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前回、がん検診にはメリットだけでなく、過剰診断や過剰治療というデメリットがあると説明しました。受けるべきは国が推奨するがん検診と解説しましたが、世の中には、陽電子放射断層(PET)検診や腫瘍マーカー検診が広く使われ、また最近テレビなどで線虫による「がん検診」も宣伝されています。これらに科学的根拠があるのか、受けるべきなのかという点を、医師主導ウェブサイト「Lumedia(ルメディア)」のスーパーバイザーを務める勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授が解説します(この記事は渡辺清高・帝京大医学部腫瘍内科病院教授がレビューしました)。
病院の利益につながるPET検診
PET検査(注1)とは、ブドウ糖ががんに取り込まれる性質を用いて、放射性フッ素を付加したブドウ糖(FDG)を静脈から注射し、FDGが多く集まる部位を画像から特定してがんを診断する検査です。コンピューター断層撮影装置(CT)スキャンと組み合わせて三次元的な画像にし、がんの形態的特徴を捉えるPETーCT検査もあります。
PET検査は、がんに対する特異度(がんではないものを正確にがんではないと判定する割合)が約95%と高く、近年、多くのがんの病期診断や治療の評価に使われています(特異度が高い検査の場合、結果が陽性であればその病気を持っている確率が非常に高いことになります。特異度が高いと、がんでないものをがんと判定してしまう「偽陽性率」は低くなります)。
しかし、検診として推奨する科学的根拠はありません。なぜかというと、国立がん研究センターの研究で、PET検査は従来の検査に比べて、感度(がんを正しくがんと判定する割合)が17.8%と非常に低かったことが報告されているからです(注2)。感度17.8%とは、偽陰性つまり見逃されたがんが82.2%もあったということです。見逃されたがんは胃がんや前立腺がんなどでした。これだけ見逃されるがんがあると、検診をする意味がなくなってしまうので、一般市民に推奨できる検査ではないということです。
また死亡率を減少させるという検診の最も重要なメリットも明らかになっていません。PETは特異度が高いので、検診に使うよりは、他の検査でがんの疑いがあるとわかった際に、精密検査として用いるべき検査なのです。
それにもかかわらず、PET装置を有する多くの病院などが「がんの早期発見」のためにPET検診を行っているのはなぜでしょうか。PET検診は公的医療保険が適用されず、自費で非常に高額な費用がかかります。PET装置を有する病院としては、自費での検査は直接病院に利益として入ってくるので、PET検診は利益誘導のためには有益だと言えるのかもしれません。
本来はがん診断後に使う腫瘍マーカー
腫瘍マーカー(注3)とは、がんの種類によって特徴的に作られるたんぱく質などの物質で、血液や尿を採取して検査します。腫瘍マーカーは40種類以上あり、CEA、CA19-9、PSA(前立腺特異抗原)、CA125などが代表的です。腫瘍マーカーは本来、既にがんと診断がついた患者の補助診断や、治療の効果判定の補助診断などに使います。
それを「がんの早期発見」に利用しようというのが腫瘍マーカー検診です。しかし腫瘍マーカーは、がんの有無とは無関係に高い値になったり、がんがあっても値が高くならなかったりするため、がんの早期発見に必ずしも有効とはいえません。腫瘍マーカーの中でも、相対的にがん診断の感度が高いPSA (注4)やCA125 (注5)に対して、海外でも大規模な研究が行われましたが、両者ともがんの死亡率を低下させるまでのエビデンスは得られませんでした。その結果、がん検診としては推奨されていません。日本では、腫瘍マーカー検診をオプションとして提供している地方自治体や人間ドックがありますが、腫瘍マーカー検診は、決して推奨できる検診ではないことを知っておいてください。
