|
毎日新聞2024/5/22 東京朝刊有料記事4385文字
国立の旧帝国7大学に合格する東京圏の高校出身者が近年急増している。都市部での受験熱の高まりが背景にあるとみられるが、人材の均質化につながるとの懸念もある。地方の高校生にとって、名門大学はさらに狭き門になりつつある。広がり続ける「受験格差」の是正には何が必要なのか。
矢口祐人 東大副学長=三浦研吾撮影
多様な学生集まるシステムを 矢口祐人・東大副学長
東大の合格者の背景をみると、都市部の私立中高一貫校に行くことが有利、という実態がある。教育リソース(資源)の豊かなこうした進学校は、地方にはほとんどない。都市部の学生が圧倒的に有利という現状をシリアスに考えなければならない。また、こうした進学校の多くは、男子校や女子校だ。日本全国では極めて少ない、特殊な形態の教育背景でなければ、東大への入学が難しくなっている現状にも目を向けるべきだ。
Advertisement
私立中高一貫校の場合、授業料は東大よりも高い。そこに子どもを通わせ、子どもも小学生から塾に行き、周囲も進学するような環境がある。一方で地方では、大学に進学する生徒が5人に1人しかいない地域がある。双方ではやはりいろいろな意味で条件が違う。
教育や研究環境において、多様性が重要だということはもう散々言われている。どういう地域の高校から来ているかで考え方や視点も異なる。いろいろな高校から学生が来た方がいいが、今の日本では寡占化している。
米国では、親が大学を卒業していない「ファーストジェネレーション」の学生などを対象に願書の書き方や奨学金の申請方法といった支援をするNGO(非政府組織)がある。大学に進むことで自らのキャリアの突破口を開くという意味で「ブレークスルー」という言葉が多く使われている。学生にサマースクールの機会を与えたり、先生がメンターとなって指導をしたりする大学もある。
日本の大学でもこのような社会的役割があっていい。それは何も入学選抜に値しない学生を入れて、特別にげたを履かせるという意味では全くない。だが、多様な場所から学生が来られるようなシステムを作り、学生のポテンシャルを見いだし、引き上げるような教育システムを東大だけではなく、高校や他大学でも行うことを考えてもいいのではないか。
18歳人口が減少する中、大学は進学率を上げるか、留学生を増やすかという選択肢しかないが、どちらも今できていない。このままでは潰れる大学も出るだろう。学生たちにブレークスルーになる場所だということを示さなければならない。進学して良かったと思ってもらえるように高等教育界全体で取り組むことが必要だ。
多様性のなさは大学にとっても良くない。一人一人は良い学生だが、均質な環境の中で育つと発想の範囲が似てきてしまう。自分とは異なる環境の世界を見ることがない。それが想像できなければ、環境問題でもサステナビリティー(持続可能性)でも健康でも、あらゆる分野で発想する力が限定されてしまう。違う環境から来ている学生がいれば、話し合いになり、新たな発想も出てくる。
私の考える理想のキャンパスは、学生と教員の男女比が50%ずつで、多言語が行き交う場所だ。地方からも海外からも学生が来て、さまざまな背景の学生が一つの教室で学び合い、意見を交わす。なかなか難しいが、それをしなければ良い大学にはならない。【聞き手・井川加菜美】
原卓也 進学塾「大塾」(松江市)塾長
教育環境と進学意識が影響 原卓也・進学塾「大塾」(松江市)塾長
高校に入学する時点で、東京圏の生徒と地方の生徒の学力には埋めがたい差が生じている。島根県には難関の国私立高校がなく、進学実績で県立2校がトップに「君臨」しており、そこに合格すればその先は高校が面倒を見てくれるという風潮がある。
高校入試の志願倍率は県立のトップ2校でも1倍程度で、入学のハードルはそれほど高くない。そのためか、中学生の実質的な勉強時間は短いと感じる。一定数の中学生は塾に通っているが、取り組み内容は学校の補習にとどまり、先行学習は歓迎されない。
中学入学時点でも学力上位層が育っているとは言い難い。中学受験がほぼないからだ。中学に相当する国立大付属校の入試ではある程度の競争原理が働いているが、塾内のデータでは年々合格のボーダーラインが下がっている。
賛否は別として首都圏では中学受験が過熱しているが、真逆の道を歩んでいる地方もあるということだ。こうした背景が難関大合格者に占める地方出身者の割合を下げ、首都圏出身者の割合を高めてきたと思うし、今後の大学入試の結果にも表れると危惧している。
通塾率は高校に入ると大きく下がる。学校から「高校の学習指導に従えば学力は伸びる。塾に行く必要はない」と言われたという声をしばしば耳にする。高校入学時の都市部との学力差が3年間で埋まることはなく、むしろ広がって大学入試を迎えるのが現状だ。
保護者の意識の違いもあるだろう。学習指導を高校に任せている影響でもあるが、子どもが進学する高校の大学進学実績すら知らない保護者も多い。首都圏で中学受験する場合、親主導であっても12歳の子供が親と一緒に6年後の大学進学について真剣に考え、徹底的に調べ上げるだろう。この差は看過できない。
さらに、憧れる大学が近くにないという要因もある。特に島根の場合、中国地方には旧帝大がなく、生徒が高いモチベーションを維持し続けるのは難しい環境にある。
