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FDAにより正式承認された抗体医薬「レカネマブ(製品名:レケンビ)」。アメリカでは、1月の迅速承認後に販売を開始。価格は年2万6500ドル(約380万円)。
米食品医薬品局(FDA)は6日(現地時間)、エーザイ主体で米バイオジェンと共同開発した抗体医薬「レカネマブ(製品名:レケンビ)」を、アルツハイマー病(AD)の治療薬として正式に承認した(※)。ADの原因物質とされる異常たんぱく質「アミロイドβ(以下、Aβ)」に作用して症状の進行を抑える「疾患修飾薬」としてのフル承認は初。AD治療薬の正式承認は実に20年ぶりとなる。米保健福祉省のメディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)は、疾患登録システムへの参加を条件に、高齢者向け公的医療保険制度「メディケア」の適用対象にすると発表(※)。AD治療における大きな転換期を迎えた。【西田佐保子】
日本でも承認申請中で高まる新薬への期待
ADは、症状が出る約20年前から脳内にAβが蓄積し始め、さらにリン酸化したタウたんぱく質がたまり、神経細胞が破壊されていく病気だ。
レカネマブは、2週間に1回、10mg/kgを静脈注射(点滴)することで、抗体がAD発症の「引き金」とされるAβに結合して除去し、疾患の進行抑制を狙う。脳内にAβ蓄積のある、ADが原因の軽度認知障害(MCI)の人と軽度アルツハイマー病患者が治療対象者となる。
医薬品としての承認を得るために行う同薬の最終治験「Clarity AD(第3相臨床試験<P3>」では、プラセボ群との18カ月比較で、薬の有効性を判断する項目であるCDR-SBスコア(記憶、見当識、判断力、問題解決など6項目)の悪化を27%抑制。認知機能の低下を5.3カ月遅らせた。
現在、日本で承認されているアルツハイマー病の薬は、ドネペジル(製品名:アリセプト)を含む4種類で症状の緩和を目的とした「対症療法薬」のみ。エーザイとバイオジェンによる別の抗Aβ抗体薬「アデュカヌマブ(製品名:アデュヘルム)」はFDAにより迅速承認されたものの、国内での販売承認は見送られた(※)。レカネマブは、日本でも1月に薬事承認を申請しており(※)、エーザイは承認時期を「遅くとも9月まで」としていることからも注目度は高い。
では、具体的に治療対象者を判断するためにどのような検査が必要で、どれだけの期間投与するのか――。
その疑問に答えるのが、3月に公表されたアメリカにおける「適正な使用に関する推奨事項( LECANEMAB: APPROPRIATE USE RECOMMENDATIONS)」(※)だ。
米ネバダ大学のジェフリー・L・カミングス博士を含むAD臨床研究の専門家によるワーキンググループが、レカネマブを臨床の現場で適切に使用するための推奨事項などを論文にまとめた。
東京大の教授で日本認知症学会理事長の岩坪威さんは、「さまざまな課題も議論していますね。非常に重要な内容を含んでいると思います」と評価する(※)。
ApoE4遺伝子の有無を調べる遺伝子検査を推奨
AURは、使用上の注意や用法・用量、効能や副作用などの情報を含むFDAの医療者向け「添付文書」(7月に改訂あり)(※)、治験のデータ、専門家の意見などに基づいて作成された。
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安全性と有効性を確保するため、治験時と同様の診断と治療を大前提としている。医師は、レカネマブの治療候補者および家族などの介護者に、レカネマブにより得られる利益、そして副作用である脳浮腫や脳微小出血などの「アミロイド関連画像異常(Amyloid Related Imaging Abnormalities、ARIA)」を含むリスク、モニタリングの必要性を説明した上で、使用するかどうか判断する。
治療対象者は50~90歳。投与を希望するMCIの人および軽度アルツハイマー病患者は、脳内におけるAβの蓄積を確認するため、アミロイドPET (陽電子放射断層撮影)、または脳脊髄(せきずい)液中のAβを測定する「脳脊髄液検査」が必要となる。