日本で科学的根拠なく行われているPET検診や腫瘍マーカー検診は、過剰かつ無駄な検査であり、受ける人にとってメリットが少ない医療です。2015年に総合診療医の有志が設立した「総合診療指導医コンソーシアム」が作成した「無駄な医療」のリスト(図1)にも、PET検診と腫瘍マーカー検診は挙げられています(注6、7)。またPETによるがん検診は米国の核医学学会でも推奨していません(注8)。
図1信頼度が低い線虫がん検査の研究
では線虫がん検診はどうでしょうか。最近はテレビなどでも宣伝をよく目にしますね。線虫ががんのにおいに反応する性質を利用して、がんの早期発見に使おうとするものです。
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その科学的根拠について、実際に公表されている文献を見てみました。論文は運営会社のホームページに掲載されています(注9、10)。臨床研究について報告した論文は35報であったとのことですが、このうち、査読(第三者がレビューをした後、掲載に値するかどうかを厳密に判断する)があり、かつ学術データベース「Web of Science」に掲載されている医学誌は5報のみでした(注11-15)。「Web of Science」は、お金さえ出せば論文を掲載する、質が低い論文誌(ハゲタカジャーナル)を除外した、いわば信頼性の高い論文誌のデータベースです。
5報の報告はすべて後ろ向き研究でした。後ろ向き研究とは、あらかじめがんの診断がついた患者さんから採取した尿と、がんでないことがわかっている人から採取した尿とを比べる研究です。結果がわかった時点からさかのぼって調べるため「後ろ向き研究」と呼ばれます。例えば、膵臓(すいぞう)がん患者104人の尿と、95人のがんでない人の尿を使った研究(注13)では、膵臓がんに対する線虫検査 の感度と特異度は、それぞれ 84.6%(88/104)と60%(57/95)でした。この結果だけを見ますと、良い結果のように思われるかもしれません。
しかし、後ろ向き研究にはいろいろな問題点があり、信頼度がかなり低いのです。あらかじめがんとわかっている人の検体を使っているので、評価にバイアス(偏り)がかかります。また、比較する対照(コントロール)群に関しては、がん以外の疾患を入れていないので、診断の精度が問題になります。例えば、慢性膵炎などの疾患も区別できるかどうかについての検討がなされていません。
図2
後ろ向き研究の欠点を補うためには、もっと信頼度の高い研究、つまり前向き研究をする必要があります。前向き研究は、コホート研究とも呼ばれます。まだがんがあるかどうかわかっていない人を対象にして、線虫で検査し、陽性となった人の何%ががんと診断されるのかを調べたら、より精度の高い研究になるでしょう。
治療に関するエビデンスの評価の仕方は、「賢い医療情報の探し方 科学的に効果があるとは?」でも解説しました。がん検診に用いるエビデンスレベルがあり、オックスフォード大学のEBMセンターによるエビデンスレベル(注16)が有名です(図2)。この表に則せば、線虫検査の研究結果は、すべてLevel4です。あらかじめがんであるとわかっている人を後から調べた研究は、ケースシリーズや症例対照研究、もしくはヒストリカル対照研究に該当します。より正確で、信頼性が高い研究結果は、Level3以上の研究です。さらにレベルの高い研究はランダム化比較試験(注17)といって、検診を受ける人と受けない人をランダムに分けて、長期的な死亡率低下までを検証します。そして、Level1のランダム化比較試験をまとめて解析したシステマティックレビューで検証されるようなエビデンスが得られますと、ガイドラインでも推奨されるような検診になっていきます。
残念ながら、線虫検査はLevel4の研究レベルなので、さらなる研究を重ねてLevelの高い研究結果を出してほしいと思います。したがって、現時点ではがん検診としての線虫検査はまだ一般に推奨できるレベルには至っていないと思われます。
実はさらに研究が求められている肺がん検診