都会との受験格差を埋めるには学力の全体的な底上げはもちろん、上位層の育成が不可欠だ。難関大学進学を狙った中高一貫校があれば結果は変わってくると考えられる。また、予備校の映像授業を活用するのも効果的だろう。時間や場所を問わず先行学習できる。
この春、島根の進学校から東大に現役合格した生徒がいる。彼は塾で開いた報告会で、後輩に「地方には難関大の合格実績が豊富な塾や予備校がない。参考書を手に取れる書店も少ない」と嘆いていた。地方の人口減少に歯止めがかからない以上、塾や予備校、書店の少なさはどうにもしがたい。こうした環境の中で難関大学に合格するには、全国区の情報を得る努力を続け、先行学習をする以外には方法が見当たらない。
ただ、それを支えるには保護者に一定の収入が必要だ。地方と都市にある収入格差、進学を目指す意識の差、進学校の偏在や進学指導の差、いずれも埋めなければ受験格差はなくならない。【聞き手・斎藤文太郎】
東大学生団体「FairWind」代表の増村莉子さん=西本紗保美撮影
地方からの風で壁壊したい 増村莉子・東大学生団体「FairWind」代表
私が代表を務める東大の学生団体「FairWind(フェアウィンド)」は、地方の高校生の東大進学に立ちはだかる壁を壊し、「追い風」を吹かせようという理念で活動している。
具体的には、東大生が各地の高校に出向き、受験勉強や進路選択についてのワークショップを実施しているほか、東大のキャンパス案内もしている。2023年度は36回の企画を実施し、全国各地の計47高校に参加してもらった。受験の心構えなどを配信する週2回のメールマガジンや、ホームページでの記事発信などにも取り組んでいる。
金沢市出身の私にとって、東大は雲の上の存在で、東大生は「そもそもの脳の構造が違う人たち」だと思い込んでいた。県立高1年生の夏、教師に勧められて参加した東大の見学会で、母校出身の東大生が和やかに話してくれたことで「東大生も意外と普通の人だな」とイメージが変わった。フェアウィンドのオンラインイベントにも参加して憧れを抱き、2年生になるころには東大受験を目指し始めた。
マイペースな自分には学習塾は合わないと思い、かつ費用面でもネックとなった。地元進学校の県立高校で教師陣による手厚いサポートを受けながら受験に臨んだ。滑り止めも受けず、東大一本勝負。不安な時はフェアウィンドの東大生が配信するメールマガジンが心の支えになり現役合格することができた。
ただ、入学してから衝撃を受けたことがあった。周囲の学生は3分の1から半分ほどが首都圏の進学校出身で、多くが大手予備校などの東大に特化した対策を受けていた。「周りが東大を受けるから自分も受験した」「東大志望じゃない方が少数派」などと話す人もいた。地方では塾や予備校自体がない地域もあることを考えると、受験における都会との格差を強く感じた。
ジェンダーの壁も存在する。「両親から浪人はダメと言われた」と話す女子の友人もいた。女子の東大志望者は少ないし、フェアウィンドの活動のなかで「女子は浪人を避ける傾向がある」と教師が話すのを聞くこともある。
東大などで首都圏出身の生徒が占める比率が増え続けることには、疑問を感じている。地方からの進学者が減ると、東大進学に力を入れる高校が減り、塾や予備校もさらに首都圏に集中する――という負のサイクルになってしまうのではないか。また、地方の進学者の受け皿になっていた旧帝大にも首都圏出身者が流れることで、地元の生徒の進学先も狭まってしまうのではないかとも感じている。
日本の未来を担う人材の属性に偏りがあれば、例えば裕福ではない家庭の人には不利な政策が生まれてしまうかもしれない。多様な背景を持つ人が多い方が、社会に新しいアイデアを生み出せるのではないか。
地方には「私には無理」などと自己評価が低い高校生も多い。もっと大きな世界を見るために一歩踏み出してほしいと、自らの経験から願っている。【聞き手・西本紗保美】
増える東京圏出身者
国立の旧帝大7大学(北海道、東北、東京、名古屋、京都、大阪、九州)に合格した東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)の高校出身者はこの15年間で1.68倍に増えたことが、毎日新聞の集計で判明した。東大以外の6大学に東京圏から合格した人数が大幅に増加。人口減少の影響を排除するため18歳人口に占める旧帝大合格者数の割合を比較しても、東京圏からの合格者が大きく伸びた。
ご意見、ご感想をお寄せください。 〒100-8051毎日新聞「オピニオン」係 opinion@mainichi.co.jp
■人物略歴
矢口祐人(やぐち・ゆうじん)氏
1966年生まれ。北海道出身。米国のウィリアム・アンド・メアリー大大学院で博士号を取得。著書に「なぜ東大は男だらけなのか」(集英社新書)など。=三浦研吾撮影
■人物略歴
原卓也(はら・たくや)氏
1959年、松江市生まれ。早稲田大法学部卒。東京の予備校勤務を経て94年から松江市の「大塾」講師。2019年に塾長。併設する東進衛星予備校に高校生も在籍する。
■人物略歴
増村莉子(ますむら・りこ)氏
2003年生まれ。石川県立金沢泉丘高出身。東大文科3類に現役合格し、現在法学部3年生。高校時代はかるた部主将。「フェアウィンド」のメンバーは244人(5月現在)。