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毎日新聞 2023/7/5 08:00(最終更新 7/5 08:00) 有料記事 2176文字
①ペデスタルの鉄筋=3月29日撮影、国際廃炉研究開発機構提供
東京電力福島第1原発事故でメルトダウン(炉心溶融)した1号機で、原子炉を支える鉄筋コンクリート製の土台(ペデスタル)が大規模に損傷していた。どんなリスクがあるのか。事故から12年がたち、新たな課題や謎が浮上している。
視界が悪い水の中、カメラを横に向けると、そこにあるはずのコンクリート製の壁が消え、鉄筋がむき出しになっていた――。
これは、東電が今年3月に公開した、1号機のペデスタル内部を初めて調査した水中ロボットが撮影した映像だ。
ペデスタルは、重さ440トンもの原子炉圧力容器を支えている。直径は約6メートル、壁の厚さは1・2メートルの筒状で、内部の空間はおもに制御棒の点検や交換に使われていた。
東電によると、コンクリートは約1メートルの高さまで、ほぼ全周でなくなっていた。一部では、壁の中心に入っている鉄板まで露出しており、厚みの半分が失われたことになる。
東京電力福島第1原発1号機内の燃料デブリとみられる堆積物=2022年2月、東電提供
1号機は、2、3号機に比べて炉心溶融が激しかったことがわかっており、ほとんどの燃料が溶け落ちて圧力容器を突き破り、落下したとみられている。高温の溶融燃料がコンクリートと反応し、大規模な損傷が起きたと考えられている。
廃炉の研究開発を担う国際廃炉研究開発機構(IRID)は2016年、事故のシミュレーションをもとに、ペデスタルの約4分の1が消失していると推定。22年5月に東電がペデスタルを外側からロボットで調査した際にも、すでに一部のコンクリートに損傷が確認されていた。
だがこれほどの損傷は、想定を超えるものだった。
新たに浮上したのが、損傷したペデスタルが地震に耐えられるのかという問題だ。
原子力規制委員会の更田豊志委員長(当時)は、一部損傷がわかった時点で「ペデスタルの支持力がことのほか落ちていたらどうなるのか、しっかり考えておく必要がある」とくぎを刺していた。
しかし、東電はあくまで楽観的だった。
東京電力福島第1原発1号機へ来年3月に投入される予定の水中ロボット。手前下と上部にカメラがついており、原子炉を支える土台内部の撮影を目指す=国際廃炉研究開発機構、日立GEニュークリア・エナジー提供
東電がペデスタル内部にロボットを入れたのは、それから約10カ月も後のことだ。調査で大規模な損傷が発覚しても「仮に支持機能を失った場合でも、圧力容器が沈んだり傾いたりする影響は限定的」「周辺に著しい被ばくのリスクを与えることはない」などと規制委に説明。当面、耐震評価に限って影響を調べる方針を示した。
だが、規制委は納得しなかった。東電の対応が遅いとみたためだ。
ペデスタルが圧力容器を支えられなくなることも「前提」とした上で、その場合に構造上どんな影響があるか、外部に放射性物質が漏れ出す可能性があるか、それを防ぐどんな対策が打てるのか――を早急に検討するよう、5月に東電に指示したのだ。
山中伸介委員長は「安全上のリスクが極めて大きいとは考えていない」と断ったうえで、こう苦言を呈した。
「一部損傷がわかった時点から(東電に)対応してほしかった。耐震評価には時間がかかるので待っていられず、何ができるのか検討することが必要だ」
東電は指示を受けてようやく、6月に評価結果を示した。
東京電力福島第1原発1号機。事故から10年以上が過ぎても廃炉への道筋は見通せていない=2022年8月21日午後2時14分、本社ヘリから
圧力容器を覆う格納容器に10センチ以上の穴が開いた場合、燃料デブリの一部が外部に放出されたとしても環境への影響は小さいとし、気体から放射性物質を取り除くフィルター付き排気設備を新たにつくるとした。
だが規制委は、東電の評価はまだ不十分とみて、検討が続いている。
東京都市大の牟田仁准教授(原子力安全工学)は、「1号機は損傷の割合が大きく、他と比べ影響が大きかったのだろうが、壁がこれほどまでに損傷しているのは衝撃的だった。鉄筋が太いのである程度の強度はあると思うが、次に大きな地震があった時、崩壊したり破損したりする可能性がないとは言い切れない」と危惧する。
その上で「ペデスタルそのものの補強工事は現実的ではない。起こりうる事象を先に検討してから可能な対策を考えていくべきだ」と指摘する。
東京電力福島第2原発3号機の圧力容器のペデスタル内部。上部には、制御棒駆動装置を納める器具が並んでいる=福島県富岡町で2016年11月1日、山崎一輝撮影
ペデスタル内部でどんな現象が起きたかも、謎が残っている。多くのコンクリートが失われた一方で、鉄筋は大きな損傷がなく、ほぼ原形をとどめていたためだ。
大阪大大学院の村田勲教授(中性子工学)らのチームは、ペデスタルを模擬したコンクリートを熱し、損傷するのか調べる実験をしている。
1200度まで熱するとコンクリートが溶けて黒くなることを確認したが、映像では、白い構造物が目立っていた。一方で、まだ溶ける温度ではない600度まで熱したところ、力を加えるとボロボロと崩れ、強度が低下することがわかった。
これが大規模な損傷に影響した可能性もあると、村田さんはみている。
①付近の底で撮影された堆積物=3月28日撮影、国際廃炉研究開発機構提供
東電の映像では、ペデスタルの床は棚状などの堆積(たいせき)物に覆われ、原子炉の出力を調整する制御棒の駆動装置などが落下していた。一方、溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)は、それとみられる黒い塊はあったが、はっきりと形がわかるものは見つからなかった。
村田さんは「上から核燃料とともに多くのモノが落ちてきたはずだが、まるで誰かが掃除したように周りが見えていたのが印象的」と話す。
牟田さんは、プラント内で何が起きたのか、調査で明らかにすることが重要だと指摘する。「燃料デブリを中心にプラント内部の状態を一つ一つ明かしていくことで、より具体的な対策が立てられるはず。1号機はまだデータが十分ではなく、継続的に調べていくべきだ」【土谷純一】