エビデンスレベルの話をしたので、追記します。前回、日本で推奨されているのは、大腸がん、子宮頸(けい)がん、乳がん、胃がん、肺がんの五つのがん検診だと解説しました。このうち、肺がん検診(胸部エックス線+喀痰〈かくたん〉細胞診)は、日本で行われた五つの症例対照研究(注18-22)のうち、四つの研究で、死亡率低下が証明されたとして推奨されました。しかしエビデンスレベルをみると、症例対照研究なので、Level4 に該当します。一方、海外(米国とチェコスロバキア)では、Level2のランダム化比較試験が行われており(注23、24)、これらの二つのランダム化比較試験では、胸部エックス線検査+喀痰細胞診による肺がん検診での死亡率低下は認められませんでした。
厚生労働省の研究班による「肺がん検診ガイドライン」(注25)では、日本の研究結果は、症例対照研究ではあるものの、解析でバイアスを補正するなどの手法を使っているので、肺がんエックス線検査によるがん検診について、総合的に信頼性が高いと判断し、推奨に至っています。世界的には、肺がんのエックス線によるがん検診を国家的に推奨しているのは、日本とハンガリーのみです。
米国政府に専門的意見を勧告する米国予防医学専門委員会(USPSTF)は、低線量CTとエックス線のランダム化比較試験の結果、低線量CTに死亡率を低下させる証拠(注26)が得られたとして、21年3月、喫煙歴により肺がんリスクが高い(年間20箱の喫煙歴があり、現在喫煙しているか、過去15年以内に禁煙した人)50~80歳に対し年1回の低線量CTを勧める内容の勧告を発表しました(注27)。
ハンガリーは、肺がんの罹患(りかん)率が世界で最も高い国の一つであり、胸部エックス線検診を国のプログラムにしていましたが、エビデンスが弱いことから、最近では低線量CTによる検診プログラムに取り組んでいると報告されています(注28)。日本も、エビデンスレベルの高い研究を行い、適正な検診に取り組むことが望まれます。
がんの早期診断と検診は区別すべきだ
図3
「がんは早期発見、早期治療が大事」とよく言われます。しかし、がんの診断に関しては、早期診断と検診とは分けて対応すべきです。早期診断とは、つまり、何らかの症状があり、がんの診断を早くつけることです。例えば、次のような症状がある場合には、がんである可能性があるので、なるべく早く医療機関を受診すべきです。下血・血便、血尿、喀血・血痰、嚥下(えんげ)困難、この他にも、原因不明の熱、リンパ節の腫れ、寝汗、原因不明の体重減少、原因不明の腰痛、乳房のしこり、異常な性器出血などの症状があり、症状が持続する際には、医療機関に相談しましょう。英国の英国立医療技術評価機構(NICE)でも、がんを疑わせる症状が2週間以上続くようであれば、専門医を受診する(注29、30)よう勧めています。
がんのスクリーニング(検診)とは、無症状の一般市民を対象とした検査プログラムを指します。がん検診に関しては、これまで述べてきたように、メリットだけでなく、見落としや偽陽性の問題、過剰診断、過剰治療などの問題があり、すべてのがんに対して推奨されるものではなく、一部のがんにのみ推奨されます。
世界保健機関(WHO)でも、がんのスクリーニングと、早期診断とは区別するようにと述べており(注31)(図3)、WHOが勧めるがんスクリーニングプログラムは、子宮頸がん、大腸がん、乳がんの三つのみとしています。スクリーニングは国民全体を対象とした大規模なものになるのに対して、早期診断は、症状のある人を対象とするため、大きな費用はかかりません。早期診断を阻む障壁は、アクセスの遅れ、診断の遅れ、治療の遅れ、費用や精神的な問題などですが、これらの障壁を取り除くためにも、早期診断プログラムをしっかりと進めていくべきだとしています。
日本のがん検診の進むべき道は?
日本は国民皆保険の国であり、大病院にも自由に受診できます(フリーアクセス)。日本においては、早期診断の遅れに関する問題はあまり報告されていません。むしろ、過剰な「がん検診」が行われていることが問題です。過剰な検診や過剰な治療が行われないようにすること、正しく適正な医療を行うことが日本の進むべき方向だと思います。
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勝俣範之
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。