコイン誕生からほどなく、表舞台から完全に姿を消してしまう。
「サトシ・ナカモト」が本名なのか、偽名なのか。国籍はもちろん、個人名か、複数人による共同名義なのかすら分からない。
メディアの追跡劇も結局、空振りに終わった。米誌ニューズウィークに「彼がナカモトだ」と名指しされた米国在住の日系人は、すぐに報道を全面否定した。
「生みの親」の正体が不明なまま、ビットコインの存在感だけがみるみる高まっていった。
取引価格は今年、一時7万ドルの大台を突破した。追随した他の仮想通貨の多くが失速する中、ビットコイン人気は際立っている。
「金のなる木」には人が群がる。「我こそがナカモトだ」と名乗り出る人物も後を絶たない。
代表格が豪州出身のコンピューター科学者、クレイグ・ライト氏だ。ビットコインに関する知的財産権は提唱者である自分にあると主張し、訴訟を乱発している。
どうなることかと推移を見守っていると、3月に英国から1本のニュースが飛び込んできた。
現地の裁判所が「クレイグ氏はサトシ・ナカモトではない」と断じたという。
現地メディアによると、裁判官は、関係を否定する「圧倒的な証拠がある」と自信満々だ。ミステリーは再び振り出しに戻った。
今のところ、ビットコインの評価は固まりきっていない。有望な金融商品だと前向きに評する向きもあれば、「投機の対象にすぎない」と警鐘を鳴らす人も多い。
ただ、間違いないことが一つある。ビットコインの登場が公的な「通貨」を基軸とした既存の商習慣を大きく揺るがしたことだ。
ナカモト氏の実在が確認されれば、ノーベル経済学賞の有力候補となるだろう。本人はこうした現状をどんな思いで眺めているのだろうか。(専門記者)