レカネマブ投与によるARIA発現リスクが高い、四つ以上の微小出血、脳血管疾患の既往歴がある人は対象外。抗凝固薬による治療を行っている患者にも使用を推奨しない。また、レカネマブ治療中には、虚血性脳卒中(脳梗塞=こうそく)を発症しても、血栓溶解治療を実施しないこととしている。
さらに、ARIA発現のリスクが高いアポリポたんぱく質E4(ApoE4)遺伝子の有無を調べる事前の遺伝子検査を推奨。改訂された添付文書にも警告が加えられたが、AD患者の約15%を占める、両親からそれぞれApoE4を受け継いだ人(ホモ接合体保持者)は、ARIA発現率が高いため、注意が必要とされている。
治療開始後も、無症候性ARIAの検出を目的に、定期的に磁気共鳴画像化装置(MRI)の検査を行う(症状がある場合も検査)。そのため、閉所恐怖症の人、心臓ペースメーカー、一部の人工内耳や人工関節などの使用者も適応外となる。
臨床データの蓄積が今後の治療の鍵を握る
AURではARIAについて、「多くは無症状だが、一部の症例では重篤、まれに命を脅かす」と説明している。改訂版の添付文書においても、ARIAに関する言及が増えた。
ARIAには、「脳浮腫(ARIA-E)」と「脳微小出血(ARIA−H)」の2種類がある。P3では1795人(レカネマブ投与群:898人、プラセボ=偽薬=投与群:897人)で、ARIA-Eは12.6%(プラセボ1.7%)で、うち2.8%(同0.0%)に症状があり、ARIA−Hは17.0%(同8.7%)で、うち0.7%(同0.2%)に症状があった。
日本認知症学会理事長の岩坪威・東京大教授
岩坪さんは、「ARIAは抗Aβ抗体薬に共通する副作用です。ただ、レカネマブは、アデュカヌマブや(米イーライリリー社の)ドナネマブなどに比べてARIAの発現率は低い」と指摘し、抗凝固薬については、「本人や介護者にリスクを説明し、理解を得られるならば併用してもいいのではないか」と話す。
「エビデンスが十分ではないので、一定のデータが集まるまでは慎重に投与すべきだ、という論調だったと思います。P3でも添付文書でも、抗凝固薬の使用は許容されています。もちろん、安全のために投与しないという判断もあるでしょう」
気になるのが、65歳未満で発症する「若年性アルツハイマー病」についてだ。P3に参加し解析対象となっレカネマブ投与群859人のうち、50~64歳は166人のみ。レカネマブの投与は可能だが、治験では多くの情報が得られていないとしている。
「64歳以下の若年群で、CDR-SBスコア低下の平均改善率はわずか6%でした。75歳以上は40%です。すでに病理がかなり進んでいるのでしょう。進行を遅らせるには、より早期の介入が必要となるかもしれません」
そして、おそらく多くの人の関心が高い、投薬休止のタイミングについてだが、「レカネマブの有効性の裏付けとなる認知機能の低下などの変化は家庭でも臨床現場でも実感することは困難であろう」との記述はあるが、ズバリの回答はない。
岩坪さんは、アメリカでアデュカヌマブが迅速承認された後にワーキンググループが自主的作成した「適正な使用に関する推奨事項(Aducanumab: Appropriate Use Recommendations)」(※)に、ヒントがあると言う。CDR-SBやMMSE(ミニメンタルステート検査)などの認知機能検査スコア、日常生活動作(ADL)などによって総合的に判断した結果、中等度のADに進行していたら、速やかに治療の継続を再検討すべきとしているのだ。
「レカネマブ治療の経験が蓄積されることで、治療経過に対する理解が促進され、抗体投薬を継続するか中止するかどうかをより適切に決められるようになるのではないでしょうか。あまり単純明快に割り切るのは難しい。臨床の現場で使用しながらさまざまな経験をし、考えていくのだと思います」
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西田佐保子
毎日新聞 医療プレミア編集部
にしだ・さほこ 1974年東京生まれ。 2014年11月、デジタルメディア局に配属。20年12月より現職。興味のあるテーマ:認知症、予防医療、ターミナルケア。