|
毎日新聞 2023/7/27 11:00(最終更新 7/27 11:00) 有料記事 2451文字
インタビューに答える作曲家の藤倉大さん=東京都豊島区で2023年7月、三浦研吾撮影
人工知能(AI)の台頭によって、作曲家の価値は失われてしまうのか――。国際的に活躍する作曲家の藤倉大さんに会い、そんな疑問をぶつけてみると、ニヤリとしながら「作曲家なら誰もが隠している大きな秘密を教えます」と打ち明けられた。
「作曲家っていうのは、作曲がしたい人なんですよ。仕事でやっているわけではありません。藤倉大よりAIの方がいい曲を作ると世界中の人が思ったとしても、それは僕にとってはどうでもいいことなんです」。英国を拠点に次々と新作を発表する作曲家の物言いは痛快さにあふれ、新たなテクノロジーの登場には期待感をも抱いているようだ。
7月に開催された「ボーンクリエイティブ・フェスティバル」で、日本初演された「REMOTE ME」。テレビのリモコンを使って演奏した=東京都豊島区の東京芸術劇場でⒸT.Tairadate
作曲家ならAIに対して否定的な考えの持ち主に違いないと想像していただけに、拍子抜けするような言葉だった。「僕は作曲以外に、録音した音源のミキシングやマスタリングなどの編集作業も、すごい時間をかけて自分でします。その時に最初にやるのが、AIに下地を作らせること。その上で、AIに『おまえ、何やってんだ』と言うように手動で切り替えしていきます」。創作の過程でAIを活用していることを、さらりと語った。
「AIが編集したものをそのまま世に出すことはあり得ませんが、1曲で70時間ぐらいかかるとしたら、最初の40時間ぐらいは省けるんじゃないですかね」と作業の効率化が図られていることを明かした。
コンピューターが創作意欲を刺激
インタビューに答える作曲家の藤倉大さん=東京都豊島区で2023年7月、三浦研吾撮影
作曲家は常に新しい音を追求し続ける人種だ。その結果、「(自然ではなく)人工的なものからインスピレーションを受けたいと思っている」と言う。藤倉さんの見方では、調性音楽からの脱却を目指した12音技法も、オーストリアの作曲家シェーンベルクやウェーベルンが数学など音楽的ではないものから創作意欲を刺激されたいとの思いから、確立したのではないかと考えている。
藤倉さんも若い頃には、「普通に作曲したら、出てこないような音をはじき出す」ための技法を編み出し、自らの作曲に生かしていたという。「それは、僕にとっては(今でいう)AIだったかもしれません」と振り返る。作曲家自身の中にある発想や経験を超え、新たな音楽を生み出す。そのきっかけを、AIに求めるのは自然な流れなのかもしれない。
実際、ファゴット協奏曲を作曲した時には、コンピューターを使ってノイズ音を自動でオーケストレーションしたことが、創作意欲を刺激したという。「AIは、僕たち人間が考えなかった選択をしてくる。楽器の仕組みや出しにくい音を理解していないから、『こんな変な音を選ぶんだ』と面白かった。それをそのまま使うことは絶対にありませんが、そこから『こんな変なことをしてみよう』ということはありました」と語る。
7月に開催された「ボーンクリエイティブ・フェスティバル」で、バイオリン奏者の周囲をテープレコーダーを持って囲むアーティストたち。バイオリンの音楽を繰り返し、録音・再生し、「反射」させた=東京都豊島区の東京芸術劇場でⒸT.Tairadate
あくまで、AIはアイデアのきっかけや分業を任せるツールであり、全てを託すわけではないようだ。それを象徴するように、藤倉さんは「作曲家と作品は、親と子の関係と同じだと思ってください。つまり、AIに作曲させて、そこからインスパイアされるという簡単なものではなく、自分から出てこないと嫌なんですよ」と言い切る。「僕らは音楽のために、音楽をやっています。誰かに雇われて、クビにならないためにやっているわけではありません。山登りが好きな人は、ケーブルカーができても、自分の足で登ります。それと同じです」
聴き手の好みや気分に合わせて、ボタン一つでオリジナルの音楽が作れる。AIが進化した先には、そんな未来が訪れることを想像してしまう。だが、「聴衆に好まれるために曲を書いているわけではありません」と藤倉さんは言う。つまり、聴き手のニーズに合わせて誕生する音楽と、作曲家によって自発的に生み出される音楽には大きな隔たりがある。「僕は音楽家のために曲を書き、音楽家は聴衆のために演奏する。それがうまく循環することが一番です」と語り、AIによる音楽が広まる未来について「そんな未来になればなるほど、(純粋に)音楽として音楽を作っている人たちしか残らないかもしれないので、いいんじゃないでしょうか。むしろ、僕らはうれしいかな」と本音を漏らした。
出合ったことのない音の世界
7月に開催された「ボーンクリエイティブ・フェスティバル」で、電子音楽に耳を傾ける来場者たち=東京都豊島区の東京芸術劇場でⒸT.Tairadate
藤倉さんがアーティスティック・ディレクターを務める音楽祭「ボーンクリエイティブ・フェスティバル」(略称・ボンクリ)が7月7、8日に東京芸術劇場で開かれた。新しい音楽を追い求める国内外のアーティストたちが集まり、今年で7回目を迎えた。過去6回で延べ400曲以上、152人の作曲家の作品を取り上げ、世界初演や日本初演も少なくない。
藤倉さんは「AIもびっくりするような音楽が今年は集まりました」と自信を見せた。テレビのリモコンを2台使って、電子音の強弱や高低を操ったり、7台のテープレコーダーでバイオリン演奏の録音と再生を繰り返したりと、さまざまな音楽が登場。それまで出合ったことのない音の世界に、観客は圧倒された。
電子音楽や実験音楽がホールや複数の部屋ごとに流れる会場に足を運ぶと、「音楽とは何か」を突きつけられる。来場者は決まった調性や拍子によって成立する「音楽」から解放される。そして「音楽は何でもあり。自由でいい」というシンプルな答えにたどり着くはずだ。
作曲家は新しいものが好きな人たちとも言える。「新しいものに食らいつきたい人が芸術家になります。もしベートーベンが今、生きていたらすごいんじゃないですか。『何? シンセサイザー? ちょっと見せろ』とか言って。モーツァルトとかも絶対にそうなりますよ。そうではない人種の人たちは作曲をやってないんです」と藤倉さんは笑う。過去の偉大な作曲家たちが現代によみがえったら、AIを駆使した新たな音楽の世界を見せてくれるかもしれない。【須藤唯哉】
作曲家の藤倉大さん=東京都豊島区で2023年7月、三浦研吾撮影
ふじくら・だい
1977年、大阪府生まれ。15歳で単身渡英し、98年にセロツキ国際作曲コンクールで当時最年少優勝を果たす。2023年に「尺八協奏曲」で尾高賞に選ばれるなど、数々の作曲賞を受賞し、国際的な委嘱作品も手がける。