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毎日新聞2024/5/23 東京朝刊有料記事4427文字
ウラン燃料を積んだトラックの前で、機動隊に規制されながら激しくデモ行進する原発反対派の人々=佐賀県玄海町で1974年6月21日。同年、電源3法(「電源開発促進税法」「電源開発促進対策特別会計法」「発電用施設周辺地域整備法」)が制定された
原子力発電はさまざまな事故や不祥事があり、「核のゴミ」問題も深刻だ。政府はそれでも、エネルギー政策の柱の一つとし続けている。原発政策の大きな画期になったのが半世紀前に制定された「電源3法」だ。小堀聡氏は3法の根本的な問題を指摘。50年前に立地自治体が突きつけた問いが解決されたのか、検証が必要とした。森健氏は人口減が進む自治体に注目し、改善の道を探る。福田円氏は「台湾有事」の可能性と研究者の役割を論じた。(寄稿中敬称略)
◆電源3法50年
「原発」根本からの検証を 小堀聡氏
「安全だったら、何故、都会周辺に建設しないのか、都会にも原子力発電所をつくってみてはどうか。重大事故の場合、辺地ならよいというのでは、地元民は納得しない」(「総合エネルギー調査会原子力部会第1回原子力対策小委員会議事録」東京大学経済学図書館所蔵「有沢資料」所収)
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今から50年前の1974年4月24日に開かれた審議会での発言だ。発言者は、著名な経済評論家であった土屋清。決して反原発派ではなかった彼がこのように述べたほどに、当時の原子力政策は、実は混迷していたのである。
もっとも、土屋の発言は審議会の進行にいささか水を差しはしたものの、議論が深められることはなかった。かわりに当時の田中角栄内閣が進めていたのは、法律によって「辺地」の「納得」を得ること。これが、74年6月に制定された電源開発促進税法など3本の法律、いわゆる電源3法である。
そもそも、当時の原子力政策が混迷していたのは、原子力発電所を既に抱える自治体からも、大きな不満が発せられていたからである。理由の一つは、安全性への懸念が高まったこと。もう一つは、原発の地元経済効果について、政府・財界がそれまで喧伝(けんでん)してきたほどではないと、明確になったことだ。雇用や税収は期待したほどには増えず、「できたのは原発周辺への道路くらい」といった声がもれ始めていた。
立地自治体の不満
しかも不満の根底には、原発のリスクを負わない都会が利益のみを享受していることへの、強い不公平感があった。原発立地市町村が68年に結成した全国原子力発電所所在市町村協議会(全原協)は「立地市町村の協力と努力により生産される電気は、その殆(ほと)んどが消費地(大都市)に送電」される一方で、「立地市町村は何等(なんら)の恩恵も受けて」いないと71年に早くも表明。財政措置を要望していた。
その後、石油危機が発生したなかで、立地自治体の不満を緩和するために政府・与党が導入したのが、電源3法に他ならない。電力会社から電源開発促進税を徴収し、それを歳入とする特別会計を設置。この特別会計から原発等の立地自治体に補助金を交付することにしたのである。そして電源開発促進税は、電気料金への転嫁を通じて電力消費者が負担することが、当初から想定されていた。
電源3法は、世界的にみて当時類例のない制度といわれる。しかも、補助金の交付期間や交付対象は、次第に拡大していった。当初の交付期間は発電所の着工から運転開始年度までであったが、今では運転終了まで(場合によっては廃炉後も)交付される。
また、公共施設の建設に限定されていた交付先も拡大され、医療・福祉・教育などの住民サービスにも幅広く充当可能となった(清水修二、川瀬光義らの研究による)。
こうして制定から50年後の今日、電源3法の交付金はとても自由な財源となっている。この意味で、立地自治体の「恩恵」が増えたのは確かだろう。
だが、本当にこれでよいのだろうか。多くの先行研究も指摘してきたように、電源3法は、やはり根本的な問題を含んでいると筆者も考える。
「国策」沿わす意図
第一に、国が電源3法を制定したのは、原発の新増設・運転への協力を引き出すのに便利な手段だからにすぎない。交付金の自由度拡大には、原発のリスクを負う立地自治体に、原子力立国という「国策」の変更を求める自由を忘れさせたいという国の意図がある。
たとえば、交付金の拡大が一段と進んだ2000年代には、稼働年数、使用済み核燃料の貯蔵量、プルサーマル(軽水炉原発でのウラン・プルトニウム混合燃焼)の受け入れなど、運転実績に応じて交付金が増える仕組みも本格化した。これは、原発敷地内での使用済み核燃料の蓄積や東京電力の原発トラブル隠しなどによって、立地自治体でも高まっていた原子力政策への懸念を沈静化することを目的としたものであろう。現在では、原発再稼働を条件とする交付金の加算も導入されている。
第二に、結局のところ電源3法は、都市の電力消費者と立地自治体との分断を、より強固にしたように思われる。
冒頭で紹介した土屋のような言説は、チェルノブイリや福島第1など、大規模な原発事故後に、たびたび繰り返されてきた。だが結局のところ、これがエネルギー政策のあり方や、ひいては日本という国家のあり方の議論にまで深まらないのは、「どうせ原発は都会には建たない」ということを、私たちがうすうす感じているからではないか。電源3法は、こうした感情を下支えする法律といってよい。
