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毎日新聞2024/5/12 東京朝刊有料記事1733文字
=猪飼健史撮影
イスラエルとハマスの戦いで非人道的な攻撃が続く中、米国の大学キャンパスで始まった若者の抗議デモが、世界各国に広がっている。一方、日本の大学キャンパスでは、米国レベルのデモは起こっていない。
それは、日米の大学の運営形態の違いが影響しているのかもしれない。米国の学生は大学執行部に対して主に「ダイベストメント」を要求している。これは、大学が保有する基金や集めた寄付の一部を資産運用する際、イスラエル関連企業に資金が流れないよう求めるものだ。米国の大学は多額の寄付財産を運用しており、例えばコロンビア大学では2023年に136億ドルの寄付財産があった。
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投資の引き揚げを意味するダイベストメントは、1980年代に南アフリカのアパルトヘイトに対する抗議にも使われ、最近では化石燃料に投資しないという運用方法も見られる。ただしイスラエル関連企業を対象にした例はなく、そもそも関連企業の線引きが難しすぎると指摘されている。
また米国の大学はパレスチナ自治区ガザの問題で、国民や政府との摩擦にも難題を抱える。昨年から今年にかけ、学生がイスラエルへの抗議運動を過熱させた際、反ユダヤ主義を放置したとして、ペンシルベニア大学とハーバード大学の学長が辞任に追い込まれた。
今回の学生デモについても、米国民の半数近くは眉をひそめているとされる。ユーガブ社の世論調査によれば、成人の47%が学生デモに反対で、賛成は28%だった。ただし30歳未満の有権者層に限ると、デモに強く反対するのは12%にとどまり、年齢が高くなるにしたがって反対が増え、65歳以上では56%が強く反対している。
そこでバイデン大統領は、デモ自体は支持しつつも、暴力や違法行為は許されるべきでないとする記者会見を2日に行った。11月の大統領選挙で若者の支持を確保したい思惑もあり、中東政策の見直しはないと述べつつ、二兎(にと)を追う姿勢を示している。
バイデン氏にとって、問題の根源はイスラエルの非人道的な戦い方である。学生デモを鎮めるためにも、イスラエルとハマスの戦いを止めなければならない。そこで、いよいよイスラエルへの弾薬輸送の一部停止にも踏み切ったのだが、効果は薄そうだ。
弾薬供与停止に、共和党は大反発している。ジョンソン下院議長とマコネル上院院内総務は共に、「イランやその代理勢力をあおることになる」と武器供与方針の変更を非難する。共和党にとって、ガザの悲劇の発端はあくまでも、ハマスがイスラエルで1200人を殺害して250人を拉致した事件だからである。
USAトゥデー紙の世論調査によれば、共和党支持者では64%が学生デモは反ユダヤ主義に根付くと感じており、これが民主党支持者では26%にとどまった。トランプ氏はこれを好機ととらえ、バイデン政権が米国を混乱に陥れているという選挙戦略をとる。ハーバード大学が30歳未満の若者を対象に行った世論調査によると、20年の選挙では60%がバイデン氏に投票したが、現在ではバイデン氏支持は45%にとどまり、一方でトランプ氏支持は37%へと上昇している。
また、ロシアや中国などの外国勢力が400種類を超えるネット記事やなりすましアカウントを使って若者にアプローチし、バイデン政権やイスラエルの非人道的な攻撃への非難と、パレスチナへの同情をあおっている証拠があると、ニューヨーク・タイムズ紙は伝えている。米国が混乱すればするほど、国益に直結すると見立てる国々があっても不思議ではない。
日本では、学生のデモは平和を求めるものだと理解される場合が多く、どちらかというと共感を得やすい傾向がある。日本政府がガザの即時停戦を求めても、日本人の多くは反発しないが、米国にはそれが実質的にハマスを支持しイスラエルやユダヤ系アメリカ人を危険にさらすという指摘が多く存在し、日米世論の隔たりは大きい。
11月の大統領選挙に向け、学生の抗議運動やガザでの戦争の行方は、バイデン氏再選の大きな足かせになる可能性がある。二兎を追う姿に愛想を尽かす有権者も増加するだろう。大統領は今後、それらの根本原因である戦争の終結を画策し続けることになる。=毎週日曜日に掲載