50年前に立地自治体が突き付けた問いの数々には、今でも傾聴に値するものが少なくない。そこには確かに、過疎化に直面する郷土への憂慮がある。都市への鋭い批判もある。
しかしだからこそ、原発再稼働を求める空気が広まりつつある今、まさに根本からの検証が必要であろう。かつての問いを電源3法は解決したのかを、そして他に方法はないのかを。
◆人口減少
広域連携での対策が鍵 森健氏
4月下旬、民間の有識者で作る人口戦略会議が「地方自治体『持続可能性』分析レポート」を発表した。10年前の同様の試算と比べると、896だった「消滅可能性自治体」は744へと減少。だが、改善された主因は「外国人入国者の増加」(増田寛也・同会議副議長)で、少子化や人口減少の問題が解決されたわけではなかった。
鍵は若年女性人口(20~39歳)の将来動向だ。人口減少率最大の秋田県では、若年女性が県内に定着・回帰するよう取り組んできた。従来働きたい女性は職を求め県外に出ていたが、IT企業の誘致やキャリアアップ支援、働きやすい職場づくりなど若手女性に魅力的な環境を整備した。すると、女性の転出数は年6000~7000人から3000人を下回るほどになったという。
それはうなずける話だ。子どもが増えたまちを各地で取材したことがある。北海道東川町、愛知県長久手市、石川県川北町……。共通していたのは「雇用」「住宅」「子育て支援」の対策が整っているところで、そうしたところに若い家族が集まっていた。
ただ、当時も自治体同士で人口を奪い合うだけでは意味がないという指摘があり、今回増田も「広域連携していくかが重要」と指摘した。もはやそうした視点で対策をとらねばいけない段階なのだろう。約100年後の日本は3000万人まで人口が減ると予測した研究もある。国家の危機だ。
最優先にすべきは女性が仕事や結婚がしやすく、子育てしやすい環境をつくることだ。その実現に取り組めているだろうか。
◆「台湾有事」の可能性
発信には工夫必要 福田円氏
台湾新政権の発足を控え、ある質問を受けることが増えた。この数年、何度聞かれてもうまく答えられない質問である。
一つは「台湾有事」が起きると思うか、というものだ。私は中台関係の現代史を研究してきた。そのなかで得た知見や現地での感触から考えると、予見しうる短期間内に「台湾有事」が起きる可能性は低いと思う。
しかし、中国における習近平への権力集中と、ロシア・ウクライナ戦争により、単純にそう答えることは難しくなった。実際に台湾周辺での中国の軍事活動も活発化している。そのため、条件や留保付きで「有事」の可能性を説明するが、枝葉は大抵省かれ、危機をあおるような言葉だけが自身の見解として引用されることもある。
もう一つは「台湾有事」に日本はいかに関わるのか、である。台湾との安全保障関係は長らくタブー視されてきた。日本自身の防衛政策上の制約もあったし、日中国交正常化以降、台湾との関係は非公式の実務関係に限られたためである。
ところが、2021年春ごろから「台湾有事と日本の役割」がせきを切ったように論じられるようになった。この問題についても、既存の基本方針の変更には慎重な議論が必要な一方で、日本が備えるべきことは増えていると考える。
いずれの問いも、期待されている回答の字数や時間に対して、説明しなければならないことが多すぎる。研究者としては学術的な実証を重ね、成果を分かりやすく発信する工夫が必要だと痛感している。
◆今月のお薦め4本 小堀聡氏
■膨張と忘却~理の人が見た原子力政策~(NHKオンデマンド、3月2日放送)科学史家・吉岡斉が残した内部資料に基づく検証。政策決定過程における議論の不在を鋭く批判。
■分権型社会への遠い途(みち)(金井利之、世界5月号)住民や自治体による創意工夫の積み重ねこそが、地方分権への未来をひらく。
■原発立地と自治体財政(藤原遥、住民と自治2023年11月号)原発に依存しない財政構造へのソフトランディングは可能と提起。
■若狭がたり わが「原発」撰抄(水上勉、アーツアンドクラフツ)故郷とそこに建つ原発をめぐって、静かにつづった随筆と短編小説。今年は著者没後20年でもある。
◆今月のお薦め3本 森健氏
■人口減を止められなかった10年(増田寛也×宇野重規、中央公論6月号)子育て世代への施策が成功している地域に注目と提言。
■人口減少率最大の秋田県、「資源県」の強みを活かす(佐竹敬久、中央公論6月号)
■韓国の少子化はなぜ加速するのか(笹野美佐恵、世界6月号)価値観変化で娘は母の生き方を拒否。
◆今月のお薦め3本 福田円氏
■「台湾有事」中国の本当の狙い(垂秀夫、文芸春秋6月号)国益を踏まえ包括的な台湾戦略を。
■ロシア社会を動かす空気と歴史観(池田嘉郎、Voice6月号)習近平政権や中国社会への向き合い方も考えるべきだ。
■「国のかたち」の一方的な変更は許されない(青井未帆×石井暁、世界6月号)説明と対話が重要。
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■人物略歴
小堀聡(こぼり・さとる)氏
京都大准教授。大阪大大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。著書に「日本のエネルギー革命―資源小国の近現代」「京急沿線の近現代史」。1980年生まれ。
■人物略歴
森健(もり・けん)氏
ジャーナリスト。1968年生まれ。
■人物略歴
福田円(ふくだ・まどか)氏
法政大教授(アジア国際政治)。1980年生まれ。